426 少し前の事
夕食が始まる少し前。ケンが工房の戸を叩くとファナティックが顔を出した。
「おやっ! どうされましたか神威の覇王っ!」
「滞在期間の相談と、夕食の誘いに来た! 入っても良いか!」
「相談は分かりますけど夕飯だなんてどんな風の吹き回しですっ!?」
明らか疑り深い顔になりつつも、入りたそうなので中に入れてやった。
「おお! これが貴公の工房か! 面白い!」
「色々触って壊しちゃ駄目ですよっ!」
「何だ! 薔薇の魔女のような事を言う!」
宇宙空間のような場所にプレートが浮いていて――と、皆が訪れた場所そのままだ。今は寝台がひとつだけ置かれていて、魂の入っていないメイの肉体が横たわっている。血色が良いからきちんとファナティックが管理をしてくれているのが分かり、確認して頷くとどっかと応接用のソファに座った。
「まず滞在期間だが明確には決めていなかっただろう! ひとまず皆が回復するまでは居て良いぞ!」
「まあ予後も気になりますからそこまでは居るつもりでしたけどォ……」
「後は試練組が新たに得た能力やスキルの説明やコーチなども必要ならして欲しい! それに伴い滞在を延長しても良い!」
「吾輩を便利に使おうとしてますよねェっ!?」
ケンがきょとんとした。
「当たり前だろう! 貴公のような色々出来るしかも知識のある者が訪れるなど今後あるか無いかだ! 搾り取るだけ搾り取るぞ!」
「最初は皆のストレスが凄そうだから早々に帰れと言った癖にィっ!」
「うむ! 少なくとも俺は評価を改めた! 今の所貴公は有用な事しかしておらぬ! 割と良い奴ではないかと思っておるぞ! 俺はな!」
「大変『俺は』を強調されてますけどアナタにだけでも吾輩の愛が伝わって何よりですよォ……っ!」
評価を改めて貰ったのに、何故かファナティックの表情は渋い。
「何だその顔は!」
「いや、嬉しい、一応愛する英雄達と触れ合える期間が延びるのは嬉しいんですけどォ……明らかに情報絞り出そうとしてますよねェっ!? 言えない事はどれだけ工作しようと言えませんよォっ!?」
「わはは! 言えないものは仕方あるまい! だが言っても良い事なら是非話していってくれ!」
「正直で宜しいっ! クゥ……そうか、そう来ましたか……!」
ファナティックが腕を組み、渋いというより迷うような難しい顔をしている。
「何だ?」
「我が親愛なるジスカール教授には話した事なんですがァ、吾輩こうして現地で皆様と触れ合っておりますとォ、少々感情が引っ張られるというかァ、ほだされるというかァ……感情に踊らされがちになりましてェ……」
「ほう、薔薇の魔女とは違うのだな。だが人間味があって良いではないか?」
「紅薔薇は生まれついての魔女ですし性格最悪ですからねェっ! 一緒にしないで頂きたいっ! 吾輩の方が優しいのですよっ!」
一緒にされるのは心外とばかりに舌打ちされた。
「マア、マママママ……良いかァ……此処でちょっと善人アクションしてしまっても、世界を離れた後の吾輩の行いはアナタがたでは知覚出来ませんしねェ……」
「知覚されると何か拙いのか?」
「吾輩今はその世界に合わせた擬態ではなく“素”でおりますでショう? 此処に来た当初は好感度マイナスだったので一切気にしておりませんでしたがっ! 愛する英雄達からの好感度が上がった後にまた下がるというのは流石の吾輩もちょっと嫌なのでェ~っ!」
「意外と繊細だな!? 確かに薔薇の魔女とは違うな!?」
ケンが驚き目を丸くした。
「アナタだって非情な判断を下した後にそれを愛しい相手に知られて嫌われてショックを受けた事位あるのではないですかァっ!?」
「……! あーあーあー! あった! 確かにあった! アレか! そうかアレか! アレは確かに平気とはいえちょっと嫌だな!?」
「でショお~!? なので吾輩アナタがたとの接触は控えめにしつつもコッソリ覗き見して今回の滞在をエンジョイする気でいましたのに……っ!」
それをケンが情報目当てでほだそうと急に友好的に誘って来るから……と、まるで責めるような目で見て来る。するとケンが顎を擦って唸った。
「うぅむ……そうだな。だが、逆に貴公という存在を知って貰う時間ともいえるのではないか?」
「その心はァ……!?」
「俺の場合だがな? 相当昔に――戦を始めた頃の話だな。俺の事を慕ってよく纏わりついて来る少女が居たのだ」
「ええ……」
当時小国の王であったケンは、国民と距離が近く麦の収穫なども手伝っていたのでよく少女とも話した。遠くで始まった戦火が取り囲むように近付いて来ている時でもあり、その時には戦争が何なのか分からないなりに怯える少女を『絶対俺が守ってやる』と安心させてやっている。ケンにとってはよく見知った可愛らしい守るべき存在だったのだ。
そして時は過ぎ、ついにケンの国にも戦火の手が届いた。地平線を埋め尽くすような大軍に囲まれ、降伏を呼びかけられたその時少女は『王さま、あいつらやっつけて』と泣きながら願った。勿論ケンはそれに応えたのだが。
「約束通り追い払った後の俺を見た少女はな、化け物を見る目で怯えて逃げたのだ。仕方が無いとはいえ、まあちょっと傷ついた……!」
「アア~! 戦争を知らなかった少女が実際を見、更には戦うアナタまで見てしまったら怯えるに決まってますものねェっ!」
大変納得したが、問いの答えにはなっていない。
「だがその数年後に少女は俺を受け入れてくれたのだぞ」
「ほォう……!?」
「成長して戦争や世界の事情、大義を理解した少女は自ら俺の元に来てくれた。あの時は逃げてごめんなさい、傷ついたでしょうと言ってな。それが最初の妻よ」
「つまり、滞在中の時間で、吾輩の行いが大義である事を理解して貰えと仰っているので……? 難しいと思いますけどねェ……」
ファナティックが嘆息した。元は人間とはいえ、今や高次元で地に足の付いた人間とは全然違う視点で生きている自分の大義と価値観は決して理解されないと思っているかのようだった。
「全員は無理かもしれぬが、少なくとも俺とは友になれるのではないか?」
「アーッ! どうせ吾輩に友達が居ないと思っているのでショう!?」
「安心せよ! 薔薇の魔女も居なかったぞ!」
「ですからあの女は単純に性格が最悪なんですって……!」
「俺は薔薇の魔女とも友になれる位、色々気にしないし大らかだ。貴公が世界に干渉するのを理解までは出来ずとも、責めも否定もすまい。自身の身に起きれば俺は面白がれるしな。どうだ? 貴公の友にも向いているだろう?」
ケンが何だか面白そうにファナティックを見ている。ファナティックが吟味するように眉間を寄せて見返した。
「……まあ、アナタは確かに。けどもう数年したら死ぬ御予定でショうが」
「うむ、そうだぞ! だがそれがどうした?」
ケンが笑った。それをじっと見詰め――やがてファナティックも小さく笑った。
「いいでショう。友を得て、散り様を見守るのもまた一興。紅薔薇に嫉妬されないかだけが心配ですけどねェっ!」
「わはは! あれは意外と嫉妬深いからな! だがもう既に大分嫌われているようだし、今更もっと嫌われても痛くも痒くも無かろう!」
「ンフーッ! それもそうでしたァっ!」
二人で手を叩いて笑い、ケンが握手の手を差し出すとファナティックも応えて握り返す。ただの口約束。魔法の力など働かない握手だが、今確かに両者の間に友情が成立した。今ファナティックに起きている感情の“踊り”など一過性。再び高次元に戻り、高みから見下ろすようになれば仕舞われ冷めるものだ。だがこの約束だけは維持されるだろう。
「友人に誘われてしまっては仕方アリませんっ! ディナー御一緒しますよォっ!」
「うむ! 大量に作ったからな! 貴公も食べるのを手伝うが良い!」
そうして和やかに工房の戸を潜り、二人は広場へと出て行った。
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