39 リサイクル
見渡す限りの緑。
夜明けの光を浴び、美しく草原が輝いている。地平線まで続くなだらかな緑の起伏に息吹のような風が吹く。草が優しく揺れる。
もう死の土地の陰鬱も、破壊され尽くした跡地の面影も無い。ただ豊かで美しい草原が広がっていた。
「何だよこれ……」
「見ろ、ガンさん」
衛星から見て、酷い有様だった死の土地――戦闘に使ったエリアが昔を取り戻したように回復している。
示された方向、降り積もる光の雪が遠くに丘や樹木、湖まで形作っていくのが見えた。空を仰げば鳥の群れが羽ばたく。地上にも色んな生命が息づき動き始めているのを感じる。呆然としていると、遠くから声がする。
「ケンさん……っ、ガンさん……っ!」
丘の上からリョウが手を振っているのが見えた。隣にカイも居る。
ひとまず合流する事にした。
* * *
「――ッは、お互い酷い有様だな」
合流してお互いの“くたびれ”っぷりに思わず笑ってしまう。
「ガンさん大丈夫だった!? 骨とか折れてない!? 結構傷んでるけど大丈夫!?」
「全身ほどよく傷んじゃいるが、まあ生きてるし大丈夫だよ。カイがゲート出してくれたお陰で避難出来たしな」
「嗚呼、良かったですガンナー……!」
「俺の心配は?」
「あっ、ケンさんはどうせ……いや、無事だと信じてましたよ!」
「アッ……ケンも大丈夫でしたか?」
「うむ、少々傷んだが無事である!」
一応心配して貰ってケンも満足した。
「そっちもよれよれじゃねえか。ご苦労さん」
「ああ、よき仕事だったぞ。二人とも」
「えへへ……後で二人に問い詰めたい事もありますが、僕ら全力を尽くしましたよ……!」
「フ、フヒッ……頑張りました……!」
「で、だ――――」
ひとしきり無事を確かめ合った後。目の前の不思議に向き直る。
「こりゃ何だ。何が起きた」
理解出来ない顔でガンが辺りを見る。リョウも同じく見渡して、少し言葉を選ぶように顎を傾ける。
「これはね、道中カイさんとも話したんだけど……」
「ええ。まず、五人目は完全に葬られています。間違いありません」
「そうか」
「そう、なんだけどね」
悼むようにカイが目を伏せる。言葉を引き継ぐようにリョウが顔をあげた。
「この場所の再生は、五人目の生命力が使われている――と思う。五人目は消滅してる。間違いない。けど、そう感じるんだ」
ケンとガンが怪訝に瞬く。
「ケンとガンナーには分かり辛いでしょうが、恐らく魔法的なものです。五人目を構成維持していたエネルギーが、本人が死ぬ事で手を離れた。そのエネルギーを再利用、変換して土地の再生にあてたものと思われます」
「――と、僕らは推察してるんだよね」
「……ふむ」
「成程、死体で回復薬作ったみたいなそういう……」
「オゥ……」
「ガンさんもうちょっと良い例え無かった!? とはいえまあそのような感じですかね!?」
「成程! 理解した!」
理解されてしまった。
「五人目が死に際の善意で行ったという事ではないのだよな?」
「可能性が無い訳ではありませんが、限りなく低いと思います」
「どう言えばいいかな。五人目の気配は残ってるけど、意志とか心は残ってないんだ。本体である魂は何処かに行って、残された力だけが変換された感じ……?」
「天国か地獄行きかは分からんが、本体はまあ解放されたッて事か」
ならいいや、とガンが頷く。それから少し全員黙った。
「……ふぅむ、これで“解明”という事だろうかな」
「そうだね、これなら納得行くかな」
「そうですねえ……」
「んだな」
「行き場が無い僕らみたいなのを、此方の世界に送る事が善意であり建前。やり直して安らぎを得られるかは各自どうぞって感じだけど」
「その代わり、くたばる時はこの世界に再生エネルギーを提供して死ねと」
「そういう計画とシステムなのでしょうね」
「まあ、我々は普通の人間より力が有り余っているからな。ただ死ぬよりも有益で、良い再利用ではないか?」
自分達が送られてきた理由。善意と建前と神達の目的。
きっと恐らくこれで全て解明できている。少し釈然としないのは、神の思惑通りに転がされていると思うからだ。けれど不満という程でもない、変な気持ちだ。
「――まあ良いんじゃね? おれは無駄に前の世界で死ぬより今のが良いし、この世界に送って貰っただけで感謝に足る。謎が解けてすっきりしたわ」
「転がされてる感は否めないけど、まあ、そうだよね……」
「わはは! リョウさんは今まで散々神に弄ばれてきているからな!」
「ウケる」
「ウケないであげて下さい……!」
「リョウさん、こう考えるのだ」
「なになに?」
「からくりが解った今、前の世界に戻りたいなら戻してやると言われて戻るか?」
「はっ……!」
リョウが雷に打たれたような顔をする。
「戻らないね……絶対戻らない……わあ、神様ありがとう……!」
「よし解決! 腹が減った! 戻るぞ!」
「飯も食いてえけど滅茶苦茶寝てえ~」
「その前に治療ですよ二人とも……!」
わいわいしながらゲートを開き、村へと戻ってゆく。
戻る直前、振り返った景色は――命に満ち溢れて本当に美しかった。
* * *
村へと戻って来る。数時間ぶりなのに随分久しぶりな気がした。
ひとつ発見があったのは、獣をゲートで分断する前、此方にまき散らされた血液等で腐食していた地面も再生されている事だった。
「おれはいいって! 飯食ッて寝てりゃ治るから……!」
「ガンさん我儘言わないの! 火傷とか結構酷いでしょう!」
「そうですよ! 血だって止まってないじゃないですか……!」
そして早速揉めている。
戻ってまず治療をしようという事になった。リョウとカイは守備班だった事もあり、魔力体力はだいぶ枯渇しているが外傷はほぼ無い。
ケンは爆心地に居たのでそれなり傷んでいたが、最強装備と祝福効果で守られた上、回復自体が早い。出血はもう止まっていたし、リョウの回復魔術で深い火傷や打ち身もだいぶ軽減している。
ガンは見るからに酷い火傷や大きく皮膚が破れている箇所があるのだが、頑なに治療を拒んでいた。そこに治療術を持つリョウとカイが食い下がっている。
「何が嫌なんだガンさん。治療魔法だか魔術だかは便利だぞ」
「そうですよガンナー、光の治療が嫌なら闇の治療もありますから……!」
「闇の治療ってなに? 響きやべえんだけど」
「治療は治療だよガンさん、ほら、治そうよ……!」
じりじりとリョウとカイが迫って来る。逃げ場がない。その向こうではケンが呑気に着替えたり何やらやっている。
「ッだから! おれはおまえらと身体の作りが違うからさ、魔法で治るか分からんし、ナノマシンに変な反応起きたら怖えし! マジでいいんだッて……!」
「わはは、怖いのかガンさん! 可愛らしいことよ!」
「あいつクッソ腹立つ……! ほんっと腹立つ……!」
「じゃあ魔法使わないから! 魔術も使わないから! ねっ!?」
「消毒と手当てだけにしますから! ねっ!?」
結局押し切られ、魔法だか魔術だかは無しで手を打つ事になった。食卓の椅子に座らされ、消毒されたり薬草を練った軟膏を塗られて包帯を巻かれたりする。
「おれだって治りは早えのに……」
「血が止まっていないという事は、その『治りが早い』自体の元気が無いという事ではないですか……駄目ですよ」
「だから飯食って寝れば元気出るんだッて……!」
「成程、じゃあご飯沢山食べようね! ガンさん!」
「髪を結わえていた紐も無くしてしまいましたね。後で新しい物を――……」
「何なんだよもうクッソ気持ち悪い! おまえら構い過ぎだろ……!」
いつにない構われようにガンがブチ切れて食卓を強く殴る。
「アッアッ、すみません。子供らの世話をしていたので何だか一度末っ子と思ってしまうとつい……! 怪我などされてしまうと余計に……!」
「僕も同じく……!」
「きッしょ! カイは兎も角リョウはそんな変わんねえしおれの事年上だと思ってたろうが! 今すぐ改めろ!」
「努力します……」
「善処します……」
絶賛ブチ切れられつつも、包帯を巻き終えたカイがふと気付いて首を傾げる。
「ガンナー、白髪部分増えていませんか?」
「あっほんとだ」
「ああ?」
ガンが滅茶苦茶嫌そうな顔をする。片頬杖でそっぽを向いた。
「あんなのと戦ったらそりゃ増えるだろ。死刑囚が一晩で白髪になるみてえなもんだよ」
「そ、そうか……」
「意外と繊細でいらっしゃる……?」
「よし出来た! 飯にするぞ皆の者!」
そういうものだろうか、と思った所にケンの声が掛かる。
「何が出来たのケンさん?」
「ふふーん!」
ドヤ顔でケンが、新しく作った椅子を披露し、食卓に足した。
座る者が居ない“五脚”めの椅子が増える。三人とも瞬き、理解するとすぐに目元が柔く緩まった。
「墓も無ければ湿やかに弔う柄でもない。この位で丁度良いだろう」
「んだな」
「……そうだね」
「……ええ」
誰とも無く息を零すように笑う。ガンの手当てを終えると全員食卓に着き、ケンの倉庫から作り置きの料理を取り出し並べた。
「いただきまァす」
「いただきます!」
「いただきます……!」
「はいどうぞ~!」
いつものよう賑やかに食べ始め、ケンが途中でガンを見てにやつく。
「ガンさん」
「んだよ」
「俺も少しは考えているだろう?」
「そうだな。褒めねえよ」
――――食事を終えると、今夜は全員泥のように眠った。
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