42 帰還
翌日も二人は帰って来なかった。
その翌日も帰って来なかった。
更に翌日。
「ほんとあの二人何処行っちゃったんだろうねえ……」
「分からん。残ったのがおまえで良かったよ。飯美味えし」
「ええ、嬉しいんだけど……!」
昼食を終え、畑の世話も済ませてのんびりと午後を過ごしている。
リョウはほぼ回復し、ガンの方もまだ疲れは残るも動き回れる位にはなり、明るい内は起きてくれていた。
「つうかあの二人の組み合わせやばくね? カイなんかケンのおもちゃだろ」
「そうだね。二人旅の様子が我儘王と御付きの苦労人でしか想像できない」
「ウケる。あ、そこスペル違う」
「あっ、どこどこ?」
乾燥前の粘土板をノート代わり、ガンにケンの母国語の授業を受けている最中だ。連日の読書で、各国の名産調味料や発酵食品の作り方も載っている事が発見された。文字を覚えるまでは読み聞かせをリョウがメモする形だが、折角なら覚えた方が良いだろうと毎日少しずつ授業を始める事にしたのだ。
「ここ。並びが逆だ」
「ああ、そうか……」
木のヘラで文字を埋め、また枝で書き直す。まだ幼い子供が覚えるレベルの状態だが、続ければ自力で読み解けるようになると思う。いつかきっとその内。
「ガンさんここは――……」
「うん?」
熱心に勉強を続けていたが、何かの気配に弾かれたように顎が跳ねる。
直後に開かれるゲート。その向こうに年長二人の姿が見えた。
「あっ帰って来た!」
「おっ、おかえり」
「うむ、留守にしたな! ただいま!」
「リョウ、ガンナー、体調は大丈夫ですか……!?」
「つか寒い! 何処行ってたんだよ!」
偉そうにゲートを潜るケンの一歩後ろに従者のようにカイが付き従っている。想像通りで一瞬笑いそうになるが、それより先にゲートの向こう側から雪混じりの寒風が強烈に吹きこみ、それどころではなくなった。
「まあまあ、まあまあまあ……!」
「まあまあ二人とも……!」
「何がまあなの……!?」
「寒ィんだよ! 早くゲート閉じろや!」
よく見れば二人とも、厚着の上ケンの倉庫から出したらしい暖かそうな毛皮のマントやコートを羽織っている。留守番組は熱帯ジャングル仕様の軽装なので寒いったらない。急に寒くなったのでガンがブチ切れている。
「そう怒るなガンさん! ほら……!」
「そうですよガンナー。さ、リョウもどうぞ」
「だから何なの……!?」
「さっさと言えや!」
にこにことケンとカイが羽織っていた毛皮やコートを脱いで留守番組に被せてきた。ゲートは閉じられない。
「ガンさん、雪が見たいだろう! 見せてやるから来い!」
「ああ!? …………ッッち」
ブチ切れ続行しそうだったガンが、雪と聞こえて舌打ちしながらケンについて行く。
「ガンさんちょッッろ!」
「リョウも行きましょう。説明は後でちゃんとしますから。良い事がありますよ」
にこにこしたままのカイに促され、リョウも困惑しながら二人の後をついていった。
* * *
ゲートを潜った先は一面の銀世界。
遠い場所なのだろう、今まで居た場所はまだ午後だったのに、潜った先は夜明けの薄暗さだった。分厚い雪雲からしんしんと雪が降り、雲間からは蜂蜜色の朝日が零れて淡く辺りを照らしている。
「…………これが雪か。冷てえ」
踏んだ足元がしゃくりと冷たい感触で潰れた。ガンが目を瞠りながら寒そうに毛皮の前を掻き合わせる。最初は広大な熱帯雨林、次に海、そして雪。月面のような滅んだ地球しか知らないから、全部あまりに違って不思議で仕方がない。
「わ、ほんとに雪だ。久しぶりだな……! ていうかさっむ……!」
「二人とも、此方です」
リョウも珍しげに辺りを見渡したが、同じく寒そうにしている。最後に踏み入ったカイがゲートを閉じ、先導するよう歩き出した。ケンはとっくに楽しそうに雪を散らして駆け出している。
「ガンさん真似してみろ! こうだ!」
「ああ?」
バッと大の字でケンが仰向けで雪に転がった。
先日の海のよう、遊び方指南だと思ってガンも同じく転がってみる。
「……くッそ寒いんだが!」
「雪だからな! だが景色は抜群である!」
「おお……」
仰いだ視界。夜明けの藍色を纏った雲空から真っ白な雪が落ちてくる。幻想的で、不安と高揚が混ざるようなむずむずと変な心地だ。
「地面なのに空から落ちてるみてえだな。おもしれ――ッぶしゅ!」
「嗚呼、ほら……! 冷えますから遊ぶのは後にしましょう!」
「むう、仕方あるまい。ガンさん、また後で色んな遊びを教えてやる!」
ガンが盛大にくしゃみをしたので、ひとまず目的地へ急ぐ事にする。
雪を踏み、少し歩くと火薬や卵が腐ったような臭いがし始めた。それに足元の雪量も減り、ところどころまだらに土が剥き出す様子が目につく。
「はっ……! これはまさか……!」
「その通りだリョウさん!」
「ええ、“良い事”でしょう」
「……?」
悟って明らかにリョウのテンションが上がる。ガンは首を捻りつつも大人しくついてくる。更に少し歩くと、立ちのぼる蒸気が幾つも見えた。
「何だ此処、火山地帯か?」
「うむ! そうである! そして!」
「はい! こちらです!」
「ワアーッ!」
バァーン! と効果音が付きそうなポーズでカイが目の前に現れた“施設”を紹介する。途端にリョウが目を輝かせて歓喜した。
なだらかな山の斜面。山頂から流れる煙のあがる川。流れの途中に石を積んで囲いが作られ、豊かな“湯溜まり”が出来上がってた。そう、温泉である。
湯溜まりの上には雪避けの屋根が設置されており、川岸には簡易だが丸太を組んだ小屋まで建っている。小屋の屋根に生える煙突からは煙が出ており、中で火が焚かれている事も分かった。
「ガンさん! 温泉だ! すごいや温泉だよ!」
「温泉……は分かるけど、それがどうした?」
「絶対分かってないでしょ! 知らないパターンでしょそれ!」
「だから、火山地帯で温められた地下水が湧出する現象だろ? 見んのは初めてだけど知ってるよ」
「そういうデータで覚えた知識じゃない! それは知らないと一緒なんだよガンさん! もう入れば分かるよ! 分かるから入って!」
「ええ……」
リョウが見本を見せるよう異常なテンションで、この寒空でコートを放り着衣を放り、全裸でざぶざぶと温泉とやらに浸かっていく。海ではあんなに全裸をどうこう言っていたあのリョウがだ。
「あああ……最高…………!」
「……! リョウがとけた……!」
浸かった直後、餅のようにリョウがとろけてゆく。
「何だガンさん温泉も知らんのか!」
「知ってんのに知らねえらしい」
「これは自然のお風呂なんですよ、ガンナー」
「おれシャワーか衛生ポッドしか知らんから風呂、湯舟? つうの入った事ねえかも」
「何だと! 風呂も湯舟も知らんとは哀れな男め! 疾く入れ! 入るぞ!」
「ああ!?」
哀れな男呼ばわりに苛つく間にケンも全てを脱ぎ捨て温泉に飛び込んでいった。盛大な飛沫と湯気がもうもうとあがる。
「さあさ、ガンナーもどうぞ」
「全部脱いで入ればいいのか?」
「はい、そうです」
カイがリョウとケンが脱ぎ散らかした衣服を拾いながらにっこりと頷く。不審そうな顔は隠さぬまでも、促しにガンも全てを脱ぎ捨て湯へと入っていった。
「…………!」
温かい。染み渡る。腿まで浸かると目を瞠る。上半身に当たる寒気から逃げるように肩まで浸かるとそれはもう一瞬だった。
「…………おあー……」
「ガンさんがとけた……!」
「わはは! さもありなん!」
ガンも餅のようにとろけていった。冷えた身体に皮膚から温かい湯のぬくもりが染み渡ってゆく。海とはまた違う水中での浮遊感。疲れた身体からよくないものが溶け出していくような気すらする。
「……なんだこれ……やっべえ……」
「温泉最高でしょう、そうでしょう……」
「一生このままで居たいくらい今おれ気持ちいいよ……」
「ふはは! そうだろうそうだろう! やったなカイさん!」
「ええ、良かったです」
全員の衣服を拾い終えたカイが嬉しそうに頷く。ケンもドヤ顔をしている。
「――ひょっとして、温泉を探しに行ってたの?」
「ああ、そうだ。傷は魔法や体質で塞げようと、酷い疲労は骨身に染み込み中々抜けんだろう。養生には温泉が良いのではないかとな」
「そうなんです。ケンが提案してくれて、二人で探しに出たのですよ」
「わああ、そうだったんだ。二人ともありがとう……!」
ガンはとろけて温泉に集中している。代わりにリョウが二人に感謝を伝え、改めて湯の中でのびた。
「よく見つけたね。探すの大変だったでしょう」
「行く前にガンさんに地球の立体映像を出させたからな。それをカイさんに記録させ、火山地帯と思わしき場所を集中的に探し回ったのだ」
「ええ、それでこの場所を見付けまして。丁度川と上流から湧いた源泉が交わって、温度が丁度いいのですよ。という事で、温泉探しとひとまずの拠点作りで数日掛かってしまいました。いきなり留守にしてしまい申し訳ないです」
「いやまあ僕ら爆睡してたしね……そうかあ……本当にありがとう!」
疲労を心配して貰っていた申し訳なさと嬉しさが半々。何より温泉の喜びが一番大きい。結局笑顔で礼を重ねる事となった。ガンはとろけている。
「で、ですね。温泉探索の途中でも色々見つけまして――……」
「そんな事は後で良いだろう! カイさんも入るが良い!」
「そうだよカイさんも入ろうよ! この温泉最高だよ……!」
「あっ、嗚呼、いえ私は後程……!」
「何を言う! まだ一度も入っておらんだろう!」
「あっそうなの!?」
「うむ、折角だから最初に皆で一緒に入ろうとな!」
「そうなんだ! じゃあ余計一緒に入ろうよカイさん!」
「アッアッ」
何やら渋るカイと一緒に入る気満々の二人。
――戦いのゴングが鳴った。
お読みいただきありがとうございました!
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