393 ファザのコン
「……死ねなくなるのは困る。今の不老不死は、不便なりに死ぬ手段が用意されているのが良い所じゃないか?」
「…………」
「……?」
「……けど、永久の不老不死も良いものですよォっ! 永遠に時間がありますから探求しまくれますしィっ! それにグレードアップすればこれまでみたいに回復で一晩中苦しむ事も無いですよォ……っ!」
「………………」
「………………」
数秒見つめ合った。
「あっ、そうだ。この世界の汚染兵器破棄とか海中に散らばったマイクロプラスチックの回収とかはどうだろう?」
「時間は掛かるけどそれ自力で出来ますよねェ!? もっと自力で何とかならない事を望んだ方がいいですよォっ! 不老不死とかァっ!」
「………………」
「………………」
また数秒見つめ合った。
「ヴィクトル」
「何でショう」
「わたしが死ぬのが嫌なのか、わたしが完全な不老不死じゃないと都合が悪いのか、それとも何か企んでいるのかい……?」
「全部です」
「ええ……?」
正直で宜しいと言いたい所だが、聞き捨てならない部分がある。
「今回は悪さをしない筈では? 違反したら神の炎に焼かれるんだろう?」
「最初から悪事と決めつけるの良く無いですよォっ!」
「そうか、そうだな……じゃあ……」
ジスカールが少し考え込み、やがてファナティックを見る。
「理由を教えてくれ。耳触りの良い甘言ではなく、君がそう望む理由をちゃんと聞きたい。じゃなきゃ決められないよ」
「素直に望んでくれれば宜しいのにィ……」
「もう何も分からず、踊らされるのは嫌だからね」
「…………まあそれはそうですかァ」
ファナティックが困った顔で、何故だか『ああ』だの『うう』だの悩み始めた。
「そんなに言い辛いのかい……?」
「はい、とても……」
「その時点で物凄く不安になるんだが……?」
「ンアーッ! 仕方ないですねえェっ! じゃあこうしましょう!」
覚悟を決めたようにファナティックが虚空から一枚の石板を取り出した。工房の外壁と同じ素材に見えるから、恐らく神の素材で細かに文様が入っていた。
「これに触れながら話すと嘘を吐く事が出来ません。害はありませんから、試してみて下さい」
「……?」
怪訝に思ったが、既に神の太鼓判で悪事を働かない事は確約されている。だから素直に触れてみた。触れた状態で『自分はコーヒーが嫌いだ』と明らかな嘘を口にしようとする。
「自分はコーヒーが――」
途中で唐突に声が出なくなった。瞬き、今度は『自分はコーヒーが好きだ』と言おうとすると、何の遮りも無くするりと出た。
「……成る程、分かったよ。それで?」
「吾輩の言葉は全て怪しく聞こえるでショうから、コレで真実だと証明します。……後、アナタにお願いしたい事があります」
「何だい?」
ファナティックが手袋を脱ぎ、ぺたりと石板に触れる。
「今から偽らずに理由をお話しします。ですが、聞いた上でアナタが良しとしなければ、聞いた記憶を消させて下さい。他の記憶には絶対手出しをしません。聞いた記憶だけです。それ以外何もしませんから。それで良ければ御話します」
「どうして……? そんなに大変な理由なのか?」
「恥ずかしいので……」
「……!」
“恥ずかしい”は予想外だった。ジスカールが何度か瞬き、結局頷いた。
「分かったよ……」
「ありがとうございます……では……」
普段の調子は何処へやら、何だか萎れてファナティックが話し始める。
「吾輩本当に、人間を愛しているのです。吾輩自身が元人間だったという事もありますが、高次の存在としての愛も同時にありましてェ」
「……うん」
元は人間だったと聞いて正直驚いた。自身がそうだった事による親近感と、神に似た愛し方が同時にあるんだろうと勝手に解釈する。
「ただ全てを人間のように愛していては精神が保ちません。これは例えですが、水槽に100憶の金魚が居たとして――100憶の個体全てを認識し愛する事は難しいのです。勿論世話をするべき可愛い金魚“達”という感情はありますけどね」
「まあそれは、分かるよ」
「また、その水槽は吾輩の持ち物ではない。求めに応じて水槽の主達の許可を、意向を受けて確かに吾輩は『試練』を与えたり、はたまた自由に遊びに行ったりはしますけどね。その位距離のある愛情です」
ファナティックの手は石板に触れたままだ。
「……もう君は人間を超越してしまって、色々遠いのかな」
「否定しませんよ。だが吾輩は熱烈なサポーターでもあります」
「ああ……」
確かヴィクトルの時もスポーツ観戦や応援にのめり込んでいた。同じ舞台で試合に臨む事は無いが、間近で観戦し応援し一喜一憂し――と思えば分かる。
「ですが英雄となると話は変わります。100憶の中から個体認識し、彼が彼女が傷つき苦しみながら水槽を救おうと頑張る様を見続ける訳です。これで愛情を抱かない筈は無いでショう?」
「まあ、それはそうか……」
「全ての英雄が世界を救える訳ではありません。ですので、其処から更に生き残った英雄となるとそれはもう愛しさの極みのようなものでして……頬擦りして口中に含んで飴玉のように舐め回したい位の愛情なんですねェ……」
それはちょっと気持ち悪いなと正直に思った。
「それでもまだ、金魚は金魚なんですよ。ですが、アナタ達は違います」
「……?」
「水槽を飛び出て、金魚から室内飼いの犬猫位の存在になっています。勿論家中をうろつける訳ではなく、特定の部屋ですけどね。金魚と違って、自分達が高次の存在に飼われているという事も自覚している」
「……あ、ああ」
例えは悪いが、まあ言っている事自体は理解出来る。
「教授、これがどういう事か分かりますか……!?」
「いや全然……!?」
「直接触れて此方を知覚してくれる存在という事です。神もそうですが、吾輩は人類にとっては見えない知らない幽霊のようなモノですので」
「ああ……」
「それはもう愛情が爆発しても仕方ないですよね? アア、教授……! 吾輩自分が“幽霊”である間は我慢できるのです! 冷静でいられるのです……!」
ファナティックが苦悩の顔で首を振る。直後に石板から手は離さないものの、グイッと身を乗り出されて思わず仰け反った。
「大好きなアナタがたに――中でも我が親愛なる教授に知覚されてしまっては! 触れられるとなっては! 吾輩何とも人間らしい感情が湧き上がってしまいっ!」
「一体どういう感情なんだい……! 親愛でも恋慕でも他でも今さら何とも思わないから正直に言いなさい……!」
「教授は吾輩が人間であった頃の父に似ているのですっ!」
ジラフで慣れていて良かった――と思った直後に意外とピュアな言葉が耳を打つ。思わず顔を見ると、思い詰めたような顔をしていた。
「最早遙か遠い記憶ですが、吾輩確かに父を尊敬しておりました! 父の面影だけではありません! アナタの生徒として、助手として、クソ上官として共に過ごしっ! アナタの人柄行い全てに惚れ込んでおりましてェっ!」
「……!?」
「今の状態ではアナタが苦しむと『気の毒だ』『いたわしい』という本来感じるべきではない感情に支配されてしまうのです……っ!」
「ええっ、ヴィクトル……!」
ジスカールが思わず感動して口元を押さえた。それは全然感じて良い感情だと思うのだが、確かに普段から感じてしまうと高次存在としての業務に支障が出るのだろう。それは置いておき、元々息子のように思っていた存在からの告白にキュンとしてしまった。
「そんな風に思っていてくれたのかい……!?」
「ええ! 前の世界のアナタでしたら致命傷から一晩掛けて苦しみ再生する様子だけで丼飯三杯はいけましたのに今は……っ!」
「ずっと人間らしい感情を持っていてくれないかそれは……!」
「それだと業務に支障が出ますのでェっ! けど今は駄目なんですゥ! 何ですかその全身の傷ゥ! 吾輩がつけた傷ならまだしも何処の馬の骨とも知れない有象無象にィっ! さっさとグレードアップして消して下さいィ!」
駄々をこねる男児のような調子でファナティックが悔しがっている。
「ええ……?」
折角感動しかけたのに、何だか様子がおかしいせいで涙が早々引っ込んだ。
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