471 チョコ作り
男子会を終えて2日。ついにカカオの乾燥が終わってチョコレート作成を開始した。魔女の屋敷の厨房にはパティシエ小人のメップメップとリョウ、通訳のガンと後はアドバイザーとしてジスカールが居る。
「モイモイモイ~! モモッモイ~!」
「えーと、まずはカカオを焙煎するらしい。豆の産地やその日の状態で温度とか時間は決めるんだと」
「ふむふむ、その辺りはメップメップさんに見極めて貰うしかないね」
金属のトレイにカカオを入れて慣らし、メップメップの感覚でじっくり低温で焙煎する。中まで完全に火を通し、カカオの風味を引き出すのが目的なのだそうだ。それが終わると手回し式の専用道具でカカオを粉砕していく。これはリョウがやらせて貰った。何度も何度も細かくなるまで熱心に砕いていく。
それを風魔法と組み合わせた分離機で豆の殻を飛ばし胚乳と分ける。その胚乳――カカオニブをミキサーで磨砕してゆくと、やっと馴染みのあるとろりとしたチョコレートめいてきた。
「こうしてみると凄い手間だな……!」
「モイモイモ~モイッ!」
「これらの工程は完成度に関わるのでとても大切だと言っている」
ペースト状になったカカオニブを精錬機に掛けながら、砂糖を加えていく。今回は村でも生産しているきび砂糖を使用した。
「これは砂糖の種類でも味や風味が変わりそうだね」
「うーん、これは奥深いぞ。個性を出すポイントが滅茶苦茶多い……!」
精錬が終わったかと思えば、今度は更にそれを濾して温度調節をしながら混ぜるのだという。大変な手間である。
「モイッモイモモッモイ~!」
「これからテンパリングを行う、だそうだ。何か温度調整で含まれてるカカオバターを分解して粒子を結晶させて融点を同じにする為どうのこうの……」
「ヒエッ、何だか難しい事言う!」
「テンパリングは聞いた事があるな。やるとやらないでは出来上がりに大分差が出る筈だよ。見かけとか口当たりとか……」
言っている内に、メップメップが見本を見せてくれた。50℃程に温め完全に溶けたチョコを更に冷まし、今度は大理石の台の上に広げて伸ばしたり集めたりと見事な手際で温度を調節していく。これはやり過ぎてもいけないし、足りなくてもいけないそうだ。ボウルで冷水と温水を使うやり方もあるらしい。常に温度を測り、何とも精密な作業だった。
「いやこれパティシエと別にショコラティエって職業が存在するの分かる……」
「元から作るとこんなに大変なんだなあ……」
感心している内に温度調整も終わり、ついに型に流し込む時がきた。今回は板チョコ始め色んな型が用意されており、様々な味の試作が出来るようになっている。一度型に流して余分なチョコを戻し、空いた空間にジャムやナッツやフルーツやクリームを入れて、またチョコで蓋をする。
中身は事前に作っていたので、ひとまず全種類をそれぞれ試してみた。後は追加でチョコレートに生クリームを加えたガナッシュや、カラメルとローストナッツを混ぜたプラリネを加えたものなど。プレーンも勿論作ったし、後はジスカール好みの洋酒入りなども試作してみる事にした。
「モイッモイッモイモ、モイモイ~!」
「後は型ごと冷蔵して固まったら完成だそうだ」
「わああ、ついに……!」
「色んな試作品が出来るから、試食が楽しみだね」
チョコが固まるのを待つ間、お茶を頂き雑談した。
「そういえばジスカールさんの弟子入りってどうなってるの?」
「今は弟子入りする前の功績作りの段階だね。これが中々難しい」
「神の図書館に入る為の功績作りッて奴だよな」
「そう。独力で魔術体系を生み出さないといけない」
「魔法じゃなくて魔術なんだな」
ジスカールの言葉にガンが瞬いた。随分初期にリョウに魔術と魔法の違いを聞いた時に、あくまでリョウの世界だがと前置かれ『準備や時間が要るけど大規模な不思議を起こせるのが魔法、その場の詠唱だとかで氷や火を出せるのが魔術』と聞いている。ガンの顔を見てリョウが悟ったのか『ああ』という顔をした。
「この場合は多分、僕の世界の分類とは少し違うかな?」
「どう違う?」
「わたしがファナティックやマダムに聞いて解釈したのは、文明技術や科学でも同じ効果を再現出来るものが魔術で、再現できない不思議が魔法という認識だね」
「あー、成る程」
「普段皆魔法って言ってるから、まあどっちでも良い感はあるんだけども」
納得してガンが頷いた。文明技術や科学といっても世界によって差はあるだろうが、シンプルに例えれば『ただ火を出してゾンビを燃やす』は魔術で『聖なる炎が物理ではなくその神聖力でゾンビを浄化する』は魔法になるという感じだろう。
「なんだッけ、遺物? を使えるようにしないといけないんだよな?」
「そう。前の世界と環境エーテルの濃度が違うせいで動かないんだ。これを調整出来るイコール独力の魔術体系という事になるのだけれど……」
「ちょっと見せて貰ってもいい?」
「どうぞ」
ジスカールが古めかしい羅針盤のような遺物を差し出してくれて、リョウとメップメップがじっと覗き込む。
「魔道具っぽさは感じるけど――僕なんかじゃちっとも分かんないなこれ……」
「モイィ……モイモイモイ! モイモィ!」
「お、メップメップが『理解しきれないが物凄く精密な魔導プログラムが組まれている』つッてるぞ」
「プログラムか。魔導――は、そのまま魔を導くという意味だろうね」
プログラムと聞いて、パソコンで考えると分かりやすいなと思った。遺物がハードウェアで、今必要とされているのはこの世界でハードウェアを動かす為のOSだ。そのOS自体を開発するのがジスカールの使命という訳だ。
「カーチャンにも見せたんだろ?」
「うん。表現は違ったけれどマダムの見立てはメップメップに近いよ。魔力を持たない人間でも起動出来る物だから、やりようではわたしでも直せるだろうと」
「……! じゃあおれでも使えるッて事か……!」
「ガンさん魔力無い太鼓判押されてるもんね……!」
「そうなるね。後わたしの場合は少しはあるようだけれど、元々わたしやガンナーの世界の人間は魔力が少ないんだよ」
同じ人間でも、神が用いた設計図が同じなだけで細かなアレンジが世界ごとに加わっているのだという。リョウ達のようなファンタジー系世界の住人は、神がそもそも魔法ありきの文明を想定しているので設計段階からある程度の魔力を持たされている。反対にガンやジスカールのような現代文明系の世界では、その辺りは重視されていないという事だった。
「成る程、そういう仕組みかァ」
「うん。わたしやガンナーの世界で魔力持ちというと、超能力者や霊能者という感じになるんだが――それは魔力の有無であって。世界的に魔術が無い訳じゃないんだ。歴史を調べると魔術や呪術は幾らでも登場する」
「あ、あるんだ! どんなの!?」
リョウが興味を持って聞いてみたが、聞かされた内容はリョウ世界の魔術や呪術と全然違った。否、やっている事自体は近い部分もあるのだが存在の認知と結果が目に見えるか否かというのが全然違う。
「本当にメジャーじゃないんだなあ。何か呪術系とお祈り系多いね?」
「古代は魔術師やシャーマンが有力者だったけれど、現代ではそういう感じじゃないからね。ひょっとしたら隠れていて知らないだけかもしれないが、炎や雷を放つ魔術師は世界的には居ないという事になっている」
「成る程なあ……」
そもそもの魔法魔術に対する素養が遺伝子レベルで低いので、リョウ達の世界のような魔法はそのまま使うのは難しいのだろう。
「流用出来そうな魔術もこの世界では無いって事だよね? それは確かに手詰まりだな……」
「いや、完全に手詰まりな訳じゃないんだ。流用出来るかは分からないけれど、一応今試してみたいヒントになるような物はあって――」
折角だから魔力持ちのリョウとメップメップにも見て貰おうかな、とジスカールが懐を漁った。
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