40 年長密談
翌朝、一番に目覚めたのはケンだった。
「よし! 回復した!」
傷も火傷も跡が薄っすら残る程度に治っている。明日には消えてなくなるだろう。よく寝たので体力気力共に満ちていた。
「皆の者! 朝だぞ!」
村に建てた高床式の小屋の中。最近は椰子の葉を敷き詰めた上に竹編みのマットを敷いて雑魚寝をしていた。周囲の三人は昨晩よほど疲れたのだろう、熟睡していて起きる気配が無い。
「ガンさん! 朝だぞ!」
「うるせえころすぞ……」
手近のガンを揺さぶってみた。秒で手を払われて寝言のようなむにゃついた語調で物騒な事を言われる。相当お疲れのようなので、まだ寝かしておいてやる事にした。
「リョウさん! 朝だぞ!」
「ンアアァ……あとさんじゅっぷん……」
「よかろう!」
反対側のリョウを揺さぶってみた。顔中をぎゅっとさせて断末魔のように30分の猶予を求めてきたので、仕方ない、30分後に起こす事とする。
「カイさん! 朝だぞ!」
「うう……っ、あと少し……」
「駄目だ! 年寄りは早起きをするものだろう! ほら起きろ!」
更に向こうのカイを腕を伸ばして揺さぶる。数字の3みたいな目をして猶予を求めてきたが、年寄り仲間なので容赦せず起きるまで激しく揺さぶり続ける。
「アアアァ……起きます、起きますからやめてくださいぃ……!」
「よろしい!」
カイがよろよろと起きるのを見届けてから、小屋から外に出る。普段より寝坊したからか、夜明けは過ぎて空は大分明るくなっている。
「うむ、快晴!」
「どうしてそんなに元気なんですかぁ……」
目をしょぼしょぼさせながら、よたつきカイも外に出てくる。
「回復したからに決まっている!」
「そうですかぁ……」
「ふはは、少し珍しい組み合わせだな!」
「おや、確かに……」
他の組み合わせはよくあるが、ケンとカイの組み合わせは珍しい。言われて気付き、カイも少し面白そうにする。
「リョウさんは後30分起きないらしいから、カイさんが茶を淹れてくれ」
「はいはい」
どっかとケンが当然のように座る。カイがまだ眠そうにしつつも火を起こし茶の用意をする。
「カイさんもまだ回復しきっておらんか。リョウさんも眠そうだったなあ」
「ですがまあ、守備班に外傷は無いですし、消耗が酷いだけですからね。リョウは分かりませんが、私に限れば半分以上は回復しておりますよ」
「そうか、それは結構」
湯が沸く間に土器製のティーポットに乾燥して炒った野草茶の葉を入れる。初期に比べるとあらゆるものが文化的に充実してきていた。
「リョウとガンナーは心配です。リョウが一番余波を受け止めていましたし、ずっと勇者の盾を展開していましたから。元々の魔力量の差もありますが、消耗や疲労はリョウの方がずっと多い筈です」
「ふぅむ、ガンさんは?」
「ガンナーは……」
言いかけて、湯が沸いたのでポットに注ぐ。木のトレイに茶器一式を乗せると、食卓の方までやってきた。
「一番消耗しているのはガンナーでしょうね。彼の扱う技術がどれほどの物かは分かりませんが……加護や祝福の補助が無い状態で、貴殿と比べて遜色無い破壊を行ったのです。馬鹿げた事です。特にあの花、酷ですよ」
「なんだ、俺を責めているのか?」
「えっ」
ケンが怪訝そうに瞬く。カイもそんなつもりは無かったのか、言われて気付いて同じく瞬く。
「いえ、そういうつもりでは……」
「ならただの過保護か」
「いえ、いや……」
そうなのだろうか。考えるように首を傾げ、湯飲みに茶を注いでいく。ケンに差し出すと、すぐに受け取りぐいと一口。カイも着席し、自分も湯飲みを手に取る。
「ああ、美味いな。茶はカイさんが一番かもしれん」
「それはありがとうございます」
「過保護はな、いかんぞカイさん」
「ブッフォ……!」
褒められてはにかみ、自分も口を付けた直後に言われて噴きそうになった。
「優しさなのだろうが、侮りと取られよう。リョウさんもガンさんも、まだ未熟だろうが身ひとつだろうが、あの短い生を尽くして勇者や英雄と呼ばれてきている。あれらは庇護対象ではなく、対等の者らだ」
「ゲホッ……そ……う、ですね……すみません……」
カイが口元を隠して目を伏せる。そんなつもりは無かったが、自覚が無かっただけかもしれない。酷く図星を指されたような気になって恥じ入るばかりだ。
「ははっ! 直接言った訳でも無し。そう恥じ入る事は無かろう。ただの年寄りの悪癖だ」
「……ありがとうございます」
「それに俺は持ち過ぎていて、もはや持たざる者の気持ちがさっぱり分からん。 きっとそういう優しさも必要なのだろう。俺が非情過ぎた時は教えてくれ。少しは気を付ける。少しな」
「少しを強調しますねえ……! ケンは我が子を千尋の谷に落とすタイプでしょう。……しかと、了解いたしました」
それ以上余計な事は言わず、確りと頷く。気付きをくれた上に笑い飛ばして貰ったようで、視線だけで感謝を伝える。
「で、だな。カイさん」
「はい」
内緒話をするようにケンが身を乗り出してくる。つられてカイも身を乗り出す。
「侮らぬにしろ、あの二人の回復が俺達より遅いのは事実だろう。この企みは俺達にも素晴らしいし、仲間の為にもなる良きものだと思うのだが――」
「ほう、ほう、なんでしょう……!」
寝ている二人に万が一でも聞かれぬよう、ひそひそと耳打ちする。
企みを聞いたカイはすぐさま諸手を挙げて賛成した。
* * *
「リョウさん! 体感だが30分経ったぞ! 起きるのだ!」
「んえェ……!」
「リョウ、朝ご飯だけ食べましょうね……! お疲れならまた眠っていいですから……!」
ケンの体感30分でリョウを無慈悲に引き起こす。よたよた目が開かぬまま呻くリョウをカイに預け、次はガンに取り掛かった。
「ガンさ」
「うるせえころ」
「されぬ! 運んでやるから半分寝ておれ!」
「ヌアァ……!」
手を払われる前に無理矢理担いだ。呻きながらのたのた暴れるガンを担いで食卓へと向かう。既に食卓には作り置きの料理が並べられており、食べるだけの状態だ。
強制的に起こした二人を椅子に座らせる。いや、起きていない。リョウは必死で薄目を開けているが、すぐにうとうと船を漕ぎそうになる。ガンに至っては座らされた瞬間二度寝に入っている。
「嗚呼、二人とも普段寝起きは良いのに……余程疲れているのでしょう。 可哀相になってきますよケン……!」
「仕方あるまい! 疾く済ませるぞ!」
ガタッ、それぞれ椅子を眠り組の左右に移動しそれぞれ掛ける。
「ふご」
「食わせてやるから半分寝ておれ」
ガッ、ケンがガンの顎を掴んで口を開かせる。そのまま口内に食物を押し込み、強引に咀嚼させた。
「ふが」
「リョウも噛んで飲み込むだけで良いですからね……!」
「ふぁんふぁほへ(なんだこれ)」
カイがリョウの口に食物を乗せた匙を突っ込んでいる。そうして暫く無理矢理二人に食物と水分を詰め込んだ。
「よし、これで栄養は補給できたな。リョウさんの方はもう戻してきていいぞ」
「はい!」
カイがリョウを担いでまた寝床に転がしておく。
「傷を診よ、カイさん」
「はい」
強制的な食事を終えて三度寝に入るガンをケンがぶらさげ、カイが昨日手当てした部分を確認する。
「確かに本人の申告通り、食べて寝たら治りが早いですね。ケンほど治っている訳ではありませんが、出血は止まっているし皮膚の再生も始まっています」
「ならばよし!」
それから寝床に戻す前に、ガンを揺さぶる。
「ガンさん、あれを出せ。あれだ。地球の立体映像」
「ッァ゛ア……なんだよも、ねかせろよ……!」
「いいから! なるべく大きくだせ!」
ガンが酷い顰め面で、半分眠りながら立体映像を出す。
「カイさん、記録だ……!」
「はい……!」
カイが黒い水晶のような魔道具を取り出し立体映像を記録、ケンに向けて大きく頷く。
「大丈夫です、ケン」
「よろしい!」
それからやっとガンを寝床に戻す。転がした瞬間にガンが深い四度寝に入る。
「では行くぞ、カイさん!」
「はい、ケン! あっいや」
「どうした!」
「食事の片付けと畑の世話だけよろしいでしょうか……!」
「うむ、許す!」
片付けと畑の世話を終えた後――ゲートを開いて二人は旅に出た。
* * *
小屋の中に転がされまま再び寝入り、リョウが目覚めた時にはもう夕方だった。
「うわ、滅茶苦茶寝ちゃった……!」
まだ身体は重いが大分回復したのを感じる。ふと傍らを見ると、ガンがもう絶対に起きないという強い意志を示すかのよう、壁を向き背を丸めてまだ熟睡していた。ケンとカイの姿は無い。
「なんか朝起こされて無理矢理口に食べ物詰め込まれた気がするんだけど……あれ夢だったかな……?」
小屋の外に出てひとまず火を起こす。火も消えている。辺りで二人が作業をしている気配も無い。
「あれえ……?」
不思議だ。もう一度見渡すと、食卓の上に一枚の板があった。書き置きのように、炭で文字が書かれて風で飛ばぬよう石で重石をされている。
「これケンさんの世界の字っぽいな。ガンさんなら読めるかな」
小屋に戻り、申し訳ない気もするがガンを揺さぶる。
「ガンさん、ガンさん」
「うるせえまじでぶっころすぞ」
「ひい怖い! でも読んで! 一瞬読むだけでいいからこれ読んでガンさぁん……!」
「…………………………」
板を顔の前にやると、ガンが超絶薄目を一瞬だけ開く。
「……すうじつるすにするしっかりようじょうせよ」
それだけ呟きすぐ五度寝に入る。完全な拒否姿勢で今度は耳まで塞がれた。
「……すうじつるすにするしっかりようじょうせよ。……数日留守にする、確り養生せよ?」
何度か噛み砕き。ようやく意味を理解する。
「えっ、二人ともどこ行ったの……?」
謎が解けないまま、リョウは一人の夜を迎える事になった。
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