378 呼んでた
あまりの事に全員が即問い詰めたり殴りかかるような事は出来なかった。何よりも驚きが勝る。魔法だろうと武術だろうと“最高峰”が揃う場で、誰もゲロゴミドブカスクソ野郎が言葉を発するまでその存在を知覚できなかったのだ。先程の『悔しいけど次元が違う』というベルの言葉を体現しているようで、警戒から動く事が出来ない。
「其方がゲロゴミドブカスクソ野郎か。何をしに来た?」
「これはこれは、紅薔薇の最高傑作! 神威の覇王! 御目通りが叶い光栄ですよォ~っ! 吾輩感激っ! 後で握手かツーショかサイン頂けますっ!?」
ケンだけが『おお?』という感じで物珍しそうに問う。ゲロゴミドブカスクソ野郎がケンに視線を合わせ、椅子から立ち上がると帽子を脱いで恭しい礼を向けた。外見年齢はリョウやガンと大差ないだろう。金の巻き毛に翡翠色の眸、19世紀のイギリス紳士のようなシルクハットにフロックコート、ステッキを携えた姿は如何にも優雅でハンサムな好青年といった感じだった。
「用向き次第でファンサは考えてやる。答えよ」
「ええ、ええ、吾輩大変耳が良いのでアリますよ。21回です」
「何がだ?」
「吾輩が声を発するまでに皆様方が『ゲロゴミドブカスクソ野郎』と仰った回数です。『ゲロゴミドブカスクソ』はカウントせず『ゲロゴミドブカスクソ野郎』だけです。唱えるならば正式に唱えて頂かなくてはっ!」
「おいこいつキッショい……!」
ガンが早々にうんざり顔をした。瞬間バッとゲロゴミドブカスクソ野郎の視線がガンへ向く。
「キッショだなんて! 愛じゃありませんかねェ“星落とし”っ! ある意味アナタは吾輩から生まれたようなものですからダディと呼んでも良いですよっ! 最近とみに健やかに育ちましたねェっ! これが子の成長感動! 吾輩嬉しいっ!」
「うわあああああ絶対呼ばねえしその名で呼ぶなだしホント気持ち悪ィもう話したくねえェ話し掛けんなァ……!」
キャッチボールが一瞬で終わりガンが俯き耳を塞いだ。物凄く鳥肌が立っている。リョウが小声で『ガンさん星落としって何……?』と聞くと同じく小声のうめき声で『英雄時代にそう呼ばれてた……』と返って来る。
「では呼ばれたから来たというのか?」
「ええ、ええ、お呼びになったでショう。吾輩をゲロゴミドブカスクソ野郎と呼ぶのは主に紅薔薇ですが、照れ屋なのであまり連呼は致しません。それが連呼! ブレーキランプを5回点滅するとア・イ・シ・テ・ルのサインと申しますでショう!? つまりゲロゴミドブカスクソ野郎を21回連呼は吾輩を呼び出す愛と言っても過言ではなァ~いっ!」
「そのサインは此処の皆様には通じぬでござるよぉ……! 古いしぃ……!」
カグヤにだけ通じたようで『ワアァ』と身悶えている。瞬間バッとゲロゴミドブカスクソ野郎の視線がカグヤへ向いた。
「アナタには通じましたね昭和生まれの腐女子っ! その自我の経過年数を考えると既に汚超腐人でショうかっ! 腐ェニックスも目前ですねおめでとうございますっ! 吾輩の事も偏執偏愛ド鬼畜ド変態攻めとして妄想や薄い本に使って良いですよっ! 大いなる愛により許可しまァすっ!」
「いやそこがですな! 拙者一度死んでおりますゆえ連続カウントして良いものかと……! 肉体は腐女子で精神は汚超腐人が正確かと思――えええ頼む前に許可くれた! 許可くれたでござるこの人ぉ……!」
他には全然分からない遣り取りをしてカグヤが驚愕する。この時点で皆理解した。口を挟めば、目を合わせてしまえば“餌食”になると。言いたい事や聞きたい事は山ほどあるが、得体が知れなさすぎるのとやっぱり何か気持ち悪いので自然と大半が俯き口を閉じた。仕方ないので引き続きケンが相手をしてやる。
「紅薔薇というのは我が薔薇の魔女の事であるな? ともあれ貴公が“物知り”なのはよく分かった。呼ばれたから来たという事もな」
「ええ、ええ、珍しくはあれど緊急招集かと思い意識のチャンネルを合わせましたら! 何と呼んでいるのは紅薔薇ではなく吾輩の愛しき英雄達ではアリませんか! 吾輩もう嬉ション手前で喜びはしゃいで庭駆け回りはせ参じた次第! アー勿論手洗いは済ませてきましたのでご心配なく! 大人ですので!」
「うむ……」
ケンが鷹揚に頷き、皆を見渡した。
「呼ばれたから来ただけのようだが、皆どうする? 何か用事はあるか?」
「…………キショいから今すぐ帰ッて欲しい……」
鳥肌を立てたままのガンが真っ先に呻いた。
「拙者殴るタイミングを見失ったでござる……」
「き、聞きたい事はあるんだけどぉ……」
「お、おらも……」
「皆ヒきまくっとるし、帰って貰った方がええんでないか? ケン殿ぉ……」
「ジスカールちゃんなんてショックで倒れたのヨ……!?」
「これタダで帰ってくれますかね……?」
皆が小声でざわざわする中、ベルが物凄く嫌そうな顔でゲロゴミドブカスクソ野郎を見た。
「こうして姿まで見せたのだもの。帰れと言われても帰らないわよね? というか、あなたの方も用事があるのよね?」
「流石紅薔薇の一番弟子! 察しが宜しい! こう見えて吾輩も中々忙しい! 幾ら愛しき英雄達でも噂話程度でこうして実体を寄越す事は無ァい! だがこうして実体ごと訪問して来たという事はァ~!?」
「面倒臭いから簡潔に喋って貰える?」
「ンフ! 紅薔薇と同じような事を仰る! まあいいでショう! つまり此処には吾輩の愛の試練を乗り越えた英雄達が居り、更に吾輩の存在を知覚した。それはもう『頑張った御褒美』をあげるしかないと! 愛の訪問なんですねェ!」
ゲロゴミドブカスクソ野郎がニカーッと顔いっぱいで笑った。
「本当にそれだけ? 折角知覚されたのだから間近で愛でたいとかかき回したいとか利用しようだとか、後でわたくし達がブチ切れるような裏や思惑は無いの?」
「愛でたいのは勿論っ! 一番の目的と言っても過言では無ァい! そして裏があっても言う筈が無ァい! ……のですが、今回は公明正大にしまショうねェ」
「こいつ公明正大の意味分かッてんのか!?」
「ンフ! まだ吾輩と話してくれるのですか星落としっ! ダディ嬉しいっ!」
「ぐあああああ!」
藪蛇をしたガンが突っ伏す傍ら、ゲロゴミドブカスクソ野郎が懐から一枚の書類を取り出した。まるで光を一枚の紙にしたようで、輝く紙面には読めない文字で何事かが記されている。
「此方を。今回の吾輩の訪問は“正式”であり、付随するどのような行動もこの世界に悪影響を与えるものではないと保証されているのですねェ~!」
「見せて頂戴」
「ドーゾ!」
ベルが受け取り、目を通す。確かに神の文字で今ゲロゴミドブカスクソ野郎が言ったように記されているし、書類からは確かな神気を感じる。それも、カピモット神より“高い”神のものだ。
「――いいわ」
「神の誓約書です。違えれば吾輩神の炎に焼かれたり焼かれなかったりという代物でしてェ! 偽物と思われるならこの世界の神に確認しても良いですよォっ!」
「いいえ、必要無い。この場に出てこないのがもう証明でしょう。ケン様」
「うむ」
書類を改めたベルの視線を受け、ケンが頷く。
「ではこの世界で具体的に何をするか述べよ」
「はい、ええ、まずは『吾輩の愛の試練を乗り越えた英雄達』に『頑張った御褒美』をあげますでショう? この対象は『我が親愛なるジスカール教授』『吾輩が作った超古代生物兵器熊』『星落とし』『勇者』『聖女』『魔王』となっておりまァす! 『昭和生まれの腐女子』は残念ニアピン世界違いっ!」
「その『我が親愛なるジスカール教授』呼びむかつくんだけどォ~!」
「昭和生まれ連呼しないで欲しいでござるなぁ!?」
ジラフがビキり、カグヤが恥ずかしそうにした。
「ンフ! 何せ我が親愛なるジスカール教授とは長い付き合いですのでェっ! 三代に渡りじっとりねっぷり御付き合いしておりますのでねェっ! 初代呼びが御嫌でしたら二代目三代目の『我が手中なるジスカール博士』呼びもありますがどちらが宜しいですかァっ!?」
「二代目三代目の方がよりむかつくから初代でいいわヨこのゲロゴミドブカスクソ野郎……ッッッ! それにもう手中じゃないからッッ!」
「ンフ! 吾輩愛頼れる利発な助手時代には我が親愛なるジスカール教授のパンツを洗った事もありますからしてェ~! では初代続行っ!」
「ンギイィ――!」
「ジラフさん! 落ち着け! ひとまず話を全て聞こう……!」
ジラフがブチ切れそうになる中、どうどうと諫めながらケンが続きを促した。
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