391 成績評価
「遺物が世界に公開された時、アナタはもっとも間近で詳しく、危険を知っていなければなりませんでした。なにせ『勇者』ですからね」
「…………」
「勇者の仕事は何ですか?」
「…………魔王を倒し、世界を救うこと……」
顔を覆ったまま肩が震えた。神視点の“種明かし”は人間には残酷過ぎる。
「……君らの掌の上で足掻くわたしは、さぞや滑稽だったろう。楽しかったかい」
「吾輩の性癖上楽しかったは否定しませんが、決して滑稽ではありませんでしたよ。不老不死とはいえ、あんな不完全な補助だけでよく200年以上頑張ってくれたものです。吾輩も神もアナタには本当に感謝しているのですよ」
「…………」
ジスカールが黙り込み、それから顔を上げた。憔悴しきっている。
「……確かに手助けはされていたんだろう。二代目と三代目が軍の中枢に入り込んで、わたしを監視下に置いたのは――守ってくれていたんだね?」
「気付いて下さり嬉しいですよ。アナタの不老不死を知るのはほんの一部。一般的な老齢までは『物凄く若く見える』で何とか通りましたけど、流石に100歳を超えては異常に過ぎる。遺物を発見したのはアナタが90過ぎ位でしたか」
「93歳だったかな……」
不老不死というのは人類の夢のひとつである。不完全な不老不死とはいえ、知れ渡ればその手法を探られたり研究されたりと大いに危険があった。美容技術も発達し、高齢でも若く見える芸能人が居るから『何とか100歳位まではそれで誤魔化そう』と思っていて、その先の身の振り方も考え準備をしていた。その前に遺物は発見されて、地獄の日々が始まった訳だが。
発掘チームが囚われ拷問され、ジスカール以外を残して死に絶えた後。何とか母国へ戻った彼を迎えたのは『軍の高官になっていたヴィクトルの息子』だった。二代目は『あなたのせいで父は死んだ』とジスカールを酷く責め、無理矢理『父から存在は聞いていた』という不死の秘法を聞き出し、上層部へ提供した。
「君がわたし以外の被験者を作った事で、わたしは遺跡の発掘に専念できた……」
「その通りです。当時は既に『新たな遺物を見付けた国が勝つ』みたいな空気になっていましたからね。あんな不出来な不老不死技術は他の被験者で十分、考古学の世界的権威であるアナタには遺跡を発掘させろという事になりました」
「…………」
初代であるヴィクトルは兎も角、二代目と三代目はジスカールに辛く当たった。馬車馬のように働かされたし、挫けそうになると『父を祖父を殺しておいて』と責めたて嫌でも動かした。今思うと、あれは自分が潰れてしまわない為の発破だったのだろう。そう理解してしまえるのが本当に嫌だ。
「いやはや当時は必要とはいえ辛く当たって申し訳なったですっ! ンフ!」
「言い方が軽い……!」
「アナタの遺物の“ちょろまかし”だって見逃して差し上げたでショうっ!」
「恩に着せるなよ、君の思惑通りだろう……!?」
自分は代が変わっても、確かにファナティックに助けられ支えられていた。彼が軍の地位あるポジションにつき自分を監視していたからこそ、他に先んじて多くの遺物を発掘する事が出来たし――本当に危険な物は秘密裏に手中へ収める事が出来た。二代目と三代目はジスカール博士を憎んでいる筈だから、その手回しや供与に気付く者は居なかった。ジスカール当人でさえも。
「……感謝をするべきなのかもしれないが、とてもその気になれないよ」
「ンフーッ! いいんですよォっ! 随分意地悪しちゃいましたからねェっ!」
「わたしがウルズスと出会って逃げ出した後は?」
「観測は続けましたが手出しは一切っ! 吾輩の助けの代わりにアナタは“最強の力”を得ましたからねェっ!」
「……成る程、試練か」
大体解って、深く息を吐いた。もう冷め始めたカプチーノを呷るとマグを置く。もう一度深い溜息を吐いてから顔を上げた。
「……試練の成績評価は?」
「ンーンッ! アナタが世界を去った時点では『A』でしたねっ! アナタは全ての遺物を回収し、その力で世界のウランとプルトニウムを消し去りましたっ! 地球の傷みと人類の犠牲はアリましたが最小ですし多少の文明の後退が何だというのでショう! 人類の滅亡と地球の損壊を防いだのは間違いなくアナタですっ!」
「最小だからって喜べる筈がない……!」
「マママ……! この辺り神視点評価ですので悪しからず……っ!」
悪びれぬファナティックの様子に眉を顰め、ジスカールが脱力した。
「まあ……苦しんだ甲斐はあったという事にしておくよ……」
「ちなみに此方に来て評価は『A+』に上がっておりますよっ!」
「……?」
不審そうに見ると、ニカーッとファナティックが笑っている。
「前世界にアナタが残り、諸刃の遺物を『世界の再生』に使い、尚且つ自ら人類を牽引し善き方向に進ませていれば『A+』以上だったでショう! ですがそれは流石に人間超えというか背負わせるには酷過ぎると吾輩も思いますゥっ!」
「……それは神の役目だ。わたしには背負えない」
「ええ、ええ、分かっておりますともっ! 全ての遺物を世界から消し去った時点でもうアナタは十分以上っ! ですがこの世界に来て更にっ!」
キラキラ目で身を乗り出され、ジスカールが嫌そうに顔を遠ざけた。
「諸刃であるウルズスの善き面を開花させ、更には宿らない筈の魂を短期間であの人造生命に与えた。これがどういう事かお分かりですか?」
「……?」
ウルズスのみならず、ガブリエラの事まで出てきて面食らう。
「アナタの愛は特別です。魂を生み出すというのは大変難しく稀有な生命魔法の一種です。アナタは只人でありながら、偉大な深淵の縁に立ったのですよっ!」
「……? すまない、全然さっぱり分からない……」
「ンン、いいですねえその渾身のキョトンっ! まあウルズスを大事に良い子に育てて下さりありがとうございます加点と思っておいて頂ければ良いかとっ!」
「ああ、そういう事か! それなら有難く受け取るよ……!」
親馬鹿丸出しで、工房に入ってから初めてジスカールが嬉しそうにした。
「……そうか、ウルズスに出会わせてくれた事に対してはわたしも礼を言わないとならないな。ありがとう、ヴィクトル」
「ンン……相変わらず何というお人好しの無防備……っ!」
「えっ」
「また血の傭兵王に叱られますよォっ! まあ吾輩は嬉しいですねどねェっ!」
「そんなに無防備にしているつもりは無いんだけどな……! ああ、そうだ――もうひとつあった。ヴィクトル、ちょっと」
「何でしょうっ! ……!?」
乗り出した身、両頬を不意に伸ばされた掌で包まれて流石のファナティックも『!?』する。見ると、ジスカールが優しい目で此方を見ていた。
「……色々と複雑で、正直消化しきれない気持ちもある。けれど、演技だろうと息子のように思っていた君が生きていて嬉しいよ。それも伝えておかなくてはね」
「……!」
「正直、此処に来るまでは胃に穴が開きそうだった。やっと痛みが和らいできた気がするよ。君の事ももうあまり怖くない」
ジスカールがくしゃりと笑い、ファナティックの頬を軽く引っ張って離した。すると、恐らく大変珍しいだろう事に、見る間にファナティックの顔が赤くなる。
「たっ……」
「……?」
「たらし……! この天然たらし……っ! 相変わらずですねェっ! 久々に直撃して吾輩赤面してしまいましたよォっ! それに胃が痛いのにエスプレッソを頼むんじゃありません……っ!」
「……?」
予想外の可愛らしい反応に、ジスカールが首を傾げた。喋り方は違うが、まるで当時のヴィクトルのような反応をする。彼は早くに父親を亡くしたから、自分を父のように慕ってくれていた。たまに今のように構うと、同じように照れたり恥ずかしがったりしたのを覚えている。
「…………ヴィクトル」
「何ですか……っ!」
まだ確信は無いが、これは――勝てるかもしれない。そう思った。
お読み頂きありがとうございます!
次は明日更新予定です!




