37 決戦
内包するエネルギーを吐き出すよう、獣の皮膚が煮え湯が如く沸き上がる。赤黒い熱量が火柱のように天へと伸び行き、色の乏しい砂漠があかあかと照らし出された。
その様子は遠方の守備班にもよく見え、思わず二人とも呻く。呻く位は許して欲しいと思う。一目で解ったのだ。――――“全力”が始まる、と。
長い守備作業でくたびれた身体を数秒休め、深く息を吐くと確りと顔を上げる。
「――カイさん、もう細々護るのは止めだ。ケンさんもガンさんもこのタイミングで本気を出す筈だ。真解放するよ」
「はい……」
攻撃を撃ち落とす為に握っていた勇者の剣を鞘へと戻す。空いた片手も勇者の盾へ、両手で確りと持つ。目を閉じ意識を集中すると、呼応して盾が光り始めた。
片手剣と対になる片手サイズの盾が、形を変えて大盾へと“変化”する。
「この盾は僕の『護りたい』気持ちで無限に強度が増す。きっと今なら昔よりも強いだろう。前の世界の人々を護る気持ちより強いと思うと皮肉だけれど――間違いなく強いと思う」
リョウが少し眉を下げて笑う。
「……大切だよ。今の暮らしが、あなた達が。共に生きるこの世界が」
「……そうですね、私もです」
カイも同じような顔で笑み返す。
「五人目の気持ちも手に取るように解るよ。あれは最後の一歩を間違えただけの“僕ら”だ。決して望まない事をさせてはいけない」
「ええ」
「止めて終わらせるのはケンさん達がやってくれる。僕らはただ護ろう」
「はい、リョウ」
他の三人は違うかもしれないが、リョウには咆哮を聞く度流れ込んできていた。確信だ。五人目の望みが手に取るように解る、“我がこと”のように。
輝く大盾を地に突き立て、決して体勢が崩れぬよう完全な姿勢を取る。
「今からエリア内を“外”として盾を展開する。どんな攻撃だろうと僕はエリア外に漏らさない。その分エリア内が大変な事になると思う。頼むね、カイさん」
「ええ、勿論」
カイが仕舞っていた翼を広げ、エリア中に広げていた結界も細かなゲートも全て打ち切る。どんな小さな負担だろうと無くし、此処からの全てに集中するべく。
勇者の大盾の隣に禍々しい魔王の王錫が突き立つ。
「私があなたを護りましょう。何も気にせず集中してください。後の全ては私にお任せを、リョウ」
「ありがとう、カイさん」
「大事なお友達ですからね」
笑み合うと、二人も一気に力を解き放った。
* * *
遠方の守備班の方から、清冽なオーロラのような銀光が溢れた。死の土地全周を囲むよう、天地ごと優しく包んで広がっていく。真解放か、と攻撃班の二人にも一目で解る。
「うむ、あちらも察しが良い!」
「ケン、おれはもう離脱する。兵装は残していくから細けえ攻撃はもう無視して良い。本体だけに集中しろ」
「あい分かった!」
「何秒欲しい?」
「三秒だな。其方は?」
「おれも三秒」
「心得た」
「んじゃ合わせてやるから後は好きにしな」
「おう!」
短い打ち合わせのみ。ガンの戦闘機が変形しふたつに分離する。小さい足場のみの機能を持った部分と共に早々にガンが離脱していく。此処からのぶつかり合いの近くに居ては身が持たないからだ。
代わりに先ほどよりひとまわり小さい、鋭いフォルムの――カイに言わせると『鉄の鳥』がケンの傍らに残っている。
火柱の如き熱量を纏った獣の身がたわむ。大地を震わす激震、大跳躍。
「……ああ、愉しいな」
何とも幸せそうに呟くと、空を仰いで大剣を構えた。一瞬で魔法的な輝きを伴い刃が膨張するような力場を孕む。
空の上、獣の尾が幾多に分かれて鎧のように――否、全身で一本の槍を形成するかのように獣自身を包んだ。溢れる全ての熱量を凝縮し、一気に爆発させ、解き放たれる。超質量が音速の壁を越える激音と大衝撃。“大本気”だ。
瞬きの間に迫る強大な一条の槍との激突。その余波だけでエリア中の地形がまた酷く様変わりした。それでもエリア外に零れる事は無い。強固な盾が完全に外を護っている。
「ははあ、いいぞ!」
衝突の中心では巨大な槍とケンの刃が拮抗していた。爆ぜるような力の激突が断続的に地形を抉っていく。
これまでになくちりちりと毛先が焦げる、皮膚も火傷のように薄っすらと染まっていく。大剣を握る腕には太く血管が浮き、全身の筋肉が歓喜に震えている。こんな風に振るう事は、もう何百年も無い事だ。嬉しくて愉しくてたまらない。ずっと続けていたい程に。
「――――ッ、」
だが突然その拮抗が崩れる。ケンよりも馬の方がもたず、悲鳴のような鳴き声と共に膝を折る。途端に馬ごと吹き飛ばされて、大きく地を削る跡が長く伸びた。
「ッは、…………ッははは!」
融解した地面にめり込み、痛快に笑う。痛みがある。血が出ている。肉が焦げている。なんと素晴らしい事だろう。こんな事はもう千年も無い事だ。五人目を愛しく思う程に。
「――ずっと続けていたいものだ。オルニット、大儀であった。戻っておれ」
同じく地面で踠く馬が、許され光の粒子へ還ってゆく。装備として持ち込まれている“物”だから、次回には新品で御座いますといった顔で現れるだろう。故に哀れとは思わない。
槍から獣の形に戻った五人目が、追撃のように幾多の熱量を降り注がせる。だがそれは届かない。ガンが置いていった兵装が的確に同じく熱弾で全てを撃ち落としている。パターンも癖も既に学習済だ。もう弱い攻撃は届かない。
「……どれ、」
ゆっくりと立ち上がる。ぽたりと伝った血が落ちる傍から蒸発してゆく。
「一度は俺の血を流し、地に伏せさせたこと、誇りに思うが良い。貴公の全力は確かに受け取った。リョウさん一人ではまだ倒しきれんだろう。あれはまだ若い」
快活に笑い、一歩。
「カイさんでも相当苦労をするだろう、相性が悪い。ガンさんは――……」
もう一歩、首を振る。
「間違いなく“今は”俺が最強である。故に誇れ、これは誉れぞ」
激しい花火のような弾幕の中、大剣を構える。振り上げる。
宣言通り、天まで届くような規模で大剣を中心に黄金色に輝く力場が形成され、高らかにその威光を知らしめる。覇王の為に揃えられた装備祝福全てが呼応し、いつかカイが視たステータスを遙かに凌駕した“最強”が顕現する。
獣が全身を振り絞るような咆哮をあげ、地を蹴った。
同時に空に数多の“星”が瞬き、直後に光弾の形で二十のバリアを突き破り、獣の数百の眸に違わず全て命中する。
“一秒”
強酸の血液を振りまき、なお疾駆する獣。一秒で回復した全ての眸に再び光弾が違わず全て着弾する。
“二秒”
構えたケンの力場が強烈に収束する。身を捩ろうがどう動こうが、再び回復した数百の眸は必ず全て射抜かれる。
“三秒”
エリアを包む勇者の盾の銀光が更に強く輝きを増した。
強固に、強固に、強固に。何物も通さぬ程に。
ケンが大剣を振り抜いた。
収束した“最強”が薄紙の如くバリアを破り、獣の身へ触れる。触れた先から蒸発するよう消し飛び、回復する間も無く抉れてゆく。
“一秒”
遥か上空、慎ましい電飾のような淡い光が生まれる。形作られるそれは、まるで巨大な蕾の形に見えた。
獣が大きく削れてゆく。取り巻く呪いは一瞬で蒸発し、分厚い表皮を赤黒い筋繊維を内臓を更に抉り削り消失させてゆく。
“二秒”
蕾が開いてゆく。植物の成長映像のよう、素早く滑らかに解けて巨大な花弁が空を覆っていく。
獣が小さくなっていく。核を護る血肉は失われ、再生する傍から剥かれてゆく。完全に露出した“それ”は、胎児のかたちをした脈打つ黒い宝石のようだった。
“三秒”
――――――空を覆い、完全に花が咲く。
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