501 ロスト・ワールド
「次の議題ですが――……ファナティック、説明を」
「心得ましたァっ!」
議長に促され、ファナティックが立ち上がった。
「今回お招きした英雄達は勿論、まだ事態を把握しておられない神々もいらっしゃると思いますので最初から説明いたしまァすっ!」
ファナティックが指を鳴らすと、空中にひとつの世界――地球らしき星を中心に宇宙が取り巻く形、が立体映像のように浮かび上がった。明確な異常があり、素人目にも明らかにやばそうなのが見て取れる。恐らくこれが工房でベルが見た『今にも滅びそうな世界のゲート』の内側だろう。
「此方は通称ロスト・ワールド、失われた世界と呼ばれております。通常の世界運営に失敗し廃棄される世界とはまた異なり、いわゆる“初期不良”にてどれだけ良い運営をしようと世界の方に欠陥があり喪失を余儀なくされるパターンですねェ」
「!? 初期不良なんてあんのかよ……!」
「天文学的な確率ですが、本当に極まれに発生してしまうんですよねェ……っ! ちなみに前回の発生は3億年前……っ!」
ガンの驚く様子に苦笑いを向け、そのまま説明を続ける。
「という位のレアケースでして! 吾輩始め、前回を体験していないという神々も居られるでショう。前回は生命や文明が発達する前に初期不良に気付けましたので、初期不良世界を廃棄する形で対応しておりますが――」
英雄達も神達も、立体映像をじっと観察する。
本来青い筈の地球らしきは真っ白だ。海も陸も全てが色を無くしたように白一色に染まっていた。ファナティックが立体映像を操作し、地表部分がズームされる。途端に議会がざわついた。地表には前は街か都市だったろう、様々な建物や住人らしき人間が映っており――それら全ても真っ白に染まり、凍り付いたよう停止している。
「御覧の通り。一定以上の文明が発展し、伴い生命も生み出されておりました」
英雄達が口を開く前に、神々から口々に疑問が降り注ぐ。大体が『何故こうなる前に報告されなかったのか』『担当神は何をしていたのか』という内容だ。
「順にお答えしまァす! まず発覚が前回よりも遅かった。発覚した時点で担当神は生命と文明をある程度生み出しておりましたっ」
ファナティックがまあまあと皆を宥めながら話を続ける。
「そして――担当神はこの事実を報告せず隠蔽しましたっ! 恐らく生み出した生命達を廃棄するのが忍びなかったんでショうっ!」
「あの、あの……! 初期不良世界は絶対廃棄されるの……!?」
ざわつく神々に紛れ、リョウが挙手して聞いた。
「前回以前を遡ったこれまでの事例では、例外の一度を除き全てそうです。発見が早くとも遅くとも。生命や文明が発達していようとしていまいと。そもそも土台である世界が崩壊してしまうので、どの道滅ばざるを得ませんっ」
「そ、そんな……!」
天文学的な確率の“外れくじ”だ。上に報告すれば廃棄が決まると知って担当神は隠蔽したのだとリョウでも分かった。
「隠蔽した所で結局世界が不良品なら、いずれ崩壊するのではないのか?」
「その通りです。ですから、この世界の担当神は自らの命を捧げて世界の寿命を延ばしたようですねェ。今アナタがたが住んでいる世界の前担当のようにねっ」
ケンが問いの答えを聞いて唸った。今英雄達が住んでいる世界は、滅びかけた所を前担当神と旧人類全ての命を投じてある程度再生している。神の命を捧げるならば、初期不良を修理は出来ずとも延命は出来るという事かと理解した。
「とはいえ延命に過ぎません。今ご覧頂いているよう、この世界は延長期限が切れて滅びきる手前です。ただ少々事情がありまして、滅ぶ直前で時間凍結されている状態となっておりますっ」
「凶兆戦の時のように、世界は初期不良だろうと生まれた生命や魂を他の世界に移す事は出来んのか?」
ケンがまた問う。ファナティックが難しい顔をした。
「それを行ったのが例外の一度です。今回はそれを行えません。行えない事を理解していたからこそ、担当神は隠蔽を行ったのです」
「出来る出来ないの条件があるという事か」
「ハイ、そうですっ! 先にそちら説明しまショうかねっ」
ファナティックが指を鳴らすと、立体映像の周囲に幾つも地表の惨状を記録した静止画像が浮かび上がった。それらは人類文明だろうと他の動物だろうと海だろうと森だろうと、全てが真っ白に侵食されている。
「この白化現象は、伝染病のようなものとお考えください。有機物無機物問わず、人間だろうが動物だろうが建物だろうが自然だろうが全てを蝕む死の病です。全てを侵食し、カビのように広がった状態が今ご覧頂いている映像でしてっ」
「神や天使にも影響はあるのですか?」
「残念ながらアリまァすっ! ですので現在は完全立ち入り禁止ですねェっ」
議席から投げられた質問にも答え、ファナティックがまたケンを向く。
「神や天使のみならず――魂にも感染します。意味がお分かりですね?」
「理解した。外部に持ち込める状態だったのが例外の一度という事だな」
「そうですっ! ですので残念ながらもうこの世界は封印&廃棄するしか無いのですがァ――……」
言葉を切り、ファナティックが議席の神々を見渡した。
「滅ぶ直前、この世界は『外界による奇跡執行』の条件を満たしました。その為審議の為に自動的に時間凍結されている状態でしてェ……」
これまでの比ではなく、議会全体がどよめいた。『何てこと』と目を潤ませ口元を押さえる者、苦虫を噛み潰したような顔をする者、真剣に身を乗り出す者、反応は様々だが神達にとってこれは大きな出来事らしい。
「外界による奇跡執行ってなんだろ……」
「神法全書に載っていたよ。確か――」
これまでとは明らかに違う神々の反応にリョウが首を傾げる。ジスカールが小声で、神法全書からの知識を教えてくれた。
「宗教などでよく語られる、神の奇跡というのがあるだろう。あれは各世界の担当神が与えるかどうかを決めている。だけれど『外界による奇跡執行』というのは、本来手を出してはいけない他世界の神や上天界が齎す奇跡だ」
「ええ、大ごとじゃない……!?」
「大ごとだと思うよ。これまでに『外界による奇跡執行』が行われた事は無い。それほど条件を満たすのが難しいとされている」
「その条件って……?」
ジスカールが口元を覆い、難しい顔をして議席の神々の様子を窺った。
「その世界の全ての生命が、一糸乱れず同じ方向を向き神々が尊ぶ『善』を体現すること。その望みは利己的であってはならない。ただ愛と慈しみを持って、外部の神々でもなければ実現できない事を祈る事――だったと思う」
「え、ええ……!?」
「普通は無理だよ。個を全とするのは難しいし、例えば世界滅亡で『死にたくない』や『滅亡を止めて欲しい』という願いでは発動しない」
これは神々が業務で行う世界への介入とは全然違う。外なる神々が認めるレベルへ到達した生命達の切なる願いを、その尊さに報い奇跡を与えるものだ。
「……本当に、嘘ではないんだな」
神々の多くが涙を浮かべ、辛い面持ちをしていた。既に滅亡と廃棄が確定した世界で、そんな祈りが生まれた事にジレンマを感じているのだ。先程カピモット神達を未熟だと咎めた様子とは全然違う。先程は先程で、本当に彼らは世界の行く末を――世界に住まう生命達の幸福を考えている。
「条件を満たした以上、我々はその祈りに応えなくてはならない。最も優先されるべき、愛すべき祈りだ。……だが、難しいのだな?」
オムニス神が議長に問う。議長が頷き、深い溜息を吐いた後で――何故か英雄達の方を向いた。
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