450 3000年ぶり
怯えながら視線を向けた先には、予想通りの人物が居た。見事な薔薇色の髪、染みひとつ無い白磁の肌。完璧な美貌と豊かな肉体を持った妙齢の美女である。それが、優雅にドレスの裾を揺らし此方に歩いて来た。
「――……お、師匠さ……ま……?」
「三千年ぶりね。お前が世界を追い出された時には笑ってしまったわ」
「ぐぬ……!」
外見だけならカイと同年代に設定しているベルの方が年上に見える。だが纏う気配や貫禄というものが圧倒的に違った。誰が見ても一目で薔薇色の髪の女の方が“格上”だと理解する、それはあまりに絶対で覆せぬものだった。にこりともせず放たれた師匠の言葉に、ベルが苦虫を噛み潰した顔をする。
「どうして此処に……」
「わたくしが神の図書館に来る事がおかしい?」
「いえ、そうではなく……」
「わたくしがお前のためにわざわざ足を運ぶなんてあり得ると思って?」
「それは天地が引っ繰り返ってもあり得ませんわね……っ!」
出会って数秒、思うのは『相変わらず嫌な女だ』という事である。ベルの顰めっ面などどこ吹く風、薔薇の魔女は弟子の姿を爪先から頭の天辺まで眺めた。
「杖を」
「……!」
師匠の要求に、ベルが袖から細い杖を取り差し出す。受け取った薔薇の魔女は杖をじっと見つめてからすぐに返した。杖にはこれまで培った魔法の研鑽が刻まれており、それを確認されたのだ。嘗て彼女と一緒に居る時には何度も発生した、実に居心地の悪い“試験”である。
「本当にお前はわたくしの期待を越えないわね」
「別に裏切りもしていないでしょうが、このクソ女……ッ!」
「前にも言ったけれど、わたくしお前の暴言を数えていてよ」
「嫌だお師匠様ったら! 今のは言葉の綾ですわ……!」
必死で取繕うと、興味無さげに薔薇の魔女が視線を外した。ベルなどまるで居ないかのように棚を見渡し自身の探し物をしている。早く消えないかなと思ったが、それとは別に強烈な安堵が胸を支配した。今の遣り取りで十分感じは悪いが、薔薇の魔女はこれが平常で何なら『機嫌は悪くない』方なのだ。
杖での成長確認も『期待を越えていない』だけで及第だ。期待を裏切っていればどんな折檻をされたか分からない。勿論自身の掲げた魔女としての向上心もあるが、ベルが自身の成長を怠らないのにはこの恐怖も関係していた。
「…………」
正直会いたくはなかった。会うとも思っていなかった。神の図書館という“公共”の場所で出会う確率はゼロでは無かったが、普段薔薇の魔女はこんな浅い第一層には居ない。唇を引き結び、じっと師匠の所作を眺めながら。途中で気付いた。
普段薔薇の魔女はこんな所へ来ない。なのにわざわざ自分が居る時に現れた。自分の為ではないのは分かっている、あり得ない。だが、ケンの為だとしたら――あり得る。そう思って目を瞠った。
「あの、お師匠様……」
「なに」
「お聞きしたい事が……」
「ひとつだけよ。つまらない質問なら答えもしないわ」
「……」
矢張りそうだと思った。目を瞠ったまま必死で思索する。箝口令が敷かれているから、そのものずばりを問うた所で答えは無いだろう。聞くならばファナティックが残してくれたであろうヒント程度に薄い、だが確信に迫れるような質問でなくてはならない。
「……第一層に、わたくしが求めている答えはありますか?」
「さあね」
「…………ッ」
しくじった、と思った。此処で調べる事は的外れかどうか――それだけでも知りたかったのだが。舌打ちし、視線を泳がせたがベルは諦めなかった。
「そういえば、お師匠様」
「なに」
「わたくしまた薔薇の砂糖漬けを作りましたの。わたくしが作る物が一番美味しいと仰っていたでしょう」
「…………」
杖を振り、魔女の屋敷に置いてあった薔薇の砂糖漬けの瓶を手元に招き寄せる。プレゼントのように差し出すと、薔薇の魔女が視線を向けて来た。
「それにわたくし、お師匠様が知らない進化を遂げておりますわ。この点に於いては期待を超えたと自負しておりますの」
「なに……?」
「わたくし卵が割れるようになりましてよ」
「……!」
無表情だった薔薇の魔女が僅かに目を瞠り、驚きの色を浮かべる。そんな師匠の様子に微笑み、ぎゅっと薔薇の砂糖漬けの小瓶を握らせた。
「……第一層をわたくしが調べる意味はあるとお思いですか?」
「さあね。お前の頭が案山子でないなら、ヒント位は見出せるのではなくて?」
「……そう、ありがとうございます」
それだけで十分だった。つまり此処には答えは無いがヒントならある。恭しく一礼すると、薔薇の魔女がふんと鼻を鳴らした。
「一瓶じゃ足りないわ。また百年分を用意しておきなさい」
「はい、またいつかお目に掛かれるその時までにご用意しておきますわ」
「そうして頂戴」
そのまま薔薇の魔女は踵を返して歩き出す。まるで用事は終わったとでもいうような態度に、矢張り調べ物ではなくこの為に来たのだろうという確信を深める。
「――……にしたって、もう少しヒント位くれても良いんじゃない……!?」
師匠の気配がすっかり途絶えた後で、ベルが思い切り顔を顰めた。良いように解釈すれば、此処でベルが調べればヒントを得られると太鼓判を貰ったような物ではあるが――そもそも来なくても探し続けていたのだから、いずれ独力でも辿り着いただろう。お気に入りのケンの為ならもっと気前よくしてくれても良いのでは、と思った。
「まあ逆に、あの女らしいわね。ケン様の為とはいえ、わざわざ姿を見せたのが奇跡と思っておきましょう」
溜息と共に、何となく薔薇の魔女が調べていた棚を見る。師匠の挙措を見落とすと命取りになる事が多かったので、一挙手一投足を観察する癖がついていた。確かこの本を手に取っていた――と同じく手に取り広げてみると、すぐに驚きの表情が広がった。先程の彼女の言葉を思い出す。お前の頭が案山子でないのなら、のくだりだ。
「…………礼は言わないわよ、ゲロカス女」
そこには、まさにベルが探し求めていた記述が記されていた。
* * *
ベルが村へ戻ったのは夕飯直前の事で、夕食中は『何もございません』という普通の顔をしていた。ヒントを得たとはいえ、まだ確信が持てない。皆に発表出来る段階ではないのだが、誰かの意見は聞きたかった。後でカイにでも意見を求めようかと思っていた時――ケンから招集が掛かった。
魔女の屋敷の某所、メンバーは三人。ケン、ベル、ジラフの三人である。この三人が集められたという事は、つまりそうである。
「最近は村の色恋沙汰も落ち着いていたと思ったけれど、ケン様がこうして招集するというからには何かあったのね?」
「何と! ベル嬢は気付いておらぬのか!?」
「御免なさい、最近忙しくってあまり――まあついでだし後で其方の相談もさせて貰おうかしら。けれど先に本題ね。何があったの?」
「何もないですゥ……!」
ケンが顎で示した先には顔を覆うジラフが居た。それでベルもやっと理解する。
「ジラフまさか! 進展があったというの!?」
「何も無いって言ってるじゃない! 嘘! 少しはありますゥ……!」
「そう! 村も慌ただしかったから少し寝かせてやったが俺調べでは先日ジラフさんはジスカールさんと手繋ぎ同衾し! その朝に艶々のジラフさんが『恋が女を綺麗にするってホント』と発言しておる!」
「まあ! ジラフ! ムッシューの看病をする内に恋が芽生えたの!?」
ファナティックからのヒント、薔薇の魔女との邂逅に頭を悩ませていたベルだが、久々の“ネタ”にそんな事は吹き飛んだ。テーブルに齧りつくようにケンとベルが覗き込んでくるので『イヤァァ……!』とジラフが悶えた。どれだけ村に不穏な気配が立ち込めようと、こういった事は通常運行なのである。
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