510 丸付き
ニンアナンナ神が面会室を出ると、マキナ神が出迎えるように待っていた。
「あら、マキナ神。待っていて下さったの?」
「あなたも始末書を出しに行くだろうと思って」
「嬉しいわ。一緒に行きましょう」
マキナ神のエスコートに甘え、笑顔で歩き出す。
「本当に嬉しい時間でした。またあの娘の顔が見られるとは思っていなかった。素敵な婚約者まで紹介してくれたのですよ。あなたの方はどうでした?」
「私の方も嬉し過ぎて『神の数式』を授けてしまったよ」
「まあ……! 何枚始末書をお書きになるの?」
「あなたの方こそ」
「うふふ、わたしは少し世間話をして、結婚のお祝いを贈っただけですよ」
交流会館を出て美しい回廊を歩んでいく。世間話と聞こえて、マキナ神が僅かに片眉を上げた。
「女神の世間話はいつも過激だ。今回の犠牲者は誰です」
「犠牲者だなんて。クリュソス神のお話をしただけです。決闘裁判に出て来るかもしれないでしょう?」
「ああ……間違いなく出て来るか。我が子と当たらぬ事だけが幸い」
マキナ神が納得して肩を竦めた。隣でニンアナンナ神がくすくすと笑う。
「仲の悪いマキナ神の子であるばかりか、神威の覇王が執心しているとなれば手加減どころの話ではないでしょうしね。わたしもそう思います」
「仲が悪いのは私とクリュソス神ではなく、協力者であるファナティックと紅薔薇です。お間違えなきよう」
「そうかしら。昔からクリュソス神はあなたをライバル視していませんか?」
「同じ刻同じ場所に生まれ、共に育った弊害です。私の方は彼を嫌っていない」
回廊から臨む美しい景色。輝く日差しの中、水場から白鳥が一斉羽ばたき目を奪われて足を止めた。
「――この先もっと嫌われるとしても、私の方は変わらない」
美しい純白の羽根が宙を踊り落ちて来る。透明な皮膚に覆われた機械仕掛けの腕が、優しくそれを摘まんだ。その姿をニンアナンナ神が見上げ、困り笑顔のように少し表情を曇らせる。
視線の先、マキナ神の背にはオムニス神と同じ“丸印”が刻まれていた。永く生きて来たニンアナンナ神は、同じ刻同じ場所で生まれ、共に育った二神をずっと見てきている。大きな差は無い。けれどいつでも少しだけ小さな差があった。それがきっとクリュソス神を少しだけ歪ませたのだと思う。
「……あなたの子は、神威の覇王を殺せますか?」
「あの子は私の最高傑作です。あの子が命懸けで遂げようとする事は絶対に叶う。クリュソスには悪いが、それで神血の傭兵王とレメディウス様も救われる。私が更に恨まれ嫌われる程度なら、安いものだ」
「そう……レメディウス様の事もありましたね」
「ええ、それでも私はクリュソスを愛していますよ。大切な弟です」
振り返ったマキナ神が微笑み、つられるようにニンアナンナ神も微笑んだ。
「婆やとしては兄弟仲良くして欲しいと思っておりますよ。……とはいえ、兄弟喧嘩はあの子達が無事救出作戦から戻れたらの話ですね」
「戻るでしょう」
「ええ、戻りますとも。わたし達が戻る事を信じない方がおかしいわ」
互いに深く頷き合い、また歩き出す。
「そうそう、神血の傭兵王といえば御存知?」
「何だろうか」
「ユースティティア様が武器庫の鍵をお渡しになったそうですよ」
「それはダンジョンとラファエラ戦で実際戦う神威の覇王を見たからでしょう。凶兆戦で神威の覇王が新たに民を引き受けてからは、また概念上の相乗戦闘値が変わって――……」
すぐにお喋り好きのニンアナンナ神が世間話を始め、マキナ神もつられて付き合う。そうやって回廊の先、大きな扉の向こうへと消えて行った。
* * *
宿泊所の方ではリョウとメイが戻り、代わりにカイとトルトゥーガが農耕や牧畜、海の事を教わる為に出て行った所だ。
「ンオオオッ! 何でござるかそれェ~! 何でござるかそれえェ~!」
「いや知ってたけどやっぱそうなるよねえ……?」
「んもうッ! 我が現人神ったら本ッ当に罪作り……! 最高もうッんもうッ!」
ニンアナンナ神に内緒とは言われたが、クリュソス神が高確率で出て来る以上皆に話をしない訳には行かない。という事でその場に居たケンとベルとカグヤに話した。その結果がカグヤの大興奮である。
「ふぅむ……クリュソス神、確かそんな名であったな?」
「それは流石に可哀相! あっちは激重クソデカ感情なんですよケンさん!」
「仕方ないだろう! あちらがどれだけ俺を観測し執心していたとしても、俺の方は上天界へ乗り込んだ時に会っただけなのだ!」
「そもそもケン様に激重クソデカ感情を寄せている者なんて珍しくないのだから、いちいち覚えている方が驚きじゃなくって?」
「それはそうなんだけどぉ……! 結構揉めたんでしょお……?」
興奮してソファの上を転がるカグヤを落ち着かせながら、一応裏は取ってみる。
「うむ! あの手この手で引き留められてまあ揉めた! だが俺のごねに敵う筈が無い! 結局あちらが泣く泣く折れたぞ!」
「円満退社の逆でござるなあ……! ちなみにクリュソス神はどのような御方なのでっ!? 外見や人となりなど詳しくッ! 詳しくゥ~ッ!」
「わたくしも外見は気になるわねっ! 目の保養になるかしらっ!」
議会で見た限り、神達は異形も多いが美形も多い。カグヤとベルが食い付いて、ケンが記憶を思い返すよう首を捻った。
「本題が別にあった故、外見なぞ細かく観察してはおらんのだが――まあ美しかったな。村で言うならタツさん系統である!」
「ざわ! 細身の綺麗枠って事でござるかぁ!?」
「そのような感じだ! あと身長はメイさん位ある!」
「でっか! でっかわいいならぬでっか美人……!」
「神様ってちょいちょい大きい人居るよね……!」
村には筋肉が多いので、新鮮な綺麗枠の予感にカグヤがニマニマし始めた。
「綺麗系は実際見てみないと好みか分からないわね……! 目の保養にはなりそうだけれど……っ!」
「ベルどんどっちかといったら男らしいタイプが好きだもんなぁ……」
「盛り上がってる所恐縮ですがぁ! 外見より丸付きなんだってぇ……!」
リョウが必死で一番大事な部分を主張した。
「そもそも丸付きが決闘裁判に出て来るのおかしくないでござるか!?」
「それ僕も言ったんだけど、クリュソス神は丸付きになって日が浅いから――ってニンアナンナ様が……」
「ケンどんの揺るがぬ千年治世のお陰で丸付きになれたみてえな所があるとも仰っとりました!」
「そう聞くと丸付きとはいえ若干の微妙臭が……?」
「実際会った時の感じはどうだったの、ケン様」
丸付きはファナティック曰くやばい筈なのに、前評判がやや微妙である。実際会った感覚の方が正しいだろうと思って聞くと、ケンが微妙な顔をした。
「オムニス神と比べれば確実に劣る。だが決して侮れん。実際戦っていないから受けた“感じ”ではあるがな」
「レベル的には……?」
「換算できんな。レベル何万何十万何百万の世界だ。少なくとも今のリョウさんが100人居ても勝てんだろう」
「僕で換算するの本当やめて欲しい! けどそれやばすぎなんじゃ……!?」
ケンの嫌なお墨付きが付いて、全員の顔が青褪めた。
「リョ、リョウどんが100人居ても……!」
「さ、流石にそれだけ強ければ最後に大将として出て来るよね……!?」
「大将戦前にケリを着けて戦わないのが一番賢い気がするでござるな!?」
皆が動揺する中、ノック音が聞こえてポチャリエルが入室してくる。その手には一枚の書類があった。
「失礼致します。まだカイ様とトルトゥーガ様は面会中ですが、オムニス神よりオーダーが確定したとの事でお知らせに参りました。面会中のお二方は他の天使がご案内しますので帰りも御安心くださいましっ」
「おお、ひとまず読み上げよ!」
「はい! まず先鋒はクリュソス神です。ケン様の前世界の担当神でいらっしゃいますねっ」
それを聞いた瞬間、ケン以外の全員がソファに引っ繰り返った。
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