49 特訓!特訓!予兆!
翌朝、朝食後。早速ケンによるリョウの指導が始まった。
一日一時間。短いようでいてこれが永遠に終わらぬ地獄の一時間だった。
「おー、やってんな」
「わあ、激しいですねえ……!」
初日という事で、ガンとカイが作業の合間に様子を見に来ている。
辺りに気を使わなくて良いよう近場の死の土地で行っている訳だが、既にそこら中にリョウが吹き飛び転がった跡が残されていた。
内容としては単純で、本当にただ一時間ケンと打ち合うだけだ。一応ケンの倉庫にあった、刃を潰した訓練用の剣を二人とも用いている。
「おれ剣術ってよく分かんねえんだけど、リョウもこれ凄いよな?」
「ええ。専業剣士ではないと言っていましたが、ちゃんと王国指南役かそれ以上の技量は持っていますね。剣術だけでも通常の相手でしたら負ける事は無い筈です」
「そっかァ……」
ガガガガガガガガ――ッ! 火花散る、目で追いきれない速度の剣撃。ケンは余裕で楽しげに。リョウは必死の形相で集中しきっている。が、数秒もしない内に剣が弾かれるかリョウ自体が吹き飛ばされたりで決着が着いてしまう。
「ぶえァ……ッ!」
「ほら休むな! 立て!」
ズザアーッ! 砂に長く跡を付けて面白いポーズでリョウが転がっていく――間にも叱咤されて必死で転がり起きてまた斬りかかっていく。エンドレスだ。
「吹き飛んでる最中なのに立てって言われてんの鬼過ぎる。面白え……」
「追撃をしない所が優しさでしょうかね……」
「擦り傷とか痣とか凄そう。後で温泉めちゃくちゃ染みそう」
「修行ですからね、仕方ないですね……」
「この一時間耐久全力ラスボス戦、毎日続くんだろ? 体力めっちゃ付きそう」
「私との修行は体力が付いてからですかねえ……」
一時間後、リョウが立ち上がれるか怪しいものだ。
ひとしきり見物を終えたので、ガンとカイは戻る事にする。
「おれもこの時間何か修行しようかなァ。見てたら面白えや」
「ガンナーも修行を? 何をするんです?」
「茶の淹れ方とか山羊の乳搾りとかさ、なんかおまえが教えられること」
「……! 私が教えて良いんですか……!?」
「おまえは結構負債が溜まってッからな。こういう形で返して貰おう……」
「負債って……いやけど頼って貰えるのは嬉しいですねえ……! じゃあ今日は山羊の乳搾り覚えましょうか!」
「おー」
負債の響きは気になるが、末っ子に頼られるのは素直に嬉しい。打ち合い続けるケンとリョウとは対照、のんびり平和に戻っていった。
* * *
一時間後。屍のようになったリョウを担いでケンが戻って来る。
「いい運動になったぞ! ただいま!」
「おっ、おかえり」
「おかえりなさい、二人とも」
「リョウ生きてッか?」
「…………駄目かもぉ……!」
ごろんと地面にリョウが転がされた。ビクンビクン死にかけの魚のように悶絶している。
「嗚呼、リョウ……!」
「わはは! 喋れるし動けるし生きている! 優秀だぞリョウさんは! 流石勇者であるなあ!」
「優秀じゃねえと喋れなくなって動けなくなって死ぬの? やべえじゃん」
カイが慌てて駆け寄り闇の治療魔術を掛けてやっている。
「地獄……地獄だった……! 地獄……!」
「ははは! 大袈裟な!」
「温度差おもろ」
「これが毎日続くんですね……」
「リョウ、やってけそうか?」
「が、頑張る頑張る頑張る……!」
「うむうむ、よろしい!」
何とかやっていけそうなので、応援しつつ見守る事にする。
その後は普段通りの作業や仕事をし、変わらぬ一日を過ごした。夜には皆で風呂へ入り、ケンがリョウをマッサージし明日への疲れを残さぬという万全フォローで更に明日へ臨む。
そうして一日一日を何とかリョウが生き延び一月ほど――小麦や米の植え付けすら終わる頃に、漸く変化が見られ始めた。
* * *
「――なんかさ、最近リョウのむさ苦しさがアップしてね?」
スパの方も一月掛けて内装やサウナや岩盤浴等々、全てが完成していた。更にゴージャスになった大浴場の脱衣所でガンがふと気付く。
「えっ、むさ苦しいってなに……?」
「いや、なんかこう……体型変わった……? 前からむさ苦しかったけど、よりむさ苦しくなったような……?」
「確かに、前より逞しくなったというか、修行の成果ですかね……?」
座らせたガンの頭を寝る前の三つ編みに編ませて貰っているカイも、言われて気付いたようにしげしげとリョウを見る。
「修行とヤギミルクだな……」
パンイチで湯上りの冷やしヤギミルクを飲んでいるケンがしたりと頷く。湯上りに氷魔法の氷で冷やしたミルクを飲むとめちゃくちゃ美味い、と発見したのは先日の事である。湯上りでなくとも最近は日常的に飲んでいる。
「ヤギミルクはな、栄養価も高いし筋肉や骨を作るのに良いのだ……それに加えて連日の特訓……このままいけばリョウさんもゴリラになるな……」
「ええ、ゴリラ二匹目増えちまうの……?」
「けど確かに……相変わらずケンさんには吹き飛ばされてばっかりなんだけどさ、帰りは自分の足で帰れるようになったし、体力ついてきてるかも……!」
「ハッ、確かに……! 初期は毎回担がれてましたものね……!」
「体力ばかりではないぞ。打ち合える時間も少しずつ長くなってきている」
「おお、ちゃんと成果出てきてんじゃん……!」
「えーっ、嬉しい……! 成果が色んな所に出てるう……!」
「頑張ってますものねえ、リョウ……!」
「これでもっと体力ついたら、カイさんの魔法修行も受けられるぞ……!」
「そしたら魔法の上手いゴリラが爆誕するじゃねえか……!」
目に見える成果が出てくると余計やる気が出てくるものだ。
明日も頑張ろう、そう思って床に就いたが――――。
* * *
夜明け頃、飛び起きる羽目になった。
この感覚は久々だ。今までの辛いような苦しいような夢とはまた違う、激しい怒りに満ちた夢だったように思う。
「……ッ、はあ……はあ、」
まだ鼓動が早い。胸を押さえて息を整えた。
「……リョウ、どうしました?」
異変に気付いたカイが、眠そうに薄目を開けて見ている。
「…………予兆だ。六人目の……」
「……!」
カイも理解して跳ね起きる。
「あっ、けど、悪い予兆じゃないよ……! 焦らなくて大丈夫だとは思うんだけど……!」
「嗚呼、それは良かったです……! 五人目の時は大変でしたからね……」
「うん……前みたいにいきなり来るって事は流石に無いと思うから……ケンさん達には起きてから伝えようか」
「そうですね……」
久々の予兆で興奮して二度寝どころではなかった為、早めに起き出して朝食を作る事にする。山頂の方を見るがまだ気配は無い。
「次は一体どういう人が来るんだろうな……」
「若くて巨乳の可愛い娘だとリョウが嬉しいですかね……?」
「それまだ引っ張るの!? やめてよ……!」
恥じらいつつ火を起こし、カイと共に準備をする。湯を沸かし、肉を焼き、チーズや野菜を香辛料と和えサラダにし、主食代わりの芋を蒸かしていく。
食欲をそそるいい匂いが広がる頃には、ケンとガンも起き出して来た。
「ほう、六人目とな!」
「今度は人型だといいな……」
「だだだ大丈夫だよ今度は良い予兆だから……!」
「どの位でいらっしゃるんですかねえ……ちょっとわくわくします」
朝食を食べながら、今後の事を相談する。
「六人目が来るのであれば、本当にそろそろツリーハウスの制作に着手するか!」
「んだな、スパも完成したし――今の小屋じゃ五人寝るのは狭いだろ。リョウもゴリラになってきたし……」
「えっ、まだそこまで場所取ってないよね……!? ケンさんよりは……!?」
「まあまあ、どの道今後増える事を考えたら寝場所が多くて悪い事は、ね……!」
どうせ来るまでは数日掛かるだろうという見込みで、ひとまず今日からツリーハウス作成に着手する事となった。
朝の修行や畑や家畜の世話などを終えると、全員で作業に掛かる事にする。
お読みいただきありがとうございました!
次話は明日アップ予定です!




