496 議会
ケン達の感じ取る気配が一か所に集まった――と思った数秒後、ノックと共にポチャリエルが皆を呼びに来た。
「もう議会が始まりますので皆様此方へ来てくださいましっ!」
案内で廊下を進み、何だか物々しい扉を開いた途端に全員目を丸くした。
「これは……」
「凄まじいな」
すり鉢状のコロセウムのようなデザインの円形会議場である。円形に配置された恐らく議席が、果てが見えない程に何処までも上へ上へと伸びている。席はどれも埋まっており、それだけの数の議員が居るという事だ。
「これの末席て! 流石に何処に居るか分からんすぎ~!」
何よりも彼女を探す目的のタツが舌打ちする。全ての議席を把握しようとすれば果ては無く、下の方に視線を遣ると此方は通常の議場に近い形をしていた。上席に当たる位置はステージのようになっており、議長らしき神が既に座している。その左右には副議長か書記官かといった風の神が配置され、一段下がったステージ部分には理事か顧問か――有力そうな神達と見覚えのある人物が座っていた。
「ファナティックの奴すげえ位置に居やがる……!」
「ファナティックの右隣の更に隣が薔薇の魔女だぞ。うむ、久しい!」
「って事は二人の間に居る人も外部顧問なのかな?」
ステージの真下部分には演壇らしきものがあり、今は無人だ。そして演壇の左右には裁判所の原告側被告側のような感じで分かれた席が設けられている。其方を見た瞬間、メイが息を飲む。
「神どん達……っ!」
左右に分かれた議席の方に、カピモット神達の姿が見えた。二人とも俯き加減で顔はよく見えないが間違いない。その隣にもう一人神が居た。
「おい……」
「嗚呼、“丸付き”ですね……」
カピモット神の隣に居る神の額には、分かりやすく丸が付いていた。壮齢の偉丈夫で、凛々しく美しい。どことなくケンと似ているなと思っていると、その神が此方を見遣った。穏やかな笑みを向けられたが、数名がその威光に確かに怯む。
「やば……! タツさんがちびりそうって言った気持ち分かっちゃった……!」
「じゃろ、丸付きやばいじゃろがぁ……!」
入り口で躊躇っていると、ポチャリエルが促し皆をカピモット神達の向かいの議席に案内する。恐る恐る踏み入った途端、一斉全ての議席から視線が降り注いだ。
「ヒエェ……ッ! 拙者もう気絶しそうでござる……ッ!」
「美形じゃ! 美形を探して妄想して己を保つんじゃカグヤ殿……っ!」
「美形だけが拙者の好物と思ったら大間違いで……ッ!」
「この段階でそれを言えんならおまえは大丈夫だよ……!」
小声でやり合いながら、着席する。メイが食い入るようにカピモット神を見詰めた。二神とも俯いたままで、元気が無さそうに見える。
「神どん達……大丈夫だろか……」
「あんな丸付きが隣に居たらああなっちゃうの仕方ないとは思うけど……」
「ひとまず健在なのは確認できましたね……」
カピモット神の様子も気になるが、自分達の知る神も居るだろうかと視線を巡らせかけた時――議長らしき神が儀礼用の木槌を打ち鳴らす。反響が果てまで届き、ざわついていた空気が一斉に静まった。
「皆様、静粛に。揃いましたので始めましょう」
議長は黒髪を複雑な形に結い上げた細面の男性――か女性かよく分からない。分かるのは額に丸が付いている事と、周囲より格が高そうな衣服を纏っている事だけだ。矢張り性別のよく分からない不思議な声色で、糸のように細い目がケン達を向く。
「まずはようこそ、各界の英雄たち。今回はあなた達にも分かりやすいよう普段の形式は用いず、易しく進行します。必要な時にはそちらの『天使A』がお知らせしますので、登壇して発言して下さい」
ケンを含め皆が頷く。どうやら正式な発言時は演壇に登壇してというルールらしい。本来ならもっと格式ばった進行をするのだが、今回は分かりやすく行うと小声でポチャリエルから補足があった。
「今回の議題はおおまかにふたつ。あなた達の承認が得られれば即時可決。得られぬ場合は基本的に議員全員での投票となります」
「……?」
自分達の承認が得られれば即時可決という言葉に全員が眉を顰めた。
「質問や議論があれば随時。相談の時間が取りたい場合は議会を一時中断し、控室にてどうぞ。では、最初の議題より始めます」
承認部分の補足は無いまま、議会が開始された。議長の促しで、カピモット神達の隣に居た神が演壇へと登る。
「真名は名乗れない為、仮称となりますが。此方の『オムニス神』より『あなた達の世界の担当神に就任したい』と要望がありました」
「!?」
「……!?」
「既にあなた達の世界は、凶兆戦の褒賞によりそちらの――既に用いられている仮称を使用し、カピバラ神、マーモット神が担当しています。約定での就任の為、あなた達に可否を問う必要があり、こうして今回お招きしたのですよ」
思いがけない議題に驚くと同時、カピモット神達が俯き元気が無さそうな事に得心いった。メイが身を乗り出し、泣きそうな顔をする。
「そんな、そんな事……っ!」
「演壇上の発言のみが正式に記録されます。必要時は登壇するように」
「待て、メイさん。先にオムニス神とやらの話を聞こうではないか」
「ケンどん……!」
ケンが吟味するような顔で腕を組む。その視線はオムニス神に据えられていた。
「議長、自己紹介も兼ねて我から発言して良いだろうか」
「どうぞ」
許可を得て、オムニス神がケン達に向き直る。
「まずは真名を名乗れぬ非礼と、困らせるような要望を出した事を御詫びする。だが我としては是非とも君達の世界を担当し、よりよい最高の世界を築き上げたい」
豊かな鐘のような声だった。眼差しと立ち居振る舞いからも、実力に裏打ちされた自信を感じる。演壇に上がった事で距離が縮まり、矢張りケンに似ていると皆思った。カグヤに言わせれば『映画版の綺麗なケン』である。
「この度我は世界運営にて『輝かしき完璧な世界』を生み出し千年維持する事で、議会に要望を出す権利を得た。その要望がこれだ」
ベルの口が『あっ』と僅かに開く。以前にファナティックの工房で観測した輝かしきゲートの方。これはケン達にした解説、『輝かしき完璧な世界、これこそ目指す到達点のひとつです。そのまま道を違えず維持して下さい。千年も維持出来れば大したものです。上の神々はあなたを讃え、望みをひとつ叶えるでしょう』に当たる。あの世界の神がこのオムニス神なのだ。
「貴公程の神なら世界など選び放題だろう。何故俺達の世界に固執する?」
「君の方が解っているのではないか。神威の覇王よ」
ケンとオムニス神の視線が交わり数秒、すぐにケンが息を零して笑った。
「――解る。幾ら賛美されようと、既に成し遂げた同じかまた似たような世界を作り上げてもつまらない。次に手掛けるならば“更に上を目指したい”だろう?」
オムニス神が同じく笑って頷いた。
「そう。君達は各界から飛び抜けた素晴らしい英雄達だ。その英雄達と共に、私は更なる高みの世界を作り上げたい。それはこれまでに無い、何よりも秀でた素晴らしい世界に育つという確信もある」
「動機は理解した。だがそれだけでは足りぬ。もっと売り込んでくれ」
他の皆が何を言って良いか分からぬ間に、ケンが更にオムニス神を促す。
「まず其方の二神と我では力が違う。ああ、決して同胞を貶めたい訳ではなく、彼らはまだ若く未熟なだけだ。だが現状では圧倒的に我の方が世界に貢献できる」
オムニス神が幾つか『自分が担当する事で発生するメリット』を挙げてゆく。
まず世界再生システムに投入する神力が桁違いになる為、早々世界中の死の土地は無くなるだろうという事。海洋ゴミや他の汚染も対策を講じ、早期に解決出来るだろうという事。新人類や他生命の開発と投入も然り。また凶兆に類するその他世界の危機が訪れた時も、カピモット神よりずっと迅速に上手く対処出来るとのこと。
つまりオムニス神は全てに於いて、自身の世界に抱く神としてはこれ以上無い――カピモット神の上位互換だった。
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