350 命名
丁度明日にはジスカールの30日リセットが来て村に帰れる為、今夜はシェルターで過ごし明日には一度帰る事にした。互いに積もる報告は明日にし、今日は皆休むようにとケンから指示もあった。一晩ウルズスがジスカールに甘えるのと、ガブリエラを悼むのに時間を設けた側面もあるだろう。
「じゃあ、戻ったらひと月は村で過ごすのネ?」
「うん。ウルズスの傷は塞いで貰ったけれど暫く療養させたいし、あと乳児を一人で育てるのは怖くて……」
「ウフッ、手伝ってあげるわヨッ!」
「ありがとう……!」
シェルターの食堂から娯楽室に移動したキャンプで、今はジラフの指導を受けつつ猿の赤ん坊にミルクを与えている。幸いサイズがぴったりで、使い終えた小人育児の道具を村から色々分けて貰った。ウルズスはジスカールの隣にぴったりくっ付いて甘えながら、興味津々で赤ん坊を見ている。
「ひとまずミルクは日中二時間おきで様子を見ましょう。夜は人間の赤ちゃんと違ってぐっすり眠るみたい。体重もこまめに測ってね」
「う、うん……!」
「普通の猿だと生後2~3か月でミルク以外の物も食べるようになって、乳歯が生えそろう頃に卒乳だそうヨ。この子の場合はどう育つか分からないケド……」
「が、頑張る。頑張るよ……!」
おっかなびっくりミルクを与える様子を見て、ジラフが首を傾げた。
「……ひょっとして、赤ちゃんのお世話は初めて?」
「此処まで小さい子は初めてだ。二ヵ月位の仔犬や、人間の二歳児なら経験があるんだが……」
「そういえばジスカールちゃんの子供の話って聞いた事無いわネ?」
「実子は居なくてね。子供が出来る前に離婚したか――2回目は相手に2歳の連れ子が居て、相談して作らない事にしていたから」
成る程とジラフが納得した。
「2歳の子のお世話をしていたなら、おむつの替え方だとかは分かる?」
「うん、家にいる時の世話は殆どわたしがしていたから大丈夫だよ」
「幼児はOKで乳児が未経験ってコトね。分かったわヨ」
2回目の結婚相手の女社長は、ジスカールが遺跡調査等で不在の時は家政婦とシッターに全てを任せばりばり稼いでいたらしい。
『ぼくもおてつだいするからね!』
「ウルズスちゃんにも大事なお仕事があるわヨッ!」
『わ、なに……!?』
「猿の赤ちゃんはね、皮下脂肪が少ないから母猿に抱きついて体温を分けて貰って育つらしいの。ずっとジスカールちゃんが抱っこしていると大変でしょう? ウルズスちゃんも一緒に抱っこをしてあげてネ」
『……!』
ウルズスが目を丸くしてこくこくと頷いた。丁度ミルクを飲み終えて、赤ちゃん猿がうとうとし始めたので『抱っこしてみるかい?』と聞くと更に深く頷く。
『わ、わあ……』
「ウルズスちゃん上手よ。ほら、もう寝ちゃった」
「疲れたら言うんだよ。交代するからね」
『うん……けど、けどだいじょうぶ……』
赤ちゃん猿がこぐま状態のウルズスに抱きつき、すぐに爆睡し始めた。落ちないようにそうっと前脚で抱っこして、小さな命を感じ取っている。
「名前を付けてやらないとな。ウルズスが付けるかい?」
『え、い、いいの……?』
「いいよ。その方がきっと仲良くなれる」
『……! か、かんがえる。かんがえるね……!』
ウルズスがうんうん唸り、必死で名前を考え始めた。声を掛けても返事が無いから、すっかり没頭しているらしい。
「……今夜はジスカールちゃんにべったりかと思ったら、こんなすぐに『お兄ちゃん』になるのねェ」
「何だか離れている間に、ウルズスが逞しくなったよ。――ジラフ、色々と本当にありがとう。ウルズスの事も、シャツの事も……」
「アッ、気付いてくれたのネ! 良かったワ……!」
「うん、お陰で君達の様子も分かって安心できたし勇気づけられたよ」
ウルズスは必死で考えているし、猿の赤ちゃんも熟睡しているので起こさないよう少し離れて備え付けの古びたソファに腰を下ろした。
「それは何より。……ねェ、一応聞いておくケド。一人の時間が欲しかったら、ウルズスちゃん達はアタシが見てるわよ?」
「いや、寧ろ居てくれないか。一人になるときっと泣いてしまう」
「泣いてもいいのに」
「あんなに幸せそうに旅立った上、わたしを気に掛けてくれていたから。嘆き悲しむのは違う気がしてね」
「成る程。じゃあ居てあげましょう」
眉を下げ笑うジスカールに、ジラフがにんまり笑顔を作って強く肩を組んだ。
「じゃあこういう時は故人の思い出を偲ぶ――ってコトで三週間の蜜月を聞かせて貰いましょうかッ!」
「蜜月って……!」
「四人目の妻とか言ってなかった? 保護者として聞く権利があるんだけどッ!」
「いやそれは――……」
もごもごしながら圧に負けてジスカールが少しずつ語り始める。最初は中々不穏だったが、徐々に向き合い少しずつ積み重ねて心が育まれていく様子を聞いてジラフの顔も優しくなっていった。
「ウルズスちゃんともそうやって積み重ねていったのネ」
「うん、そうだよ。短い期間だったけど、本気で彼女と家族になろうと思ったんだ。わたしは間違いなく彼女を愛している」
「そう……」
ジラフが頷くと、話す事で少し楽になったのかジスカールがおどけたような視線を寄越した。
「嫉妬した?」
「馬鹿ねッ! アタシはそんな心が狭い漢女じゃないのヨッ! “バツヨン”で二人の子連れだろうと変わらず保護してあげるわッ」
「ふふ、良かった」
「それに今回は嫉妬したくても出来ないの~ッ!」
「……どうして?」
ジラフがお手上げポーズをしてソファに凭れる。
「アナタが攫われた時、ウルズスちゃんが我を失って暴れたでしょ?」
「ああ、止めてくれてありがとう」
「じゃなくて、アタシはあんな風に我を忘れて暴れたり出来ないなと思って。ガブリエラもそうよ。アタシはアナタを好きだけど、熱量や強さでまだ敵わないワ。ライバル呼ばわりしたけど、今回は納得の敗北ってワケ……!」
「ふむ……」
ジスカールが首を傾げた。
「君は大人だし、傭兵として常に冷静でないとならないから――もし息が止まるような激しい恋をしても、我を失う事は無いんじゃないかな?」
「んもう! 夢が無いわネッ! 失う位の恋なんてしてみたいじゃなーいッ!」
「いや、けどほら……」
我を失ったジラフを誰が止めるんだと言い掛けた所で、こぐまが『きまった!』と叫んだので二人して傍に戻る。
「ウルズス、名前が決まったのかい?」
『うん、きまった!』
「キャッ! お聞かせ願いましょう!」
『あのね、リエラ!』
「リエラか。ガブリエラから取って?」
こぐまがこくんと頷く。
『そう。このこはガブリエラじゃないけど、ガブリエラだから。おなじ名前はへんだけど、にてるのがいいし、ちっちゃいからガブリエラをみじかくしてリエラ!』
「成る程、ちゃんと考えたのネェ~!」
「可愛らしいし良いじゃないか」
命名リエラはこぐまのぬくもりと毛皮が気に入ったのか、スヤスヤと寝ている。
『……ぼくね、なかなおりしたからガブリエラのこともうきらいじゃないけど、すきになるじかんもなかったんだぁ』
「うん、そうだな」
『だからリエラのこと、いっぱいすきになろうとおもって』
「……お兄ちゃんだし?」
愉快げに聞くと、急にこぐまが照れてモジモジしはじめた。
『そう……ぼくはおにいちゃんだから……』
「ウッ、泣きそう……何だこれ、泣きそうになる……」
「その内ジスカールちゃんを放置して二人で寝始めるかもしれないわネ……」
「い、嫌だ……!」
悲痛な顔でジスカールが慌ててこぐまの前に跪いた。
「ウルズス、お兄ちゃんになってもずっとわたしと一緒に寝てくれるだろう……!? もうお兄ちゃんだから別で寝るとか無しだよ……!?」
「アッ思いの外必死……!」
『えっ』
「えっ!?」
こぐまがきょとんとしている。ジスカールの顔が一気に青褪めた。
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