486 神と魚
残り五日。ケンとガンは海上都市に来ていた。
別荘建設が大分進み、本館も外装は完成して内装の仕上げをしている段階だ。今日は頼んでいた畳や襖や障子を受け取りに来ている。この辺りは自作するには知識や技術が足りなかったので海上都市の職人に任せていた。
「よし、これで全部だ」
「すげえ量になッたなァ」
「わはは! 設置が楽しみである!」
畳や襖を入れたら相当完成系が見えるだろう。楽しみな作業なのでわくわくしつつ、他にも飾れる調度品等無いか王宮の倉庫を確認する事にした。
「おうおう、これまたバカ倉庫だな」
「前の世界では世界中から賓客が来ていたからな! もてなし用にあらゆる文化の物を揃えている! 東方系の物なら使える物もあろう!」
バカ倉庫と言われる通り、馬鹿みたいに広い空間に世界中の文化ごと調度品や小物がしまわれていた。ケンの案内で東方セクションの方で色々見てみる。
「床の間に飾る掛け軸や壺なんかがあると良いんだがな」
「ロボ太郎に参考画像見せて貰ったが、花とか皿とか刀も飾られてたな」
「うむ、その辺りだな――っと、この箪笥は良い感じだから持って行こう」
「おお、新品より味があッて良いな」
「これもいいな、これも――……」
ケンが良い感じに年季の入った飾り棚を拝借する。続けてひょいひょいと気になる物をマイ倉庫に放り込んでいった。
「何かおまえ山賊みてえだな……?」
「失敬な! 此処にあるのは全部俺の物だぞ……!?」
「や、何か恰好も小汚えし洗い浚いかッぱらう感じが……」
「作業着なんだから小汚くて当たり前だろうが! それに全部俺の物だ……!」
「まあそうなんだけどさァ……」
物凄くケンの山賊感を感じながら、ガンの方も色々物色していく。飾る系のセンスはよく分からないのでケンに任せ、作る手間の省ける実用的な物は無いか見ていたら揃いの茶器セットや食器があったので拝借する事にする。
「ガンさん、これはどうだ!? 玄関に飾ったら映えるぞ!」
「でけえし邪魔だやめろ……!」
「駄目か? 幸運の神像なのだがな……?」
ケンが指差したのは人間位の大きさの木彫り像で、手が沢山生えた神の形をしていた。ケンの世界では幸運を招く下級神らしい。
「幸運の神ッてそもそも世界が違うんだから加護なんざ無えだろ。せめて飾るならカピモットの像とかじゃね?」
「子供の像など飾ってどうする! 動物形態なら考えんでもない!」
「そもそもあいつら飾ッて加護なんかあんのか?」
「まあ上級神の中でも下の方だろうしな……無いかもしれん……」
カピモット神は上級神としての最低限の力は備わっている筈だが、まだ若く未熟で『優秀!』という感じはあまり無い。
「そういや多分ファナティックのがカピモットより優秀なんだよな」
「ほう?」
「凶兆戦の時だ。おまえはグランガルムと戦ッてたから知らねえだろうが、瀕死のおれの手当てをマモ神がしてくれたんだよ。そん時に、マモ神にもカーチャンにも出来なかった事をファナティックは今回やってのけた」
「寿命か?」
「あァ、一度は残り4年ちょっとだった寿命を10年まで延ばして貰ッた。まあまた元通りに試練で使っちまったけどなァ」
そういえば白髪がどうのとあの時ベルが確かめていたなとケンが思い返す。
「そうか……元人間でありながら神の評議会の外部顧問を務める位だ。生半では務まるまいし、そこらの上級神より秀でているのは間違いなかろう」
「そりゃそうか。議決権は無くてもご意見番だもんな」
秀でていないなら、わざわざ外部顧問に迎える事は無いし『意見』を求める必要もないだろう。そこまで考え納得した後で、ふとケンの方を見た。
「なァ」
「何だガンさん」
「世界を担当する神によって世界の出来は変わるのか?」
「どうだろうな。影響はするだろうが、それが全てではあるまい。いつかの水槽の例えで考えれば、水槽の世話をする神にも、中に棲まう魚にも責任があろう」
「成る程……」
納得行く答えだったようで、ガンが頷く。
「前からちょっと不思議だッたんだ。輝ける完璧な世界だっけ? それと、今にも滅びそうな世界。他にも――村に居る奴らの世界だけでも結構滅びかけてんじゃん? その差は何が原因で発生するんだッつう……」
「ふぅむ、神と魚両方の世界経営が悪かったのではないか?」
「両方上手くいけば輝ける世界になると?」
「それでも100%ではあるまい。凶兆のようなイレギュラーに、ファナティックさんの“愛の試練”も発生するしな。だが両方揃えば成功率は上がると思う」
その辺りを考えれば確かに、まったく同じふたつの世界と神を用意しても結末は異なるのだろう。世界運営って面倒そうだなという表情を隠さず、ガンが目に付いた置灯篭を手に取る。少し眺めて、気に入ったのでケンに渡した。
「今は分からんが、俺が出奔するまでは俺の世界も輝いていた筈だぞ。神と魚両方、足並みを揃えた“善い”世界運営をした上で、更にイレギュラーに備え危機管理もきちんとしていた。逆に、それで漸くだ」
「おまえの世界は完璧だッたかもしれねえけど好きじゃねえんだよなァ」
「ふは、何処が好きではない?」
良し悪しではなく好き嫌いが出てきて笑ってしまった。
「おまえが全部背負い過ぎだ。たった一人消えただけで完璧じゃなくなる世界ッてどう考えてもやべえだろ。まあ千年続いたのはすげえけど」
「まあ満点ではなくなっているだろうな。とはいえ善い世界を維持できるだけの人材とモデルは残してきている。それらを活用し、及第点を取り続けてくれているのを願うばかりよ」
ケンが笑って、目に付いた達磨を手に取る。これはどうだとガンに見せると、暫く吟味した後で頷いた。お眼鏡に叶ったようなのでこれも倉庫に放り込む。あらかためぼしい物を放り込んだ後で戻る事にした。歩き出しながら、何だか愉快そうにガンが笑ってケンを見る。
「――この世界もどうなるかなァ。おれらは後数年の命だぜ?」
「わはは! 今の内に皆を鍛えておかねばな! ガンさんも手伝うのだぞ!」
「嫌だよ、おれは人を育てるタイプじゃねえ」
何となく笑い合い、ひとまずは別荘を完成させてやるかと二人で戻って行った。
* * *
その頃、ベルとジスカールは魔女の屋敷の一室で缶詰になっていた。
「ムッシュー、ひとまずこれで全部よ。書物自体の貸し出しは出来ないから、超速読魔法で紙面を記憶に焼き付けて抽出したの。だからわたくしもまだ全てを理解してはいない……!」
「流石に凄い量だね……!」
ベルが神の図書館でケンに命じられた関係の書物を探し、その全ての紙面を記憶し持ち帰り――たった今全て抽出した。その抽出方法はあくまで幻想として書物を再現するもので、足元には大きな魔法陣が広がっている。この陣の範囲内でだけ、手に取れて読む事が出来る幻の書物だ。そしてその量はとんでもなかった。二人を取り囲むように、積まれた書物の壁が出来ている。
「一冊一冊普通に読んでいたら日が暮れるな……神の眼ならいけるかな……」
「わたくしも全力で覚えるけれど、解読力でいったら神の眼の方が上だと思うわ。だからムッシュー、頑張ってね……!」
「分かった、頑張るよ……!」
そして二人は気合を入れて、大量の書物と格闘し始めた。神の言葉で書かれているから、ベルとジスカールにしか読めない仕事でもあった。恐らくジラフも読めるだろうが、ジラフの正体が明かされていない以上頼る事は出来ない。
皆に心配されたり差し入れをされたりしつつ、二人は残る数日出来る限りを殆どこの場所で過ごした。残り五日。各々の準備は進んでゆく。
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