386 熊にはわからない
「ウルズスが!?」
「はいぃ、ゲロゴミドブカスクソ野郎と村の外に出かけて行ったでござるう……」
「どっ、どうして止めなかったんだい……!?」
「そ、それが、連れて行かれる風ではなくウルズス氏が先導している風でしてっ」
失神から目覚めたジスカールがウルズス達の様子を見に行くと、何故かメイがリエラの世話をしていてウルズスが居なかった。一人で工房に出かけて行ったと聞いて慌てて広場に行くが、ウルズスどころかファナティックの気配も無い。パニックに陥りかけた所で、沢山の洗濯物を取り込んだカグヤが行方を教えてくれた。
「ど、どっち! どっちに!?」
「あちら、川の方向でござる……!」
「行くわよジスカールちゃんッ!」
「せ、拙者も行くでござる……!」
今回悪さはしないと確約されているから大丈夫の筈だが、村の外でファナティックとウルズスが二人きりなど心配過ぎた。三人で慌てて後を追い、足早にジャングルを進んで行く。
「ウルズスちゃんて夕陽に照らされた川好きじゃない!? ひょっとして見せてあげようと連れて行ったのかも……!?」
「自分を作った存在を嫌っているのに!? 村では攻撃的ではなかったけど……」
「ひょ、ひょっとして人気のない所におびき出してからボコろうと……!?」
だとしたら拙い。絶対返り討ちになってしまう。三人共青褪めてウルズスお気に入りの大河のほとりに出るが、そこにこぐまの姿は無かった。
「ウルズス!?」
『あっ! ジスカールだ!』
「ウルズス……!?」
金色にすっかり染められた美しい川辺。そこにはファナティックと――大柄な青年が一人立っていた。
「はうぁっ……!?」
「え、ええっ、ウルズスちゃんなの……!?」
『そうだよ! 人間になるやり方おしえてもらったんだぁ! 見てー!』
大柄な青年――どこからどう見ても立派な人間の青年だ。身長は2m近く筋骨隆々で逞しいのだが、笑った大型犬のような人懐っこい愛嬌のある顔をしている。分かりやすく例えると、海外の男性ストリップでパンツに札を恐ろしい程捻じ込まれそうなナイスバディとチャーミングなベビーフェイスの青年だった。
そんな青年であるが、首のバンダナ以外全裸である。ウルズスが人型になったので当然当たり前のように裸バンダナである。見た瞬間、古の少女漫画風に恥じらったカグヤが指の間から凝視する形で顔を覆い、ジラフも目を丸くしてドギマギした。
「そうなんだね、ウルズス……っ!」
ジスカールだけが動いた。カグヤが抱えたままの洗濯物からケンのパンツを引っ掴み、迅速に駆け寄りウルズスの前に屈む。
「ウルズス、まずこれに足を通そう。穴があるだろう、片足ずつだよ……!」
『わかった!』
「ヴィクトル……!」
「アハン! その名で呼ばれるのは何年振りでしょうかァっ! 我が親愛なるジスカール教授ゥっ!」
「そんな事はどうでもいい! ヴィクトル! ウルズスと何があったんだ!?」
ウルズスにケンのパンツを穿かせてやりながら、厳しい語調でジスカールがファナティックを問い詰めた。ヴィクトルというのは恐らく助手時代の名だろう。先程までは少し接触しただけで失神していたが、ウルズスの事なのでそんな弱気ではいられなかった。
「ンン! 吾輩が危険な事をした時もそうして怒って下さいましたねェっ! 懐かしいですよォっ!」
「ヴィクトルッッ! 何があったかと聞いているッッ!」
「ンフ! 御安心くださいっ! なァんにも悪さはしておりませんからァっ! ウルズスの聞きたい事に答え、望みを叶えただけですともっ!」
「本当に!? どうしてこんな……! 元の姿には戻れるのか!?」
「御安心っ! 人間形態へのやり方を会得しただけなので戻りますよォっ!」
『ぼく人間の手がほしかったんだぁ~!』
パンツを穿かせて貰ったウルズスが、無邪気に人間の“おてて”を見せる。その言葉を聞いて、ジスカールが眉を下げた。
「モザイクアートの為にかい……!?」
『そう! ジスカール形態だと接着剤が毛についてふべんだったから!』
「他には? 他には何も無かったかい!?」
『ぼくをどうしてつくったのかと、ぼくのはつじょうきがいつくるか、ふつうのくまと子供ができるかもきいた!』
「…………どうして、此処に?」
彼が聞きたい事と、望み自体は納得出来るものだった。だがそれなら広場で済ませれば良い。此処にファナティックを連れて来たのはウルズスだ。
『ぼくをつくってくれたおれいだよ! ぼくこいつきらいだけど、つくってくれなかったらジスカールと会えなかったでしょ! それにジスカールの代わりにたたかえなかったもん! だからおれいで見せてあげた!』
「ンフ! とォっても素敵な御礼でしたよォ~っ!」
「そ、そうか……」
ウルズスの様子を見ると、本当に何も“悪い”事は無かったらしい。気まずそうにファナティックを見ると、ニコニコしている。
「……その、疑ってすまない」
「いいえェ! 疑われて当然ですので気にしておりませんよォっ! ですが我が親愛なるジスカール教授の方に罪悪感や申し訳ない気持ちがあって苦しいというのでしたらァっ! 和解のハグでも下さいましたらどうでしょうかァっ!?」
「ああ、ヴィクトル――……本当に悪かったよ……」
「ちょっとォ! どさくさに紛れてハグゲットしてんじゃないわよォ……ッ!」
素直に謝罪と和解のハグをするとジラフがキイィ! となった。
「ジラフ! ただのハグだから! 君とはチークキスまでしただろう!?」
「そういう問題じゃないのよォッ!」
「ンフーッ! 相変わらずおモテになります事っ!」
「はあっ、はあぁ……! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
カグヤが鼻血を垂らさんばかりにハアハアしている。あまりに酷い空気を塗り替えるように、再びジスカールがカグヤの手元からケンのシャツとズボンを引き抜いた。ウルズスにズボンを穿かせ、シャツも羽織らせてやる。
「いいかい、ウルズス。人間でいる時はこうして服を着ないといけないよ」
『わかった! けどなんで?』
「人間は獣と違って被毛が無いから傷つきやすい。保護と体温調節の目的もある」
『ぼく皮膚つよいのに? それにここ暑いくらいだよ!』
「…………暑かったら上は脱いでもいいよ。けれど最低でもパンツは穿こう」
『なんで?』
シャツのボタンを留めながら『なんで?』攻撃にジスカールが苦悩の顔をする。
「……生殖器は今の人間の文化だと、診療や混浴や交尾の時位しか人には見せないものなんだ。日常的に丸出しするのはちょっとね……」
『ぬん……』
「納得してないね!?」
『まだちょっとわかんない! だって着ないほうが動きやすいんだもん!』
「…………」
ジスカールが数秒悩む顔をした。他の三人は申し訳ないが『おもしろっ』という表情を隠さずいる。
「……いいかいウルズス。まず丸出しだとメイが恥ずかしがるし、カグヤがとんでもない事になるよ。それにパンツはあった方がいい。パンツ無しで走るとぶらぶらして邪魔だよ……?」
「とんでもない事になる自信はあるでござるぅ!」
『わかった! じゃあパンツはく!』
「うん、ありがとう。分かってくれて嬉しいよ……!」
デメリットを説明すると漸く納得してくれて、ジスカールが脱力した。
『けどこのパンツもけっこうぶらぶらしたよ?』
「それはトランクスだからね……ポジションは定まり辛いけれど通気性が良いからこの気候ならその方が――」
『ポジションってなに?』
「それは流石に帰ってから説明しようかな……!?」
ひとまず日が落ちて来たので、皆で村に戻る事にしながら。
「ンフッ! 愛しいこぐまにチンポジの説明をする日が来るなんて人生は驚きの連続ですねェっ! 我が親愛なるジスカール教授ゥっ!」
「ごめんねジスカールちゃん……! 正直面白くって……ッ!」
「拙者ニヨニヨが止まりませぬうぅ……!」
「仕方ないだろう! 誰のせいだと思っているんだ! ポジションがずれると気持ち悪いんだから説明しない訳にはいかないじゃないか……!」
憤慨しながらウルズスの手を引いて戻る。もう夜なのでリョウとジスカールの問答とご褒美は明日にする事にして、今日の所はウルズスに何があったかの詳細聞き取りと、初めての人間の身体講習を行うにした。
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