44 温泉ドリーム
「まずですね、岩塩窟と晶洞を見つけました」
「何だって……!」
早速のお披露目に、リョウが湯から立ち上がりかける。
「岩塩窟はもうそのまま、これで塩には困りません。晶洞の方は危険がありそうなので、まだきちんと探索出来てはいないのですが、水晶をガラス代わりに使えないかなと思っています」
「うおおお……!」
「水晶とガラスはどう違うのだ?」
「結晶化してるかしてないかだ。一度水晶を溶かすと、結晶を失い硬度や溶ける温度が変わる。主成分はケイ素。一度溶かして固めるともう水晶じゃなくガラス扱いになる」
「成程、白く濁っているのが結晶で、実質同じ物だと」
理解してケンが頷く。
「現状だとガラス作りは元より水晶を溶かすのも無理なのですが、寧ろ溶かさず水晶の塊をケンがカッティングしてしまえば良いのでは? と……」
「確かに……ケンさんならどんな形にでもカッティング出来るな……?」
「うむ、良いぞ! 窓だろうが食器だろうが好きに切ってやる!」
「やったー!」
「後は山岳地帯の捜索が多かったので、いい感じの山羊や羊を見つけました。これは酪農にも手が出せるのではないかと……!」
「うおおー!」
今度こそリョウが湯から立ち上がる。
「酪農ってなに?」
「牛や羊や山羊を飼育して、乳をしぼったり乳製品を作る農業の事ですよ」
「へえ」
「チーズや乳か。それは良いな!」
「ガンさんに分かりやすくいうと、更に美味しい物が増えるって事だよ!」
「おお、そりゃ良いな」
ぴんと来ていなかったガンも、嬉しそうにわくわくし始める。
「今回の探索はよき発見が多かったな。俺もな、此処に更に作りたいものがあるのだ!」
「おっ、なになに?」
「スパだ。俺は此処にスパを作るぞ!」
「スパ……!?」
「スパってなに?」
「スパとはガンさんがもっと気持ち良過ぎてふにゃふにゃになってしまうリラクゼーション施設である!」
「この世に温泉以上に気持ち良いもんがあるってのか……!?」
ガンがざわつく。酪農で立ち上がっていたリョウが湯に浸かるのと入れ替わりに、ケンがざばぁと仁王立ちになる。
「やはり王たるもの、総大理石で獅子の口から湯が出るようなでかい風呂に浸からねばなるまい! という事でまず大浴場は作る! 露天も良いが室内風呂も良い! 欲しい!」
「知ってるぞ……! お城で見た事あるお風呂だ……!」
「室内風呂があると身体を洗う時寒くなくて良いですねえ……!」
「聞くからにバカ風呂……!」
「それからサウナだ! 丁度外が寒い故、暖まった後で雪にダイブ出来る!」
「サウナ? は聞いた事ないな?」
「サウナは蒸し風呂というか、熱気や蒸気で体を温めて発汗する温浴法ですね」
「リョウが知らねえって事はこれ王侯貴族の嗜みじゃね?」
「後は岩盤浴だ! 岩塩があるというなら都合が良い、岩塩を敷き詰めた岩盤浴を作るぞ! 後は各種セラピストが居れば完璧だったが居ないものは仕方あるまい! 今の所そういう予定である!」
「もう途中からさっぱりだけどこの人ほんと人生楽しんできてるんだなっていう事は分かった……」
「サウナも岩盤浴も聞いた事はありますが、試すのは初めてです。楽しみですねえ……!」
「全ッ然分からんけど気持ち良いもんならいいや。がんばれよ」
ケンのスパの完成が待たれる事となった。
「元々やる事ァ尽きんかったが、更にやる事増えたな」
「うんうん、嬉しい悲鳴という感じ」
「酪農もだが、適した土地があれば麦や米の栽培もおこなっていきたい所だな」
「やりたいなあ……あの、五人目のお陰で蘇った辺り、向いてると思うんだよね……」
「嗚呼、あの辺りは良さそうですね」
「麦と米ってあれだ、味噌とか醤油作り? に要る奴だろ」
「そうそれ!」
此処に来る直前まで書き取りをしていたので記憶に新しい。ケンの書物にレシピが載ってた調味料だ。
「そうだな、収穫とか考えると麦とか米は早めに着手しないとな……」
「そうですね、チーズも何ヶ月も掛かりますし……」
「おお、そりゃ一大事業……」
「ふむ……所でカイさん、あのゲートの固定は出来んのか?」
「固定……というと、私が居なくても各地に出入り出来るようにという事でしょうか?」
「うむ、そうである!」
確かにカイが不在でも色んな場所を行き来出来れば作業も捗るだろう。カイが顎を押さえて思案する。
「魔王城方式を採用すれば可能と思われます」
「出たよ魔王城方式!」
「魔王城方式とは!?」
「四天王とか倒すとね、魔界とか魔王城に繋がるゲート出て来たりするんだよ……! そういうやつでしょ!?」
「ああ、それです! 流石リョウ、よくご存じで……!」
「後は城内での移動でゲートが設置されているパターンですかね」
「広いからか?」
「そうです」
「何と便利な……!」
同じく広い城に住んでいたであろうケンが羨ましがる。
「では戻ったら仕込みましょうかね。ひとまずは此処と、酪農予定地と、五人目の再生地でしょうか」
「おお、そしたらいつでも温泉入れんのか。良いなァ」
「うむうむ、頼むぞ」
ガンが余程温泉を気に入ったらしく、めちゃくちゃ嬉しそうにする。
「そうしたら、俺とガンさんはまずスパを建て、その後でツリーハウスに取り掛かるかな」
「スパが先か」
「うむ、水晶窓や木材建築の練習にもなろうしな。それに先に作ってしまえば毎日作業後に温泉で疲れを癒す事が出来る……!」
「おお、そうしよう……!」
「そしたら僕らは酪農と米麦栽培かな」
「ですね」
「うむ、人手が居る時はお互いいつでも手伝う形にしよう」
「んだな~」
温泉を楽しむ内、今後の展望も決まった。
確りと暖まると、小屋の方へ移って身体を拭いたり火に当たってのんびりする事にする。小屋の中は換気用の穴と石造りの暖炉と積んだ薪がある程度で飾り気は無いが、ケンの倉庫に入っていた絨毯が敷かれており、転がるだけでも居心地が良かった。
「おれ、気付いたことある……」
「どうしたガンさん、ふにゃふにゃではないか」
ガンが暖かな室内で毛皮に包まり、今にも寝てしまいそうな顔で絨毯の上でとろけている。
「外が寒いと、あったけえのめちゃくちゃ気持ちいい……」
「そうか、今まで暑い場所だったもんな。こういうの初めてかガンさん……!」
「そうだよ。ドーム内は温度完全管理されてっし、戦地は寒かろうがこんな風にあったまる事なんかねえもん……」
「何ですって……!? では、寒い中で食べる温かい食事の良さも知らないというのですか……!?」
「知らねえ~」
「本当に哀れな男だな! リョウさん、この哀れな男に温かい飯を作ってやってくれ!」
「作りましょう!」
物凄い勢いでリョウがカイを伴い一度村へ戻り、小一時間で用意を終えて土鍋を抱えて戻って来る。
「あっちもう夕方でびっくりしたよね――じゃなくて! 出来ました! カイさんも手伝ってくれました!」
「おお、御苦労! 起きろガンさん!」
「ヌアァ……!」
気持ちよさそうに寝ていたガンが叩き起こされ、文句を言う前によそわれた皿と匙を押し付けられる。
「これが……寒い中で食べるあったけえ飯……」
「はい! 本当はシチュー系作ってあげたかったんだけど、材料が足りないので今回は肉団子と野菜で具沢山のトマトスープです……!」
「シチューが分からんけど、これだって美味そうじゃん。頂きまァす」
ず……、まずはスープを一口。普段リョウが作ってくれるトマトベースのスープに近い味だが、肉団子が入っているせいか、いつもよりこっくりとした旨味が増している。それに味付けがシンプルな分、トマトの酸味に野菜の出汁と味わいが乗って実に美味い。何よりこの温かさが、外の寒さと相まって非常に染み渡る。
続けて野菜を齧る。芋の類だと思うが、齧るとほろっと崩れて甘みが口内に広がる。肉団子も齧る。脂か何かを練り込んであるのか、溢れる肉汁と旨味、野菜とは違うがつんとした濃い下味がこれまた美味い――とは感じるものの、そんな表現が出来る語彙は無い為、はふはふ黙々と掻き込む事となる。
「ガンさん……?」
「駄目だぞリョウさん、感想なぞ求めてみろ! またあのど下手くそな食レポが――」
「はっ、そうか……!」
「おまえら散々言いやがって……!」
食べる手を休めて顔を顰める。
「ならば出来るというのか……!」
「で、出来る……!」
「本当に……!?」
「ガンナー無理はしなくて良いのですよ……?」
「出来るッつってんだろ!」
よそった皿を全員に配りながら、カイが心配そうにする。
「そ、外が寒ィから、染み渡るし……ええと、普段の五倍美味え……!」
「シンプルにまとめてきたな……!」
「五倍!」
「染み渡りますよね……!」
「五倍で分かッだろ! そもそもリョウの飯はいつも美味えんだよ……!」
「ガンさん……!」
リョウが感動の顔をしたので合格判定となった。
今日の夕食は雪国の小屋で暖かで温かだ。四人揃って食べるのも久しぶりで、随分と話も弾んだ。
暖かさを味わいたいとガンがごねるので、今日は此方の小屋で四人揃って眠る事にした。普段は何も掛けずに竹のマットに転がっているから、絨毯と毛皮に包まれて眠るのは新鮮だ。
「…………散々言われてッけど、おれは哀れじゃねえ」
「は?」
「なんて?」
「え?」
「おまえらクッソ腹立つな……! 知らねえからこうして楽しめるんだろ。寧ろこう、お陰でより楽しめるから、哀れじゃねえんだよ……!」
寝入りばな、悔しかったのだろう――ガンが小声で力説する。
「ま、まあ……そうですね……?」
「そうかな……そうだね……?」
「まあ元から知っていても全然楽しめるがな」
「ケン嫌い」
「どうして俺だけ……!」
哀れ論争に決着は着かぬまま、久しぶりに四人揃って眠る事となった。
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