369 道祖伸
禊の後、切腹衣装から着替えたカグヤが改めて合流した。今後彼女が何の仕事をするのか、何が向いているかなど相談する為である。ベルが日常着として仕立てさせたのは、アオザイ風の美しいが動き易い衣装でとてもよく似合っていた。
「おお、美しいではないか!」
「くそぉ、本当黙っとったらたまらん美女なのに……!」
「デュフゥッ、お褒めに預かり恐悦至極! 拙者お洒落はとんと無知な干物女ゆえ全てベル氏のお陰にて……!」
「くそぉっ、本当喋ると残念なんじゃわ……!」
「それはタツさんも人の事言えないでしょうよ……!」
禊にて生まれ変わったカグヤにもう一切の緊張も猫被りも無かった。これまで発した事の無い笑い声を発し、タツの様子にからからと笑っている。
「解せぬ、解せぬ……! この有様がカグヤ殿の世界では平凡標準の女子じゃったと……!?」
「いや誤解めさるな! 拙者とて世間に紛れる時はもう少し擬態してござった!」
「擬態て……!」
カグヤとて生前は社会人である。出勤や外出の際にはお洒落とまではいかずとも無難な相応しい装いで化粧もし、立ち居振る舞いも気を付けていた。ただその装いは店頭のマネキン展示をそのまま購入するか、店員に『社会人として無難な服を見繕って欲しい』と頼んで入手していた訳だが。化粧も一度だけ化粧品売り場の美容部員に習った簡単なやり方を永遠に踏襲している。なおアップデートはされない。
「それに拙者のような話し方の女子も、皆無ではないにしろ少数でござるよ」
「ほう? どうしてそのような口調に?」
「元々実兄がこれに近い話し方で影響されたのと、転生先で師事した師匠のジョブが『サムライ』で口調もまさしくでござった。悪女の真逆を行くにも丁度良く、倣って今ではすっかり慣れてしまいましたな」
「おお、では兄上も武士かサムライの類か?」
「いえ、兄はただの萌え豚で」
また知らないワードが出た。『もえぶた? 燃える豚……?』と悩み始めるケンの背をガンが叩く。
「やめとけ、掘るな。実兄を豚呼ばわりしてる時点でどうせろくなもんじゃねえ」
「ハッ! それもそうか!」
「本題いくぞ本題。これからおまえにも村の仕事をして貰う訳だが、何か得意な事とかやりてえ事とかあるか? 無けりゃひとまず順に村の仕事を体験して貰ッて向いてる所を担当してくれ。何か覚えたきゃ海上都市に行きゃいいしな」
「ふぅむ、得意でござるか……」
問われカグヤが考え込んだ。ガンがケンの背を叩いただけで若干ニヤニヤしてしまいつつも考えた。
「拙者転生前は一般事務職をしておりまして、今のこの世界では役に立たんでござろうなぁ……。転生後は冒険者を生業にしておりましたが、ダンジョンや護衛任務もこの世界では無かろうし……」
「いや、ダンジョンはあるんだよ。たまにだけどな。今は無え」
「ほぉ! ともあれたまにでは仕事にはならんでござるな。なれば矢張り村の仕事を順に体験させて頂きたく! どのような仕事でも致しますれば!」
今の世界では伝票整理やデータ入力が得意だった所で意味が無い為、結局一通り体験する事になった。
「拙者授かったチートのお陰で物覚えは早い方ゆえ! 体力もありますぞ!」
「おお、そうだそうだ。一体どのような能力を授かっておるのだ?」
「はいっ! この肉体自体は元々ステータスが高いのですが、操り手が平凡な拙者である為、更に様々な強化を頂戴しておりまする!」
申告によると『経験値倍増スキル・理解力プラス・身体能力増加』等の基本的に本人の能力を底上げするチートが施されているらしい。
「一応拙者の気性を見込まれての転生なので、精神性が変わるような強化は行われておらんのです。知能が上がった訳ではないが覚えは早いという感じで……」
「成る程、どのような道にも進めるよう本人を強化したのだな」
「はい。技術は後付け、剣術などは修行で会得したでござる。とはいえ皆様を超えるような事は無いでしょう。所詮は凡人である拙者を、英雄レベルに押し上げる為のものゆえ」
例えばケンであれば最初から存在がチートであるし、ガンもまた天才である。他の皆も英雄たる素質と才能、能力を備えており、ある意味“なるべくしてなった”存在だ。カグヤのチートは平凡なモブを英雄レベルにまで届かせる為のものだった。
「“所詮”はやめよ。神から力を与えられたとしても、正しく使った其方の器量が世界を救ったのだ。胸を張り、己が行いに自覚と責任を持たねばならん」
「は、ははーっ! ケン氏の仰る通りで……! 改めまする……!」
「カグヤ、魔法方面はどうなの?」
「魔法はさっぱり! 悪女が知略魔法系だったので、拙者は脳筋ルートを選び申した。心眼など幾つか精神系スキルは習得しておりますが、武術系の派生ですな」
「成る程ね」
ベルが頷き、ひとまず数日掛けて村の仕事を順に体験していく事になった。今日は別荘建築中のケン達へ同行し、ゲートを潜って現地へ到着する。
「ほほう、これまた風光明媚! 村の周囲は密林という感じでござったが、此方は見晴らしも良いでござるなあ!」
「だろう! 恐らく前文明でもこの辺りは観光か保養地だ。もう埋めてしまったが、建物の土台が残っていてな。敷地の外には麓に繋がる舗装道路があるぞ」
「なんと……! 見てきても宜しいか!?」
「いいぞ!」
許可を得て、カグヤが板塀に囲まれた敷地を出て外を見に行く。
「おお、これはアスファルトでは!? 久しぶりに見るでござる!」
大分ひび割れ劣化しているが、それは確かにアスファルトで舗装された道路だった。うねうねと曲がりながら長く伸び、山の麓まで続いている。
「これはバスが通れそうな道幅。観光地というのも確かに頷けるでござる」
振り返った敷地は、山中なのに平らで明らか整備されたのが分かる。元は駐車場や施設があったと思えば頷ける広さだった。成る程成る程と頷き、さて戻ろうと踵を返した時だ。
「やや……」
道の端、藪に埋もれる岩のようなものが気に掛かる。風雨で少し削れてはいるが明らかに自然な形ではなく、三角屋根のように形を整えた先が見えた。何となく気になり、近寄り藪をかき分ける。
「道標でござろうか。どこの世界にもあるもので――……」
呟きながら、ぴたりと動きが止まった。藪を退かした先に現れたのは、スティック状の水晶のように長く形を整えられた石で――数度瞬き、すぐに眉間を寄せて苔生した石の表面を指で擦る。何かが刻まれているようだった。
「…………道祖伸……」
苔を剥がし、表面に彫られた溝を指で辿った。読める、読めてしまう。この世界での自動通訳は音声にしか適応されない筈なのに。混乱し動けないでいると、背後から声が掛かった。
「おい、どうした。大丈夫か?」
「ガッ、ガンナー氏……!」
振り返るとカグヤが中々戻って来ないので、様子を見に来たガンが居る。
「ガンナー氏……!」
「何だ」
「この文字読めるでござるか……?」
「あん? 読めねえけど……」
カグヤが指差す石碑? には文字っぽい溝が彫られているがガンには読めない。
「その、拙者読めてしまってですな……?」
「……?」
「道祖神と彫られておりまする。漢字という文字でして……」
「おお……!?」
そんな事は初めてなのでガンも目を丸くする。それから慌てたようにガンが空中に画面を呼び出し操作した。
「お、おい……! ちょっと待て、これはどうだ……!?」
「おお……? どれどれ……」
指された画面を覗き込むと、何種類かの文字が一行ずつ羅列されている。
「ええと……殆ど分かりませぬが、この最後の行。これは英語でござろう? 英語は不得意ゆえ翻訳までは――ですが、知っている言語でござる」
「……!」
ガンが目を丸くした。
「……最後の行以外は、ケンの世界の共通言語とおれの世界の言語数種類だ」
「ハァ成る程! それでは読める筈が無い! では最後の行は……?」
「この世界のシェルターで見つけて習得した言語だよ」
「……!」
今度はカグヤが目を丸くした。つまり自分は知らない世界の言語の内、ふたつを知っている事になる。
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