368 入信
皆が固唾を飲んで見守る中、ケンとカグヤの問答が始まった。
「俺はな。千年世界の王を務め、ありとあらゆる創作や芸術のモデルになってきておる。その中には当然、カグヤさんのような妄想創作も含まれているのだ」
「ハァ成る程! それでお詳しいので……!」
「カグヤさんの場合は妄想し、仲間と語らうだけか? 正直に答えよ」
「はぅ……! そ、それは……!」
明らかにカグヤが痛い所を突かれた顔をした。カグヤの味方である女子組も驚きハラハラした面持ちをする。
「く……! それは、明かしてしまえば余計な火種や不幸を生むだけと……! ベル氏達と秘匿を決めた事なれど……ッ、正直にお答えいたす……!」
「うむ」
「拙者妄想と考察は大得意でござるが、それを作品にする才は乏しく、発信は考察や感想のみで……基本は読み専として活動しておったのです。ですが、転生時に世界を救う対価として『妄想をそのまま出力し薄い本にする』というチート能力を頂戴しておりまする……」
女子組が『バレてしまったか……』という顔をする。男性陣はワード含め色々全然分からん顔をした。
「何じゃいその能力は……! もっと良い能力他にあったじゃろ……!?」
「何を仰る!? 全てのオタクと腐女子が夢見憧れるッ! 何と引き換えにしようと欲しい能力でござるぞ……!?」
「そ、そうなのぉ……!?」
「薄い本ってなに?」
「わはは! ガンさんは知らぬ方が良いかな! とまれ正直で宜しい!」
ケンが頷き、次の問いに移る。
「では次! 自身で妄想し作り上げたキャラクターならまだしも、現実の存在にそうした妄想を抱く事の難しさは分かっておるな?」
「はい、それはもう! 人様の創作キャラや物語も含めでござるが、実在の人物には特に注意を払っておりまする……! 尊き推しに不快な思いをさせ迷惑を掛けては本末転倒……! 今回は赤裸々披露となりましたが、本来は公序良俗を守り秘めるものにござります……!」
「ならばよし!」
うむうむとケンが頷き、大きく笑った。
「では幾つか条件を付ける。カグヤさんが了承すれば俺の許可も与えよう」
「条件! 何なりとぉ――ッッ!」
「今後訪れる新入りさんには逐一確認し許可を得るか、難しい場合は絶対に気付かせるな。気付かれ不快を抱かれた時点でその妄想は終了とする」
「それは勿論! 当然にござりますッッ! しかと承り申した……ッッ!」
至極まともで納得出来る条件だったので、男性陣も『いやあ流石ケンさんだ』という感じで頷いている。
「では次の条件!」
「はいっ!」
「――中々の慧眼である。カグヤさん、先の見立ては正しい。俺は大層ご立派で、尻を征服した事はあっても征服を許した事は無い! 俺の尻は不可侵だ! なお胸毛は臍下まで繋がり見事なギャランドゥを形成しておるぞ!」
「ホアッ!?」
「俺は常に征服する側だ! 妄想だろうと覆す事まかりならん! だがそれさえ守ればどのような妄想でも許すッ!」
「オギャアアアアアア……! ケン氏ィ――!」
カグヤが産声のような悲鳴をあげた。見た目が絶世の美女なので、段々何だか見ていられない気持ちになってくる。男性陣は駄目な方のケンが出て来たので、皆沈痛に顔を覆った。
「また俺を用いる際だが、メインはケンガンにせよ。無論他の妄想で都合の良い竿役にするのは一向に構わん。だがメインはケンガンだ。愛も忘れるな。根底に愛があればどのような行為でも許す故」
「ひゃあ……!? あ、あ、あ……っ、あなたが神か……っ!?」
「ケンガンってなに?」
「わはは! ガンさんは絶対に知らぬ方がよろしい!」
最早カグヤは打ち震え、ケンを拝まんばかりであった。今度は女子達が『流石ケン様だわ』という感じで頷いている。
「し、しかと……! しかと……ッッ! そのご要望決して違えませぬ……!」
「うむ、では最後に――カグヤさん、近う寄れ」
ケンがカグヤの肩を優しく抱き寄せ、耳元で内密に囁いた。
「――これで最後だ。俺を使用して薄い本とやらを生み出した際には見せよ」
「ヒッ! ヒイィ……! それは、それだけはご勘弁をォ……ッ!」
「ケンガンだけで良い。これは検閲ではないぞ。俺も楽しませよと言っている」
「ヒッ、ヒギイ……! ですが、ですが、流石にィ……!」
「等価には満たぬか。では更に対価をくれてやる」
「……!?」
ケンが悪辣に笑い、カグヤにとどめを刺すべく口を開いた。
「俺は基本的に女が好きだが、過去には酔狂で世のあらゆる色恋遊びに耽った時期がある。当然衆道も経験し、男相手でも話せる事は幾らでもある。宝の山だぞ」
「アヒイイイイイイイイイイイイイ…………!」
「どうだ、聞きたいだろう。これで足りねば俺の“ご立派”も見せてやるが?」
「ギャヒイイイイイィ……! ケッ、ケン氏、ケン氏ィ……! 現人神ィ……!」
最早カグヤはガタガタ震え、跪きひれ伏し、ケンを拝み倒した。
「にゅっ、入信いたすっ! 拙者入信いたすぅ……! ケン氏こそが至高最上の覇王……っ! そして我が現人神なりィ……っ! 拙者ケン氏に全てを捧げ奉り、すべて全ては仰せのままにぃ……!」
「わはは! 苦しゅうない! では許そう!」
「ははーっ! 有難き幸せ……!」
ひれ伏し歓びと感謝の涙を流しながら拝み倒すカグヤと、偉っそうにワハハするケンの姿により皆が禊の完了を知った。
「あれは間違いなくアタシよりイイ条件を付けたわネ」
「そうね、ケン様の体験談にご立派披露でも付けたんじゃないかしら」
「ケンどんは経験豊富だからな……カグヤどん幸せそうだぁ……」
同じく薄い本の閲覧を既に取り付けてある女子組が、訳知り顔で頷く。これで全ての公式からの公認を得、カグヤの自由が確定した。それは彼女の境遇に胸を痛め、励ました女子組からしても嬉しい事である。
「どんな取引をしたかは知らないけど、強烈なケンさん信者が増えたな……」
「まあ、倒れる程の我慢とストレスだったらしいので……これで元気に過ごせるのではないでしょうか……?」
「そうだね。妄想もされて死ぬ訳じゃなし、寧ろあの性癖が発覚したお陰で今後の心配も減ったんじゃないかい? 色恋沙汰の揉め事は起きないだろう」
「まあ儂黙っといて貰ったら抱けるけどな。黙っといて貰ったら……」
「ほんとクソくっだらねえ話だッた……」
トルトゥーガとこぐま以外の男性陣が強烈な謎疲労を覚えた。視界では、ケンがカグヤを立たせている。
「ベル嬢、全員の許可を得たがこれで禊は終わりだな?」
「ええ、あなた達がそれで大丈夫なら。彼女はまさに生き地獄といえる公開羞恥――いえ、公開処刑を乗り越え、やっと偽りの自分を殺せたのよ」
「何かいい感じに言っとるけどこれ性癖暴露して開き直っただけでは……」
「あらタツ、まだ禊が足りない?」
「要らん! これ以上聞きとうない! もう一生分の恥掻いたじゃろこれ……!」
男性陣が『もういいです』という顔をしたので、完全にカグヤの禊が終了した。
「良かったなぁ! カグヤどん! もうこれで自由だぞ!」
「好きなだけ妄想して壁になればいいわッ! 語りたい時はアタシ達がいつだって聞いてあげるッ!」
「おめでとう、カグヤ。生き甲斐を勝ち取ったわね……!」
「はいっ! はいぃっ! メイ氏! ベル氏! ジラフ氏! 本当に三人のお陰でござるう……! この御恩は生涯忘れませぬ……!これから拙者自由に輝いて生きてみせるでござるよ……!」
ワッと一度女子が抱き合い喜び合ってから、カグヤが男性陣に向き直り深々と一礼した。
「皆様も――拙者の存在と非常にとんでもないお願いを受け入れて頂き、感謝するでござるよ……! 無論妄想だけではなく、普通に村の仲間としても交流しお役に立てて行ければと思っておりますので……! 改めて宜しくお頼み申す……!」
「うむ、勿論だ!」
「こちらこそ改め宜しくね!」
改めての挨拶が交わされ、顔を上げたカグヤの表情は何とも晴れ晴れしていた。それは村に来た皆誰もが知る感情。前世界でのしがらみを捨て、新世界でやり直す喜びを噛み締める顔で――思わず男性陣も表情を緩め、最早何の含みも無く彼女を新たな仲間として歓迎するのだった。
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