492 贈る言葉
村の広場。宴会や食事会が行われる屋根付きのパビリオンスペースは、魔法の明かりと花が飾られちょっとした催しめいている。清潔なテーブルクロスに美しく並べられたカトラリーとグラス。ジスカールが腕を振るった料理も並べられ、皆が着席するとケンがグラスを掲げた。
「今夜はファナティックさんの送別会を兼ねた食事会だ! 明日には帰ってしまうからな! 皆最後まで楽しむように!」
「今日は何か洒落てるからジスカール飯か」
「うむ、ファナティックさんの好物らしい! 説明を頼む!」
「わたしの故郷で食べられている料理だ。もう纏めて出してしまったけれど、一応前菜がトマトのパン粉焼きに鯵と夏野菜のマリネ。後はマグロのタルタル――」
コース出しも考えたが、そうすると自分も忙しくてゆっくり出来ないので最初から全部並べる事にしたらしい。
「スープは人参のポタージュ。肉料理は牛肉の赤ワイン煮込み、鴨のコンフィ、プルーンと豚のテリーヌ。魚料理は白身魚のポワレ、レモンバターソース。後はアンチョビとオリーブのサラダと、ウルズス用においもとりんごのパンケーキだね」
「全然分からんけど見目も良いし美味そうじゃの~!」
「全部吾輩の好物ですゥっ! また頂けるとは嬉しいですねェっ!」
「沢山作ったねジスカールさん……! 疲れたでしょう……!」
「ああ、大分手間だったよ……! けれどジラフが手伝ってくれたから……!」
頷くジスカールにはやや疲労が滲んでいるが笑顔だ。その隣でジラフも頷く。
「お手伝いは楽しかったしお勉強になったわヨッ! アタシの料理に比べて繊細で細やか過ぎたわ……! 手間と工程が段違い……ッ!」
「うむ、手の込んだ味がする! 美味いぞ!」
「他の皆の料理も美味しいけれど、ムッシューの料理は本当に繊細で美しいわね」
「その牛肉なんか四時間は煮込んでるし、鴨は朝から仕込んだ挙句二時間半煮込んだ後に焼いてるのヨ……! テリーヌなんか三日前から仕込んでたし……ッ!」
「ヒエ~ッ! 手間過ぎて毎日は作れない奴……ッ!」
リョウが戦慄し、有難く味わった。普段の三食はそこまで手間を掛けていられないので、本当に送別会向きの御馳走だ。
「そう、この辺りは教授が休日か特別な日にだけ作ってくれた御馳走なんですよォっ! この味ですこの味っ! 懐かしいですねェっ!」
「喜んでくれたようで良かったよ……!」
「待って、休日に食事を作って貰ってたの!? 調査中じゃなくて!?」
「ハイッ! 吾輩数年教授と同棲もとい同居しておりましたのでェっ!」
「ハア!? 同棲!? 聞いてないんだけどォ!?」
「同棲じゃない同居だよ! ただのルームシェア! 帰る直前に誤解を招いていくのやめてくれないか……!?」
ジスカールの必死の説明によると2番目の妻と別れ、母国で教鞭を執った数年――3番目の妻に捕まるまでは、ヴィクトルも同じ大学院で学びつつ助手を勤めていたのでルームシェアをしていたそうだ。
「ですから吾輩教授のパンツを洗った事があるって言ったではないですかァっ!」
「アタシだってジスカールちゃんのパンツ位洗うわよッ! そんな事でマウント取れると思わないでよネッ!」
「ハア! 同居! 数年! マウント合戦! 公式からのドでかい供給がァ……! ありがとうございますありがとうございますう……ッ!」
「カグヤは何に礼を言ってんだよ」
「わはは! ジスカールさん男にもモテておるな!」
賑やかに食事が始まり、これまでの事を振り返ったり話題は尽きずに進んで行った。半分ほど食べた所で、ケンが皆を見渡す。
「どれ、余興という程でも無いが! 皆順番にファナティックさんへ言葉を掛けてやるがいいぞ! 感謝でも恨み言でも良い! 今回の滞在を終えたら次はいつ会えるか分からんからな!」
「恨み言の方が多そうなんですけどォっ!」
「贈る言葉的なやつ?」
「そうだぞ! 村に来た順で行くか! 俺からだ!」
ケンがじっとファナティックを見たので、ファナティックも見返す。
「うむ、最初は面倒ごとかと思ったが滞在中は中々面白かったぞ! 上天界に戻っても俺達が友である事は変わらぬ! 戻っても友情を尽くしてくれ!」
「また直接的に忖度を要求してェっ! まあありがとうございますゥ……!」
ケンが凄い笑顔で告げる。ファナティックも曖昧に微笑んだ。
「次おれか。うーん……まァ、知らねえ事とか知れて色々納得したよ。試練もキツかったけど強くなれたのは有難え。この先悪さしなけりゃプラス感情のままだ」
「ンフーッ! どう致しましてェっ! この先は分かりませんが現在のプラスは嬉しいですゥっ!」
何だかんだガンはプラス寄りだ。これにはファナティックもにっこりした。
「次は僕か……。まあ、やつ当たりめいた殴りたい気持ちはまだ正直ちょっとあるんだけど……っ! 色々教えて貰ったしコーチもして貰ったし、今回は水に流しますっ! 次回また何かされたら思い切り殴りに行きますねという事でっ!」
「アハン! それは何より! その時はお待ちしておりまァすっ!」
リョウも殴りたい気持ちは捨てきれなかったが、当初に比べて相当態度が緩和した。これにもファナティックは笑顔で頷く。それからカイが静かに口を開いた。
「……私は、深く感謝しておりますよ。本当にありがとうございます。この先何か起きた時は別の事を思うかもしれませんが、この感謝はずっと忘れません」
「おや、そんな真っ直ぐに言われては照れてしまいますねェっ! アナタとの約束は必ず守りますのでご安心くださいなァっ!」
カイは望めなかった事を叶えて貰った立場なので感謝が深い。真摯な眼差しと礼に、ファナティックも面映ゆそうに笑った。
「わたくしは――そうね。いけすかない存在ではあるけれど、あのドブカス女よりは大分まし。学ばせて貰う事も多かったわ。ありがとう」
「でショう!? そうでショう!? ゲロゴミドブカスクソ野郎と呼ばれてますけど紅薔薇より吾輩の方が性格良いんですって……っ!」
「あなたも良くはないわよ。あの女よりマシなだけでね……っ!」
ベルの忌憚ない言葉にファナティックが勢いよく身を乗り出した。薔薇の魔女より性格が悪いと思われるのは、ファナティックとて耐え難いのだ。
「儂は一言だけじゃ! 男子会での恨み忘れとらんからな……っ!」
「その恨みは背負って生きていきますよォ……っ!」
タツが野郎に言葉を贈るだけで稀有なので有難く頂戴する。
「おらは、おらは……っ! 色々あったけど一度全部飲み込む事にしましたっ! 過去は兎も角、試練やコーチしてくれたのはおら達の為だったと思うので……っ! だもんで御礼を言っときます! ファナティックどんありがとう……っ!」
「アナタは本当に良い子ですねェっ! どう致しまして嬉しいですゥ……っ!」
複雑な気持ちを背負っている筈のメイまで温かい言葉を掛けてくれて、ウッとファナティックが胸を押さえる。次はジラフだ。見遣ると半眼で此方を睨んでいる。
「ジスカールちゃんの弟子入りを狙ってるようだけどォ~?」
「だけどォ~?」
「許可はしたけどアタシに勝てると思わないでよネ……ッ! ジスカールちゃんに何か変な事したらブッ殺すわよ……!」
「ンフ! 保護者ですねェっ! 吾輩アナタがたのお邪魔はしませんのにっ!」
ジラフの場合は贈る言葉というかただの牽制であった。笑顔で睨み合う間に、こぐまのおててが皿を置く。好物のおいもとりんごのパンケーキの乗った皿だ。
『ぼくもおまえきらいだけど! いろいろ教えてくれたし、ジスカールがでしいりするかもしれないからこれあげる! わいろだよ! ちゃんとしてね!』
「おやマア! ありがとうございますゥっ! しかと賄賂受け取りましたァっ!」
「ウルズス、賄賂って言葉どこで覚えて来たんだい……!?」
こぐまの賄賂に二度見しつつ、次はジスカールの番だ。
「ええと、そうだな……」
「ハァイ!」
ファナティックが言う前からニッコニコしている。ジスカールが何を言おうか頬を掻いた後、口を開いた。
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