502 終末のゆりかご
「ロスト・ワールドの生命達の祈り。只ひとつのその願いは、未だ死の病に感染していない一握の生命を別世界に移したいというものです」
「……俺達の世界にという事か?」
神々の一大事である筈なのに、何故か議長は此方を向いて話をしている。自分達にも関係があるから同席させられているのは解るが、まだ意図は見えなかった。
「それもあります」
「それ“も”か」
「ええ、ファナティック。説明を続けて下さい」
議長が再度ファナティックを促し、浮かんだ映像が切り替わる。これまでの宇宙からの俯瞰映像とは違い、何処かの風景を映したような――それも真っ白に侵食されているのだが、を除けば上天界で見るような場所だった。
「此方はロスト・ワールドの天界、あちらの世界に存在する『下天界』です」
「下天界まで浸食されとるのか……」
「吾輩は上の神々の指示で、此処暫くロスト・ワールドの調査をしておりましたっ。だから暇ではないと言っていたでショうっ?」
確かにファナティックは村で何度も『暇ではない』と言っている。
「調査結果として、まずこの死病は世界の初期不良から生まれたものです。発覚しやすい水槽に罅が入るような形ではない。あの世界の構成上、一定期間を経て発生する毒素や病原菌のようなものでした。バタフライ・エフェクト的に発生した、本当に想定外の事です。マアこの辺りは後々学会に提出するとしまして――」
浸食された『下天界』の映像が切り替わってゆく。白化している以外、誰もが想像する天国のような場所だ。その中心には巨大な樹が生えていた。
「此方はロスト・ワールドの世界樹です。祈りは此処から発信されています」
「通常の世界樹とは様子が違うな?」
オムニス神が怪訝そうに身を乗り出す。ファナティックが頷いた。
「今から拡大しますが、結構なショッキングな映像になりますので皆様お気を付け下さいねェ~っ!」
世界樹を中心に映像が拡大される。“それ”が何か理解すると、議会中が息を飲み英雄達も言葉を失った。天を突くように真っ直ぐ伸びた大樹――の表面は樹皮ではなく何だかぼこぼこしたもので覆われている。遠目ではツタか何かが絡み合っているように見えたが、拡大すると全然違った。
人、獣、鳥、他にもあらゆる――考えうる限りの世界の生命が世界樹を包み覆って白化していた。世界樹が浸食された“肉壁”で覆われている。
「これは――……」
「守っているのですよ。既に身を捧げた神と同じように」
「分からない生物も居るが、人や獣は老いた雄ばかりだね……?」
「ええ、教授。よくお気付きで」
ファナティックが頷き、改めてこの世界に起きた事の解説を始めた。これらは届いた祈りを解析し、含まれていた人々の残留思念を紐解いたものだという。
* * *
ある時人々は異常を感知した。
地球から遠く離れた土星が真っ白になっている。どころか次に遠い木星も、一部が白く染まってそれは徐々に拡大しているようだった。
何度かの調査の結果、この異常は地球を中心として外から包み込むように押し寄せていると分かった。木星の次は火星、その次は太陽。あの異常が太陽まで届いてしまえば、それは地球の滅亡を意味する。太陽光が無ければ地球は急激に冷え、マイナス200℃の世界となって生命は生きていけない。
回避策は見付からなかった。宇宙がいつか終わりを迎えるという事自体は推察されていたが、それは何億年も後の筈で――決して今ではなかった。だが訪れてしまった突然の全滅宣告に世界は混乱する。
世界中で暴動が起きた。世を儚んだ者達の自死や、周囲を巻き込む心中事件も多発した。終末を謳う新興宗教の乱立。最早金銭や財産に意味は無かった。それでも落ち着いて普段通りに暮らそうとする者、何とか打開策を探そうとする者、逃げ場など無いのに何処かに逃げようとする者。様々だった。
そんな折、世界中に“涙の雨”が降る。
全ての生命に降り注ぎ染み渡り、世界は神の存在を知った。神は恐慌のまま滅びようとする生命達を見捨てられず、彼らと共に在ると誓った。最後の時まで寄り添い守り、無償の愛を注ぎ続けると宣言した。殆どの生命が神の存在に驚き、同時にこんなにも自身を愛してくれる存在が居る事に涙した。
皮肉にも、全てに等しく訪れる終末が世界に平等を齎した。分け隔てない神の無償の愛が、世界に平和を齎した。両方揃って初めて、世界は史上類を見ない高みに到達したのである。殆どの者が神と共に迎える安らかな消滅を受け入れた。
木星が真っ白に染まり、火星を侵食し始めた段階で神は下天界に希望者を招き入れた。太陽が浸食されてしまえば地球上で生きていく事は困難となる。この時点で神は幾つもの神法を破っているが――初期不良などという不幸な理由で消滅せざるをえない生命に対する愛の方がずっと勝っていた。
下天界では死んだ魂達とも再会出来、殆どの生命が幸福で穏やかな楽園での時を過ごした。そう、殆どの生命だ。楽園でただ終わりを待つのを良しとせず、地上に残って抗おうという者達が居た。あるいは神に反発し、最後まで私利私欲と共に生きようとする者達も居た。
後者は太陽が浸食された時点でいち早く絶滅した。前者の抗おうとする者達は、天使の助けを借りて凍り付いた地球でも生き延び調査を続けていた。彼らの多くは科学者などの知識人、あるいは軍人や警察。神の愛を知って尚、自分達の出来る事をして報いようとする人々だった。
また、多くのならず者や元犯罪者も居た。彼らは幼少からの愛情不足で道を踏み外した者達だ。それが神の愛を得て満たされ、これまでの罪を悔いるかのように調査を助けていた。彼らは率先して先頭に立ち、まるで殉教者のようだった。
幾ら調査をした所で滅亡が防げる訳ではない。だが白化の浸食が地球に到達し、彼らの犠牲の元に幾つか分かった事があった。
物によって浸食のスピードが変わること。基本的に無機物はすぐに侵食され、有機物だと時間が掛かる。同じ有機物でも、死体より生命の方が時間が掛かる。更には生命の場合年齢が関係してくる。若い者ほど浸食が遅く、年老いた者ほど浸食が早い。人間と天使では天使の方の浸食が早かった。
これらを紐解くと生命の場合は肉体の中の魂といった物まで浸食している為、時間が掛かるのではないかという事だった。人間より天使の方が浸食が早いのは、生きて来た年数は勿論、人間のような肉体を持たない為である。それは恐らく神も同じであるか、それ以上だろう。
年齢差については更に、この世界に存在する“何か”を生まれてからどれだけ摂取しているかという違いだと分析された。その“何か”は大気にも宇宙にも存在する。存在しないのは下天界だけだった。それこそが他の世界とは違うイレギュラー部分、ファナティックの言う所の毒素や病原菌であるらしい。浸食が届いた時点で、体内の“何か”が反応して白化現象が起きるという所までは解明された。
その頃には地球は全て浸食され、この世で無事なのは下天界だけになってしまった。この時点で神は決断し、幾つかのやるべき事を行ってから自身の全てで下天界を覆った。ずっと下天界に居たお陰で“何か”の摂取は極僅かだが、そもそも浸食自体が病原菌の塊である。寿命も長く人間のような肉体を持たない神では浸食は早いだろう。だが自分が先頭に立つ事を神は決めていた。その後は迷いなく天使達が続いた。
神と天使の愛――終末のゆりかごに包まれ守られながら、生命達は僅かの時を生き永らえた。だがいずれ下天界を包み込み握り潰すように浸食が迫って来る。生命達は中心である世界樹に集結し、順に“やるべき事”を果たしていった。
* * *
「で、ですねェ――……」
そこまで告げ、ファナティックが小休止のよう大きく息を吐く。此処までが前提、本題は此処からだ。
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