527 ゆくすえ
ひとまずケン達には『はいよろしくと押し付けられて簡単に世話が出来る種類と数じゃない』とだけ伝え、即断しないよう念だけ押した。その後も色々話したが、明日も話せるそうなので今日は程良い所で切り上げる。
「ちょっともう一度赤ちゃん達どんな感じか見て来た方がいいね……」
「へぇ、おら達でお世話出来るかどうかちゃんと見ねえと……」
「おまえら行ってきていいぞ。おれはファナティックにデータ渡したりあるから」
「拙者もちょっと泣き過ぎたのでお風呂入ったり顔洗ったりするでござる……!」
ガンとカグヤは残ったので、リョウとメイで再びムームゥの元を訪れる事にした。滞在場所を出て探すと、丸ごと転移した樹の辺りでニンアナンナ神と一緒に居るのが見える。近寄っていくと先にニンアナンナ神の方が気付いた。
「メイ、リョウさん。本当にお疲れ様でした。休まなくて大丈夫ですか?」
「いやちょっと、ムームゥや赤ちゃん達の様子も気になって……」
『ありがとうございます。ニンアナンナ神がとてもよくしてくれています』
「わあ、良かった。流石ニンアナンナ様だぁ……!」
「今丁度、この子達の紹介や状態を教えて貰っていた所なんですよ」
そう話しながらニンアナンナ神が手元に光のキューブのような物を生み出した。それをムームゥに手渡している。
「栄養補給はひとまず此方を。足りなければ幾らでも言ってくださいね」
『アァ、ァア……ありがとうございます』
ムームゥがお辞儀をして受け取り、それを体内に収めた。それから嬉しそうに赤子の世話に戻っていく。その様子を目で追いながら、ニンアナンナ神が片手を頬に当てて小さく息を吐いた。
「子らに与える為の栄養も枯渇する直前でした。本当に間に合って良かったです」
「ムームゥが栄養物質にならないといけない所だったって言ってたような……」
「他のムームゥどん達は栄養になっていったそうで……」
「ええ、本人からも聞きましたよ。あの子の身体には高濃度の栄養物質が含まれています。非常食としても設計されていたのね」
既にリョウ達よりムームゥの事を理解しているらしい。
「あの、ムームゥがどんな存在なのかもうお分かりなんですよね……?」
「ええ、本人にも聞かせて貰ったし、視もしたわ。設計図を見れば製作者の意図が分かるという感じで大体把握しています」
「おお……」
「あの子の役目はふたつ。子らの世話と、滅びゆく皆の想いを届ける事でした」
「……外の世界へ?」
問いにニンアナンナ神が頷く。
「世話をしている時に形が変わっているでしょう。あれは母親の外見情報以外に、想いと愛も同時に受け取っています。口頭でただ頼まれた感じではなく、本当に其処に本人の想いがあるのです」
「え、ええと……」
「感情や想いを収める事の出来る記憶媒体であり、情報媒体であるという事です。あの子には、下天界で浸食されていった全ての生命の想いが入っていますよ」
その言葉にリョウもメイも目を丸くした。ニンアナンナ神が少し眉を下げ、寂し気に微笑む。
「全員を救う事は出来なかったけれど、生きていた証というか――彼らの祈りは確かに届き、神々にも記憶されたというのが今回の救い所でしょうか。ただ……」
「ただ……!?」
「ムームゥの今後に迷っています。勿論評議会で相談されるでしょうけど……」
「え、えっ、ムームゥどんに何かあるんだ……!?」
ムームゥは当然赤子達と何処かに移住するものだと思っていたので、二人共驚いて身を乗り出した。
「悪く言えば、ムームゥは周囲の生命の想いを受け取ってしまうのです。これまでは『外界による奇跡執行』を呼び寄せる位の想いに囲まれていたので問題は起きていません。けれどこれからは違うでしょう?」
「ええと、僕らの世界かは分からないけど、何処かに移住はするんですよね?」
「そうです。そこで例えば強烈な憎しみや悪意の想いを受け取ってしまったら――と思うとどうにも心配になってしまって……」
ニンアナンナ神が心配そうに溜息を吐いてムームゥを見る。相変わらず、次々に姿を変えて赤子の入る実を世話している。改めて見るとそれは本当に甲斐甲斐しく、愛しげなものだった。まるでそこに本当の母親が居るかのように。
「……それは、受け取った想いに影響されちまうって事ですか?」
「影響はあると思います。勿論ムームゥ自身の自我はありますけど、それはあなた達のように強いものではないの。恐らく他のムームゥ達も躊躇わずに自身を栄養に変えていったでしょう。使い魔的な自我とでもいうか」
「その影響を制御出来るほどの強い自我ではないって事か……」
「な、成る程……」
感能力が高く人の感情や想いを自分の物に出来る反面、取り込む想い次第では自滅しかねないとニンアナンナ神は心配しているのだ。
「議会の結果次第だけれど、恐らくムームゥを造り変える事になるんじゃないかしら。救われた子供達は今後成長していくし、今の状態のお世話をずっと続ける訳にはいかないものね」
「つ、造り変える……!」
「――ええ、けれど大丈夫。決して悪いようにはしませんよ」
造り変えるという中々物騒な事を言ったが、ふんわりとニンアナンナ神が優しく微笑んだ。どうにも不安は拭えないが、リョウ達は頷くしかないのだった。
* * *
観測出来なかった内部の映像データを記憶から抽出し、ファナティックに渡した後ガンも休む事にした。作戦自体は三時間に満たないものだったが、どっと精神的に疲れた気がする。シャワーを浴び、何か食べる物はないかとリビングスペースに向かうと既にカグヤが何か食べていた。
「なァ、食うもん何処にある? おれも食いてえ」
「そこの棚と冷蔵庫に入ってるでござるよ! お飲み物も!」
「おお、サンキュ」
リビングに繋がったキッチンスペースを指され、ガンも物色する。何だか色々入っていたが、温めたりなんだりも面倒だったので目に付いたバナナと牛乳を取ってリビングに戻った。
「キャア! ガンナー氏ったら拙者の前でバナナを! バナナを食べて下さるのでござるかァ~ッ! 何たる望外の喜び……!」
「何で喜ばれてるのかも分かんねえしバナナくらい村でも食ッてるだろ! 後別に説明は要らん……!」
「はい……っ!」
嬉しそうなカグヤがキショかったので、寝室で食べようかなあと思ったが一応リビングのソファに座ってやる。
「おい」
「はいっ! 何でござろうか……!」
「こっち見んな。おまえはおまえの食事に集中しろ……!」
「ドゥフゥッ! これは失礼を……!」
カグヤのニヨニヨが止まらなかったので、やっぱり寝室で食べようかなあと思ったのだが、ひとまずそのまま座って皮を剥いて齧った。
「おい」
「何でござる!? 見てないでござるよ……!?」
「それじゃねえよ……! ええと、そのだな……」
「……?」
どう言ったものか、バナナをもっちゃもっちゃ咀嚼しながら少し悩む。
「……何というか、ちょっとおまえを見直したよ」
「!? 見るなと言って見なかったからでござるか……!? 拙者とてその位の分別は――!」
「だからそうじゃねえ! バナナの件は忘れろ!」
バナナの件は忘れて良いそうなので、カグヤが普通にガンを見た。何だか歯切れの悪い、微妙な顔をしている。全然意味が分からなくて首を傾げると、ガンが溜息を吐いてカグヤを見た。
「救出作戦の時だよ。おまえはすげえ泣いてたし、使えねえ時もあッたけどさ」
「……!? 見直しポイントどこォ!?」
「一番覚悟が必要な最初と最後の時、おまえは絶対おれらを一人にしなかッた。隣で壁を壊してくれた。一緒に背負ってくれた。ありがとな」
「――……へっ……」
カグヤがぽかんとして動きを止めた。それだけが言いたかったようで、告げるとガンが少し笑って腰を上げる。一度ポンとカグヤの頭を軽く叩いて、そのまま寝室に消えていく。その背をぽかんとしたまま見送った。
「え……あっ……うぉ……? うあ……?」
口から変な呻きが漏れる。何度も首を傾げる。それからやっと遅れて理解して――ボンッと一気に耳まで赤く染まった。
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