445 カカオ
ウルズスの鼻を頼りにジャングルを進んで行くと、不意にウルズスが『ここだ!』と声を上げて足早に駆けた。慌てて後を追うと、地面に近い位置で枝分かれした木の所でピョンピョン跳ねている。
『ガンナー! あったよ! これでしょー!?』
「おお、でかした! 確かに――……」
木には拳より少し大きい位の実が幾つか生っており、ケン世界産のカカオと比べても同じ形に見える。これがチョコレートになるというのはいまいち理解出来なかったが、ひとまず目当ての物で間違いないだろう。
「これだな。結構生ってんなァ。どの位要るか分からんから採れるだけ採ろう」
『そうしよう! あっちにもあるよ!』
ウルズスが言う通り、辺りに何本も同じ木が生えていた。群生地か、元は栽培場であったのかは不明だが有難い。手分けして集めると、あっという間に大量のカカオが手に入った。
「座標覚えておかねえとな。カイが栽培したがるかもしんねえし」
『そうだね! カイは農業すきだし――……あっ』
こぐまがハッとして辺りを見渡す。ガンも視線を巡らすと少し離れた位置にジャングルの緑に紛れて黄色い色が見えた。瞬き目を凝らすと何匹も居る。手足の先が黄色で顔と胸が白い、リスザルの一種だ。
「森でよく見る猿か。すげえこっち見てんな?」
『ぼくちょっとお話してくる!』
こぐまが駆けて行き、何事かを話すとすぐに戻って来た。
「つうか話せんだな。何だッて?」
『ぼくの中に因子がある動物ははなせるみたい! あのねえ……』
猿の群れが言うには、先日から見慣れない動物――恐らくウルズスと小人達だろう、がジャングルから食べられる実を沢山取って行った。また今日もウルズスとガンが来た。そしてカカオを沢山取っている。こんなに頻繁に沢山取られては、自分達の食べ物が無くなってしまうのではと心配して見に来たそうだ。
「あァ、そりゃ悪い事したな……! 先日のはメイの食欲のせいだし、今回はカカオだけだし、今後そう頻繁に大量には採らねえッつってくれ……!」
『うん! 伝える! あと来るとき集めた果物ちょっとあげてもいい?』
「おう、いいぜ」
ガンがリュックを下ろして道中見付けたフルーツを取り出し始めると、ウルズスから話を聞いたリスザル達が恐る恐る集まって来た。
「悪かッたな。今日の所はひとまずこれを食ってくれ」
『いつもジャングルを何キロも移動してたべものさがしてるんだって!』
「成る程なァ」
先日のウルズスと小人の遠征では、結構な量を森から頂戴してしまったのだろう。その御詫びも兼ねて、バナナやマンゴー、後は虫もいけるそうなのでバッタや幼虫などもおすそ分けする。ウルズスも少し迷った後、リュックからリンゴを取り出して渡していた。
「後、今後また少量は日常で採るし、此処のカカオもまた取るかもしれんッつっといてくれ。どんだけ使うか分からんからな」
『うん、それは大丈夫! ちょっとずつはおたがいさまだし、たくさんとる時は代わりの食べ物をおいてくれたらいいって!』
「おう、共同の狩り場みてえなもんだな」
獣が食べ残した内臓を小動物や虫が食べ、等ジャングルの食は循環している。そのサイクルに習って、取り過ぎず他の動物の分け前を残しておくのが良いのだろう。嬉しそうにバナナを齧るリスザルを見てガンが学んだ顔をする。ともあれリスザル達と和解も出来たし、カカオも手に入ったので村へ戻る事にした。
* * *
「モイ~!」
持ち帰ったカカオをきらきらした目で見詰め確認しているのは、ベルに紹介されたメップメップというパティシエの小人だった。一応厨房小人ではあるのだが、菓子作りがメインという事でツリーハウスの厨房ではなく魔女の屋敷の厨房に常駐していたらしい。
「モイッモイモモイモイ! モイモイモモッ! モイ~!」
「これは希少なクリオロ種ですね、よろしい大変よろしい! と言っている」
ガンの通訳付きで、魔女の屋敷の厨房にウルズスとリョウとメイとカグヤが小人の話を聞いている。
「よく分かんないけど良い種なんだね! 良かった!」
「香り豊かでほどよき酸味と甘みが強いのどうの……」
「モイモイ! モイモイ~!」
「ひとまずカカオの事を説明してくれるらしい」
通訳付きで聞いた所、この拳より少し大きい位の果実を『カカオポッド』というらしい。チョコレートに使うのは種の部分で、カカオパルプと呼ばれる果肉の部分はジュースや酒にする事も出来るらしい。説明と共に実際にメップメップが実を割って中身を見せてくれる。割った中には白っぽい果肉を纏った種? みたいなものが沢山入っていた。
「これを果肉ごと数日置いて発酵させるんだと」
「へえ、発酵させるんだ……!」
「モモモイ! モイモイ! モッモッモイィ~!」
「んん、あァ、簡単に言うとこの発酵で後でチョコの香味? になるもんが生成されるらしい」
「成る程なあ!」
小人がカカオポッドの中身を木箱に移してゆくので、指導を受けながら皆も手伝った。それからバナナの葉を被せ、数日置くらしい。今日はこれで終わりかな、と若干の肩透かしのような気持ちになったがメップメップがニコニコしながら籠に入った柑橘を運んできた。
「モイモイモイ! モモッモー!」
「カカオを発酵させている間に、オランジェット用の砂糖漬けを作っておきましょうと言っている」
「よく分かんないけど響きがおしゃれだな?」
「モイモイモイ~! モモモッモイ!」
「柑橘類の皮の砂糖漬けにチョコレートを掛けた、見目麗しい物だと言っている」
「あっ! 拙者それ知ってるでござる! めちゃくちゃおしゃれなやつ~!」
おしゃれという事しか分からなかったが、折角なので教わって作ってみる事にした。オランジェットという響きから、オレンジを使うのかなと思ったが今回はオレンジの他、グレープフルーツやレモンも使うらしい。
まずは鍋で柑橘達を煮た。沸騰したらお湯を捨て――を3回繰り返す。この時点でガンは察した。菓子作りってクソ面倒だと。
『いいにおいする~!』
「うんうん、厨房中に柑橘の匂いするなぁ!」
3回繰り返す内に厨房内が凄く良い匂いになる。よく分からないが今の工程で苦み成分が減ったりするのだそうだ。今度はそれらを輪切りにし、鍋に並べる。そこにグラニュー糖と水を入れ、落し蓋をして加熱。沸騰したら弱火でコトコト煮詰め――20分程で火を落とした。次は鍋が冷めた明日、またグラニュー糖を加えて同じ加熱をするのだそうだ。
「モイモイモイ~! モモッモッ!」
「えー……三日目まで同じ事をして、四日目五日目は砂糖は入れずに加熱だけ。シロップがトロッっとしてくるそうだ……」
「え、何日も作業が……」
「モッモッモー! モイモイモ!」
「六日目、キッチンペーパーで水気を切って乾かす。ベタつかなくなる位まで乾燥させるそうだ……やべえなこれ……」
メップメップが普段魔女の屋敷以外で働かない理由が分かった。彼は日々、こんな細やかで面倒な作業をコツコツ行い屋敷の菓子事情を支えているのだ。
「モイモイモイ!」
「お、前に作ったやつ食わせてくれるッて」
「やったー! 食べてえです!」
メップメップが棚から以前に作った分を少しお皿に乗せて出してくれた。皆で覗き込むが、確かにおしゃれで見目麗しい。艶々のシロップを纏って乾燥したオレンジの輪切りに半分チョコレートが掛かっている。金箔まで散りばめられていてまるで宝石のようだった。
「こ、これが……!」
「モイ~!」
どうぞどうぞと勧められ、皆それぞれひとつずつ齧ってみる。
「……ッッうッッッま!」
「おお、なんかよく分からんけど美味えな」
『これいいね! 果物とチョコいちどに食べれるもん! 甘いし!』
「拙者も食べた事無かったでござるが、ウマァ! こんな味でござったか!」
「~ッ! オレンジの鮮烈な香りっ! 苦みと酸味とチョコレートのビターさとのマリアージュっ! これは美味えぞ……っ!」
「モイモイ! モイ!」
メップメップが得意げに頷いた。時間を掛けてオレンジを仕込むのと、短時間で行うのでは仕上がりが全然違ってくるのだそうだ。一同感心し、明日も柑橘を煮詰めにこようと誓った。こうして、チョコレート計画はついに始動する。
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