361 愛の相談
「メイさん、今いいかな?」
「リョウどん、どうしたんだぁ?」
女子寮にはまだ男避けの結界が張られていない。玄関扉をノックするとすぐ返事があり、中に入れば目の前のリビングで作業をしているメイが居た。
「いやその、昨日のほら。相談をしようと思って……」
「あ、ああ……! 新居やお式の……!」
メイが頬を赤らめ、こくこく頷き招いた。お邪魔して見渡すと、前に見た時は違って家具や小物が増えて女の子らしい可愛いリビングになっている。ピンクのペンキで塗られたテーブル上を見ると、裁縫道具や布があって縫い物の最中らしかった。
「作業の邪魔しちゃったかな?」
「リョウどんが邪魔なもんか。明日来る新入りどんの枕カバー縫っとったんです」
「あああ、成る程……! 作業しながらでいいからね」
「へぇ……!」
お言葉に甘えて縫い物は再開させて貰いつつ、相談を始めた。リョウの方は議事録をメモるべくノートを広げている。
「で、ですね……順序が逆の気もするんだけど先に新居をね。ほら今別荘建築しちゃってるから。組み込むなら返事は早い方がいいし」
「うんうん、そうだな」
「一応僕の考えとしては、別荘の母屋を増設する形で良いかなとは思ってるんだけど……一番はメイさんの希望を優先したいんだよね」
「わぁ、お気遣い頂いて……」
メイが嬉しそうにはにかんだ。
「女子寮を見るとさ、別荘みたいな和風建築よりは洋風の可愛らしい家が良いのかなって思うんだけど。正直な所どう?」
「確かに可愛いおうちは好きだぁ。だども、此処を出ても部屋は残してくれるっていうし、此処はお裁縫なんかの作業場にして――なら可愛いは残せるだろ?」
「それはまあ確かに。僕も個室は昼寝やちょっとした作業用に残して貰うし」
「したら、母屋の増設にして貰った方が可愛いと和風、両方楽しめてお得かなと……おら、ああいうあったけえ建物も大好きだもんで」
「分かる。僕も好きなんだよねえ」
二人とも田舎風は大好きなので、にこにこ微笑み合った。
「今後果樹園や、味噌や醤油の蔵なんかもあっちに作る予定だろ? そしたらやっぱしあそこへ住んだ方が、別荘含めて全部の管理がしやすいかなぁって」
「それは僕も思うんだよね。カイさんゲートがあるから村へはいつでも来られるし、寂しいって事も無いだろうし……」
正直寝床が変わるだけの話で、村での仕事はこれまで通りだ。だが子供が出来るとなるとまた話が変わって来る――と思う。
「あの、後ね。別荘の土地は四季があるし、景色も環境もいいし、水も綺麗だし。子育てに向いてるんじゃないかと……」
「わあ……!」
子供の事をリョウが前向きに考えているのだと知れてメイの笑顔が増した。
「うんうん、良いと思う……!」
「何だけど、ちょっと現時点では分からない事があって……!」
「何だろか?」
「僕らの子供ってどの位のサイズになると思う? 巨人と人間のハーフが居るって事は知ってるんだけど、僕見た事無いんだよね。メイさんある……?」
「……! ね、無えです……!」
それは考えた事が無かった。メイは巨人族では小柄な方だが、それでも普通の人間の家屋で暮らすのはぎりぎりだ。リョウはケン達に比べたら小さいけれど、人間の中では標準より大きい方だろうか。もし巨人の遺伝子に、リョウのやや大きいが重なると大きさの想像はつかなくなる。
「おらより大きくなっちまうと、生活が不便になるだろな……?」
「そうなんだよね。完全新築だったらメイさんに合わせた高さのキッチンがいいかなとかも考えたんだけど、子供がもっと大きかったら……? みたいな事を考えると全然纏まらなくなってしまい……!」
「うう、気遣い……! ただおらもそれは纏まんねえ……!」
「だよねえ……!?」
メイも途端に混乱した顔になったので、リョウが少し考えやがて頷いた。
「そうしたら、提案なんだけど。ひとまず別荘は今のまま建てて貰って、其処を仮住まいにするのはどうかな?」
「ふむふむ」
「増設しなくても母屋はもう僕らに専用の一室があるし、台所やダイニング、他にも必要な物は全部揃ってるんだ。共用ではあるけど、宴会と保養の時以外は殆ど皆来ないだろうし」
「確かにそうだな? 二人で住むだけなら十分以上だぁ」
メイも納得して頷いている。
「で、子供が生まれたらその時に改めて、僕ら家族に合った形の新居を建てた方が良いかもしれない――と思うんだけどどうだろう?」
「それは確かに……!」
「それならまだ沢山時間もあるし、メイさんのこだわりも沢山反映させられると思うんだよね。最初の仮住まいでは我慢させちゃうけどさ」
「そんな、何もだぁ……! 別荘は凄く素敵だ。我慢にはならねえです!」
メイが慌てて首を振り、それから『よし!』と頷いた。
「リョウどん、そうしよう! おらも賛成だ!」
「ええと、少しの我慢も無い? 本当に良い?」
「勿論! 寧ろその方がええです! リョウどんが『僕ら家族に合った形の新居』って言ってくれたのが、おらもう嬉しくて……! 折角の新居だったら、おらとリョウどんだけじゃなく子供にも合った家がええもの……!」
メイの縫う手がすっかり止まり、嬉しそうに微笑んでいる。リョウが瞬き、少し恥ずかしそうに頭を掻いたが――やがてくしゃりと笑った。
「良かった。じゃあそうしよう」
「へぇ……!」
「あの、ついでに言ってもいい?」
「何でしょう」
「僕はメイさんが好きだから!」
「……?」
唐突な『好き』に、嬉しいよりも不思議が勝って思わず疑問符が浮かぶ。
「いやほら、新入りさんのこと」
「あ、ああ……!」
「新入りさんがどれだけ美人で可愛くて巨乳だとしても、僕が好きなのはメイさんだから! 僕にとって世界で一番美人で可愛くて巨乳なのはメイさんだから!」
「巨乳……」
「失言でした。巨乳部分抜いてもいい?」
「駄目だぁ」
駄目だったので失言を反省していると、メイが可笑しそうに笑った。
「失言じゃねえ。リョウどんにとって世界一なら、巨乳でもなんでもおらはその称号が欲しいです。おらが気にするかと思って、心配してくれたんだな」
「……! よ、良かった……! その、正直に白状するんだけど――昨日ジラフさんとジスカールさんに気を付けるよう言われたんだよね。僕がどれだけメイさん一筋だろうと、行動によっては誤解させたり不安にさせてしまうよって」
「わぁ、お二人ともお気遣い頂いて……!」
成る程、とメイが深く頷いた。大変有難いアドバイスである。
「それで、新入りさんを美男子に入れ替えて想像してみたんだけど――確かに場合によっては僕も『何かやだ!』ってなる時があったので、ええとその、気を付けるからねという事と、僕は本当にメイさん一筋だよという事をですね、事前に伝えておきたかったんだ……」
「ふふっ……! アドバイスを貰ったからとはいえ、そうやって自分で考えたり伝えてくれるのは嬉しいなぁ。リョウどんありがとう……!」
メイが何度も頷いて、それから少し考え――改めてリョウを見た。
「リョウどん」
「何でしょう」
「そうやって安心させてくれたもんで、おらもう不安は無えです。そんでももし、不安や嫉妬が出てきちまったら――」
「きちまったら……?」
「つねろうかな」
メイがおどけたように言うので、つられてリョウも笑ってしまった。
「そうしてくれると助かる。つねられたら僕は『メイさんが世界一です!』って言うんだよね?」
「んだぁ! 思いっきりつねってやるからな!」
「お手柔らかにお願いしますよ……!」
可笑しくてひとしきり二人で笑い、それからやっとメイが縫い物を再開した。
「……良かった。おらちょっと悩んどりました」
「何を?」
「新入りさん、初めての世界で心細いでしょう。だから全力であったかく迎えてやりてえって気持ちと、若くて美人で可愛い巨乳だっていうから、リョウどんが気持ちを持って行かれたらどうしようって。ぐるぐるしとったんだぁ」
「な、成る程……」
「けどお陰様でぐるぐるは消えちまった。明日はそれはもう、全力の全力であったかくお迎えしてやります……!」
メイの笑顔は曇りなく――そもそも今縫っている枕カバーだって、丁寧な仕事で心が籠っていた。自分がそうして迎えられたように、次の新入りを温かく迎えたいという気持ちに最初から嘘は無いのだ。
「僕ね、メイさんのそういう所本当好きだよ……」
「ふへぇ、おらだってリョウどんのその馬鹿正直な所が大好きだぁ。アドバイスの事黙っとったら、気遣いの出来る良い男を気取れたろうに」
「ハッ、そうか。けど背伸びした所でさあ……!?」
「ふふっ、そういう所だぁ……!」
また可笑しそうに笑い合って、次はお式とドレスの相談も始めた。新居もお式も、普通に考えたら『それでいいの!?』と言われそうな結論になってしまったが――二人で我慢無く決めた事なので『それがいい』のである。
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