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世界最強リサイクル ~追い出された英雄達は新世界で『普通の暮らし』を目指したい~  作者: おおいぬ喜翠
第五部 ファナティック編

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409 頑張れない

 何度も蹴られ弾かれながら、ウルズスは人間を目指した。近付いていくと人間は、他の動物と違って周囲を宥めようとしていた。が、効果は薄くウルズスと同じくもみくちゃにされているようだ。


『ジスカール! 人間ももみくちゃにされてる!』

「人間は他みたいに暴れていないんだね?」

『うん、まわりを止めようとしてるよ!』

「そういう事か。よし、まず人間と合流してそれから――」

『わ!』


 何とか人間に飛びつこうとして、馬か何か、大き目の動物へよじ登った途端に弾き飛ばされた。が、丁度人間の方向だ。


「どうした、大丈夫かい!?」

『だいじょうぶ……! けど、ぼくがぶつかったら人間が消えちゃった……!』

「消えたのか……それは……」


 ジスカールが少し考えるように黙った。


「……ウルズス、人間になれるかい? ぶつかった時に君の中に人間が入ったかもしれないよ」

『やってみる……!』


 相変わらずもみくちゃにされながら『ぬん』と変化の意志を籠める。すると視界が高くなり、人間段階になる事が出来た。


『なれたよ! ジスカール! こぐまより大きいから、もみくちゃもさっきよりましになった……!』

「良かった……! じゃあ、どれでもいいから――何か捕まえやすそうな他の動物を一匹、捕まえてみよう」

『どれでもいいんだね? やってみる!』


 その時どすんと大きな牛に体当たりをされて、人間の青年型ウルズスが地面に転がった。低まった視界に丁度ウサギが居たので、バッと手を伸ばして捕まえる。


『つかまえた! うさぎ!』


 ウサギが酷く暴れるので、転がったまま抱え込む。その間にも周囲から散々蹴飛ばされるが、絶対に離さなかった。


「そのウサギも、君の中に入る筈なんだ。捕まえただけじゃ駄目かい?」

『あばれてるだけで入ってこないよ!』

「……どうすればいいんだろうな。色々試してみてくれ」

『わかった!』


 とはいえどうすればいいんだろうと思った。触るだけじゃ駄目だ。


『ねえ! ぼくの中にはいってよ!』


 声を掛けても駄目だった。他に何があるだろうと思って、ぎゅっとウサギを捕まえたまま齧ってみる。食べたら中に入るんじゃないかと思ったのだ。だが、噛み締めてしまう前にウサギの『参りました』という気持ちが伝わって来て、がちんと空気を噛む事になった。


『……! ジスカール! うさぎが消えた! 噛もうとしたら、まいりましたってぼくの中にはいってきた!』

「……そうか、屈服させて傘下に置く形なのかな。ウサギが入った事で、何か変わった感じはあるかい?」

『えっと、えっと……いまならうさぎにもなれる気がする。けど人間よりよわいから……えっと……うさぎってなにが得意!?』


 人間のままで、増えたウサギの力を利用出来るだろうか――と思ったのだが、ウルズスにはウサギの得意が分からない。


「ウサギは耳が良くて、ジャンプ力とキック力も優れている。後は視野が広くて360度見渡せる筈だよ。嗅覚は熊の方が上だな」

『それだ!』


 教えて貰ってすぐに起き上がり、思いきり跳躍してみた。思った通り、人間の身体なのに15m位の高さまで跳べた。お陰で動物の海から抜け出せて、全景を見る事が出来る。


『ジスカール! 人間のままうさぎみたいに跳べたよ!』

「よし、じゃあ――……」

『ジスカール……?』

 

 不意にジスカールの声が途絶えた。


『ジスカール、どうしたの!? 大丈夫!?』

「………………だ、いじょうぶだよ。大丈夫だ。次は、ダチョウが居たらダチョウを探して屈服させよう。ダチョウは目が良いから、きっと役に立つよ」

『わかった、ダチョウだね!』


 一分位返事が無かったが、やがて返事があって安心する。

 

「もし居なかったら、捕まえやすい動物でいいよ。順番に、全部、君の中に入れるんだ。きっとそれが君の試練だから。出来るね?」

『うん! がんばる……!』


 その後も苦心しながら、まずダチョウを見付けて飛び掛かった。馬みたいに跨って、思い切り首を噛んだらウサギと同じようにウルズスの中へ入ってくる。その後も何匹か、ジスカールに応援されながら捕まえては屈服させ――合計10匹の動物を取り込んだ時点で、唐突に放り出されるような感覚に襲われた。



 * * *



『あれ……』


 急に居場所が変わって目を丸くする。真っ暗だ、血の匂いがする――と思って焦ったが、次の瞬間自分を抱き締めている腕に気付き、血臭の中にジスカールの匂いを感じ取って安堵した。ジスカールにぎゅっと抱き締められているから、視界だって真っ暗だったのだ。


『ジスカール……! ぼく、もどってこれたの!?』

「……ああ、ウルズス。良かった……おかえり……」


 さっきの空間で聞こえた声とは違って、掠れて酷く疲れたような声だった。血の匂いもするし、何処か怪我でもしたのだろうかと思って顔を上げようとする――が、それより早くジスカールの掌に眼窩を覆われた。


『みえないよ、どうしたの? 血のにおいがする。ジスカールだいじょうぶ?』

「先に聞いて欲しいんだ。見たら君はショックを受けると思うから。とても、大事な事なんだよ。聞いてくれるかい……?」

『……? わ、わかった……』

「ありがとう」


 こぐまを抱き締めたまま、出来る限り穏やかに優しく、ジスカールが口を開く。


「いいかい、君は悪くない。これは試練のせいなんだ。だから決して自分を責めないで欲しい。君の誓いは破られていないし、わたしは君が大好きなままだよ。それを絶対に忘れないで。いいね?」

『う、うん……わかったよ……』


 何だか凄く嫌な予感がした。それでも頷き約束すると、漸くジスカールが手を外して全てを見せてくれる。大好きな彼を見上げ、それから辺りを見渡し――こぐまは絶句した。


 辺りはまるで血の海だった。ぶちまけたような血だまりに、散らばる肉片。何かを引き摺ったような跡が幾つも見える。それにジスカール自身も血塗れで、破れた衣服はぐっしょりと赤黒く染まっていた。回復が早いお陰で今は五体満足のようだが、何が起きたかなんてすぐに分かった。此処には自分とジスカールしか居ないのだから。


『ぼくが……』


 ジスカールへ視線を戻すと、彼は優しく笑ってくれていた。


『ぼくが……やったの……? ジスカール……』

「そうだけどそうじゃない。制御を失った君の身体がやった事で、決して君の意志じゃない。これがわたしの試練なんだよ」

『うあ、うあぁ……』


 見る間にウルズスの眸が潤んで、人間で言えば号泣にあたる鳴き声がとめどなく響き渡った。


『なんで……どうして、いやだ、いやだぁ! どうして、ごめんなさい! ごめんなさいジスカール……! うああ、うわあぁぁ……!』

「謝らなくていいんだよ。大丈夫、大丈夫だからね……!」


 泣き叫ぶこぐまを思いきり抱き締めた。彼の慟哭と心痛が接続せずとも流れ込んで来る。自分が受けた物理的な痛みにも勝るとも劣らない、ウルズスの心をずたずたに切り裂くような痛みだった。ジスカールも泣きそうになって、思わずこぐまに顔を埋める。


「……大丈夫、大丈夫だから……! 試練のせいだ、仕方ないよ……!」

『やだ、こんなのやだよ! ぼくがジスカールを傷つけるなんて! もう強くなんかならなくていい! やめようよ……! やだ、やだぁ……!』

「途中では止められないよ。最後までやり遂げなくては帰れないんだ」


 試練はまだ終わっていない。新たに傍らに転がるルービックキューブが、試練の続きを示していた。恐らく数匹取り込む毎に、こうして戻ってまたパズルを解くという形が続くのだと思う。


 あの沢山の動物全てを取り込むまで、きっと自分の制御は戻らない。つまりそれは、終了するまでずっと自分がジスカールを傷付けるという事だ。たった10匹捕まえる間に自分は何回彼を“殺した”のだろう。辺りの様子を見れば分かる。さっき途中で声が途切れたのだって、自分がジスカールの頭を吹き飛ばしたに違いない。そんな事は、耐えられない。


『うわあぁぁああっ……いやだ、やだ、やだ、やだあぁ……!』

「ウルズス……!」


 泣き叫ぶこぐまを抱き締めているからよく分かる。幼いこぐまの精神が、砕けそうに罅が入るのを感じた。このままでは発狂してしまうとも。

お読み頂きありがとうございます!

次は明日更新予定です!

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