508 恋人の親
「ただいま」
「あっガンさんおかえり!」
「次はリョウとメイだッてよ。外でポチャリエルが待ってる」
ガンが戻って来て、リビングで寛いでいたリョウとメイが腰を浮かせた。
「ついにか、緊張するなあ……! ガンさんの面会はどうだった?」
「ガンナーどん、目の周りが赤いけども……大丈夫か……?」
「……いや、大丈夫なんだが……生まれて初めてあんな泣いたかもしれん」
「ガンさんが泣く程……ッ!」
ガンが泣くイメージは普段無いので流石に驚く。気恥ずかしいのか頬を掻いてはいるが、表情自体は面会に満足したという感じだった。
「……何かこう、満たされたッて感じだ。本当に会えて良かった」
「そうか、良かったねえ……!」
「うんうん!」
「おまえらも確り甘えて来いよ」
「それはガンさんが神に甘えて来たという事か!?」
聞こえた途端、ソファに寝転がっていたケンが跳ね起きた。
「何だよ別にいいだろ! 親みてえなもんなんだしよ!」
「ずるいぞ俺もガンさんに甘えられたい!」
「どういう事なのガンナー!? わたくしというものがありながら!」
「うわあ面倒臭え……!」
親発言にソファで本を読んでいたベルまで反応する。面倒臭いので順に近寄ってぎゅっ、ぎゅう……と抱きついてやった。
「ほら甘えてやッたぞ! おれは少し休むからな!」
「……! ガンさんが! 自らハグを!?」
「……! ガンナーが……! 自分から……!」
驚く二人を置いて、ガンが寝室へと歩いて行った。
「つまり神様に抱きついて甘えたって事なんだろうな……ガンさんにそれをさせるなんて神様恐るべしだな……!」
「クソッ! たらしこみおってという気持ちとおこぼれをありがとうという気持ちで揺れる……ッ!」
「ふん、うちの子にあんな甘え方を教えたなんて評価してやってもいいわッ!」
「ふふっ、ガンナーどん相変わらずモテモテだぁ……!」
何となくほっこりしながら、リョウとメイは面会へと向かった。ポチャリエルの案内で、先程ガンが面会した建物へと通される。マキナ神が居た部屋とは別の扉前で再びポチャリエルは待機し、二人だけが中へと通される。
「わ……! 建物の中の筈なのに……!」
「綺麗だなぁ……!」
扉を潜ると、欧州風の田園風景が広がっていた。緑の丘陵、赴きある風車に川、牧草を食む家畜らしきも遠目に見えて本当にのどかな田舎といった感じだ。一番近い位置に煉瓦造りの民家があり、その美しい庭に神が佇んでいた。その姿を見付けた瞬間、メイが目を瞠り駆け出す。
「……ッああ……ああ……ッ! ニンアナンナ様……ッ!」
「いらっしゃい、わたしの可愛い子」
ニンアナンナ神は前にメイから聞いた通り、上品な風貌の老女だった。小柄なその身が嬉しそうに、両手を広げて飛び込んで来るメイを抱き締める。
「お会い、っ……お会いしたかった、です……っ! ごめんなさい、ごめんなさいっ、おら、おら……っ!」
「まあ、何を謝るの? 謝る事なんて何もありませんよ。元気そうで良かった」
自分の半分位の背丈しかない神に縋るメイの姿はまるで子供のようで、どれだけ慕っていたかがよく分かる。優しく愛娘の髪を撫ぜ、あやす神の眼差しは深い慈しみに満ちていた。堰が切れたようにメイが泣きながらこれまでの想いをぶつける。それを全て受け止め、掛ける言葉は全てが温かかった。
どの位泣いていただろう――メイが肩を震わせ小さく啜るだけになった頃、ニンアナンナ神が目線を上げた。リョウの方を見て微笑む。目が合うとリョウも肩を跳ねさせ慌てて頭を下げた。
「さあ――今はメイと呼ばれているのでしたね。メイ、あまり泣き虫では笑われてしまいますよ。そろそろあなたの大事な人を紹介して下さい」
「はっ……リョウどん、すまねえ……っ」
「いやいやいや、大丈夫だよ……!」
存分に神に甘えて欲しかったが、思いの丈は大体吐き出したようでメイが涙を拭って立ち上がった。ニンアナンナ神が庭内のガゼボ――西洋風の東屋へ案内してくれたので、其方へお邪魔する。ガゼボ内には木製のテーブルセットがあって、卓上にはお茶と茶菓子が準備されていた。
「ニンアナンナ様、此方はリョウどん。おらの、こっ、婚約者です……っ!」
「リョウです、初めまして……! メイさんとは結婚を前提にお付き合いさせて頂いてます……っ!」
「まあ、まあまあまあ……! 恋を知り愛を得る事が出来たのですね。本当に良かった……! ハンサムで逞しくて、優しそうで素敵な殿方じゃないの」
「へぇ、リョウどんはハンサムで逞しくて恰好良くて優しくて料理が上手でいっつもおらの事気に掛けてくれるんです……っ!」
メイが頬を赤くしながらも、慕う神に婚約者を褒められて嬉しそうにする。
「それで……今日はリョウどんをニンアナンナ様に紹介したかったのと――おらの、今おらはとっても幸せです。おらの幸せな姿を見て貰いたかったんです」
「とっても嬉しいわ。ありがとう、メイ」
「議会場では動転しちまってお姿を探す事が出来ねかったもんで、こうしてお会いできて本当に良かった……」
「あの、議会場ではどの辺りにいらしたんですか?」
議会前は姿を探す気満々だったのに、議題を聞いてはそれどころでは無く結局探せなかったのだ。
「議長から見て右手側の、前から十列目に居ましたよ。わたしからはあなた達の姿はよく見えました」
「やっぱり結構前だった……!」
ニンアナンナ神の印も、円までは行かないが中々に角が多い上級の部類だ。
「リョウさんの世界の神はそうですね、大分後ろの方だから目視は出来なかったかもしれません。折角の面会の機会、わたしが貰ってしまって申し訳ないわ。会いたかったでしょう? 何か伝言があればわたしの方からお伝えしますけど――」
「えっあっ、いや、いやえーと……!」
自分の世界の神がまず『大分後ろの方』で前にファナティックに言われた『スタート地点の村と後半の魔物が強くなってきた辺りの村』がぶり返して一瞬辛い顔になる。が、飲み込んで伝言したい事があるかを考える。
「その……メイさんとニンアナンナ様みたいな感じには出来ないですけど、いいですか……?」
「ええ、勿論。伝えたい事がおありですね?」
「はい……えっと……『僕に全部押し付けた事は正直ふざけるなと思っています。けど僕は今の世界で幸せなので全部水に流します。新しい世界へ送ってくれてありがとう。勇者装備の事も感謝しています』と……」
「ふふっ、何て正直な方なのかしら……!」
伝言の内容にニンアナンナ神が口元を押さえて笑った。
「リョウどんは前の世界で結構大変だったもんで……」
「ええ、伝え聞いておりますよ。伝言確かに承りました。お伝えしておきますね」
「はい、宜しくお願いします……ちょっと申し訳ない気持ちはありますが……」
「神と英雄の関係は様々です。リョウさんの気持ちに良いも悪いもありません。きっとあの子は伝言を貰えば喜ぶと思いますよ」
あの子、とはリョウの世界の神の事だろう。微笑みながら紅茶を一口飲んだニンアナンナ神が、ほっと息を吐いた。
「他に伝言があったり、何か聞きたい事があれば今の内に。わたしがあなた達と言葉を交わせるのは今しかありません」
「そりゃ聞きてえ事は沢山あるけども……ニンアナンナ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫。わたしやマキナ神――ガンナーさんの世界の神様ね、他の英雄達の出身世界の神々も殆どがあなた達の味方。可愛い愛児の為ですもの。後で始末書を書く位何でもないわ」
「始末書……!」
始末書レベルの事をあっさりとしてくれようとしているのだ。驚くと、ニンアナンナ神が悪戯げに笑う。
「ふふっ、もうマキナ神は書く事が決まっています。仲良く書いてあげなくてはね。議会の投票だって、わたし達は殆どあなた達に味方しましたよ」
「……あの、殆どって事は」
何とも有難い話だが、『殆ど』という部分は気に掛かった。例外が居るのだ。そこを指摘すると、ニンアナンナ神が僅かに顔を曇らせる。
「……そうね。決闘裁判で戦うかもしれない。話しておいた方が良いでしょう」
少し悩むように眉間を寄せた後、ニンアナンナ神は味方ではない出身世界の神の事を話し始めた。
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