410 観戦
拙いと思った瞬間に再び精神を繋げていた。前にガブリエラがそうしたように、自分もありったけをウルズスに流し込む。嘗ての自分のよう苦痛を伴うかもしれないが、彼の精神崩壊を止めるにはそれしか無かったのだ。
腕の中でびくんとこぐまが跳ねる。ファナティックに造られたからか、それとも普段から念話を使っていて耐性があるのか、苦痛は無さそうだが急に大人しくなった。それでも必死に繋ぎ続けた。
自分がどれだけ彼を愛しているか、大切に思っているか。こんな事は何でもないのだと、それより彼が悲しんで痛がる方がずっと辛いのだと。本当に隠さぬ全てを流し込んだ。今にも崩れそうな精神を、自分の精神で包んで抱き締めるように。
「……頼むよ、ウルズス……わたしを置いて行かないでくれ。わたしは君の為なら、どんな事だって耐えられるし、何だって出来るんだ……」
『………………』
こぐまは答えないが、きつく目を閉じぎゅっと抱きついてきた。
「……君がガブリエラを助ける時に言ってくれた言葉を、ずっと覚えているよ。……君は弱くない。わたしが居る。君が戦う時は、わたしが戦う時だ。これからもずっと――……二人で戦いたいんだ……頼むよ……」
涙声で肩を震わせると、微かに念話が聞こえた。
『……って、……しょ……』
「……?」
『……ぼくもだって……いったでしょ』
「ウルズス……」
こぐまも震えて、返事をするのが酷く怖いように、けれど必死に勇気を出して絞り出した。
『……ぼくだって、ジスカールがいれば狂わないし、どんなくきょうだって耐えられるんだ。ジスカールがいれば、絶対だいじょうぶ……なんだから……』
「ああ、言ったね……」
『ぼくだって同じだよ……! ジスカールにまけないくらい、ぼくだってジスカールをあいしてる! たいせつで、ジスカールが悲しんで痛いほうが、ずっとつらいんだ! いっしょだよ……!』
自分が流し込んだ想いを、ウルズスが同じく想いで返してくれる。
『けど……だからさ……』
こぐまも、ガブリエラを助けた時の事を思い出した。確かにあの時自分はこう言った。『ジスカールはけがしてもしなない! 強いんだからそのくらいで泣かないよ! ふたりで戦うってきめたんだ! かくごのうえだぞ!』と。この試練に、もうジスカールの覚悟は出来ているのだ。出来ていないのは自分だけだった。
『ふたりで戦うって、きめたもんね…………ぼくも、かくごしなきゃ……』
二人で相談し、納得して短く厳しい道を選んだのだ。お互いが居れば大丈夫だと誓って。此処で泣いて自分が嫌がったら、その誓いを破る事になってしまう。ジスカールを傷付けるのも嫌だったが、彼が覚悟しているのに自分がしないのも、誓いを破るのも嫌だった。自分達は、二人で一緒に戦うのだから。
『かくご……するよ、ジスカール……ごめんね……いっぱい傷つけちゃうよ……』
「……ああ、ウルズス……! そんな事は平気さ。わたしは強いんだから……!」
『ぼくも、ぼくも……がんばるから……! なるべく早く、ぜんぶつかまえるから……! 早く、おわるようにするから……!』
「ありがとう、けれど焦ってはいけないよ。君がちゃんと試練を超えられるように、わたしが全力でサポートする」
出来ればジスカールには安全な避難所に留まっていて欲しかった。けれどそれでは声が届かないし、ウルズス一人で動物達に立ち向かれえば良いのだが――それが難しい事も自覚していた。自分一人では知識が足りないし、すぐに感情に飲まれて周囲を見失ってしまう。一人で戦い暴走してしまえば、最悪の結果を招くという確信めいた予感もあった。だから、ジスカールには傍に居て貰わないとならない。
『がんばる……がんばろう……ジスカール……』
「ああ、二人で頑張ろう……!」
漸く互いに、目を合わせて笑い合う事が出来た。暫くそうしてから、再びウルズスがキューブに手を伸ばす。ジスカールも避難所で卵を抱え始めた。二人の試練は、まだ始まったばかりだ。
* * *
「――悪趣味ね。ガンナーの時もこうして見ていたの?」
「失敬なっ! これは安全対策ですよォっ! 英雄達の可能性は計り知れませんからねっ! 想定外のイレギュラーがあれば早急に対処せねばなりませんのでっ!」
「“覗き”の事を言っているんじゃないわ。試練の内容よ」
ファナティックの工房内。宇宙空間に透明なプレートが浮かび、その上には今試練を受けている全員の肉体がベッドに寝かされている。その傍らには応接セットがあり、ファナティックとベルがお茶をしていた。空中には幾つもモニターが浮かび、全員の試練の様子が映し出されている。時間の経過がまるで違うから、基本は早回し映像なのだが操作すればスロー再生や静止も出来た。
「悪趣味ですかねェっ? 最も効率的かつ、成長も見込める試練だと思うのですがっ! それに楽に大幅レベルアップが出来ると思う方が笑止ではァっ!?」
「……まあ、楽な筈が無いのは同意よ。タツに関しては妥当だと思うわ。あの位やらないと動かないでしょうし」
「では御不満は他の組ですかっ!」
「よくも慕っている相手に、あんな残酷な真似が出来るわね」
ベルの視線は、ジスカール達のモニターを向いていた。ウルズス視点とジスカール視点、両方のモニターがあるのでどちらの様子もベルには見えている。ウルズスが励まされ、頑張って動物達を捕まえている間――ジスカールは必死で意識の接続を保ちながら、一方的に制御を失ったウルズスに“壊され”続けていた。むご過ぎてベルが目を背けた惨状を、ファナティックはうっとりと眺めていたのだ。
「つまり『人の心は無いのか?』と吾輩を責めていらっしゃるっ! 無くはないですが基本はありませんねェっ! それにあの道を選んだのは当事者の二人ですよォっ!」
「煩いわね、嫌味くらい言わせなさい。理屈では理解していても腹が立つ。わたくし達は貴方に当たるしかないんだから」
「アーハイハイハイ! そういう感じでしたらお好きなだけどうぞォっ!」
ベルとて理屈は分かっている。ただどうしても腹は立つのだ。それ程この試練は惨い。対照的に説明責任を求められているのではなく、只のやつ当たりと理解したファナティックが笑顔で茶菓子を摘まんだ。
「確かに人の心ありきで見れば無体な事はしておりますがねェっ! あれが一番早く成長する道ですよォっ! 愛し合う二人がお互いの為に死に物狂いで最高のパフォーマンスを発揮しますのでェっ!」
「既にウルズスが発狂し掛けていたじゃないの。ムッシューだってあんな目に遭い続けたら精神が持つかどうか――」
「アハァン? 発狂などしませんよ?」
ファナティックが『何を言っているんだ』という顔でベルを見る。
「我が親愛なるジスカール教授が居る限りウルズスは発狂しません。今も上手に繋ぎ止め立ち直らせたでショう? そして教授の精神は絶対に持ちます」
「断言出来るの?」
「出来ますとも。吾輩は不老不死になる前から、300年以上教授を見て来たのですよ? こういう時の彼の強さは驚異的です。本人が自分で言っていたでしょう? お仲間なのですから信じて差し上げては?」
「…………」
ふざけた口調を仕舞って語るファナティックを、ベルが片眉を上げて見返した。
「普通の人間は勿論、英雄だからといって全ての英雄が“これ”を出来る訳ではありません。例え愛する相手の為だろうと『終わりの知れない状態で半永久的にミンチになり続けろ』なんて事はね。挑んだ所で途中で発狂するのがオチですよ」
「だから『出来てしまう』彼に御執心なのね。ムッシューもお気の毒だこと」
「ンハハアッ! それは吾輩もそう思いますっ!」
ファナティックが爆笑し、ベルが呆れ果てた溜息を吐いた。
「それにしても紅薔薇の一番弟子はお優しいですねェっ!? 紅薔薇ならカウチポテトで『生ぬるいわね』位言いますのにィっ!」
「あのゲロカス女と一緒にしないでくれる!? わたくしは慈悲深いの!」
「ええ、ええ、今まさに違いを実感致しましたよォっ! お茶の御代わりは如何ですかァっ!?」
「いいえ、結構よ」
それからベルの視線が別のモニターに向いた。そこには金扉――リョウ達四人が戦っている様子が映し出されている。
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