349 存在証明
「下手な慰めは嫌いだから事実を言うわよ」
遅れて来たジラフに説明するようベルが口を開いた。
「傷は治せても、生きる為の生命力が枯渇している。生命の器がぐちゃぐちゃに壊れていて修復できない。この肉体はもう生きられない」
ジラフが目を丸くする後方で、ガンも聞き覚えのあるフレーズに瞬いた。いつか自分も言われた事だ。『グラスに入った液体を想像しなさい。グラスは命の器、液体は命そのもの』と。また『普通の人間ならわたくしは命だって癒せる。だけどあなたは特殊だから手が出せない』とも言った。恐らくだが、ガブリエラの命も自分と同じで特殊なのだろう。
「時間はあまり無いわよ。惜しむ別れがあるなら今の内に」
それだけ告げて、ベルが腰を上げた。そのままタツとメイを呼び寄せ、何やら話し込み始める。
「ガブリエラ……」
ジラフも彼女の手を取り、握る事しか出来なかった。
『ワタシ、自殺シてナイ。偉イでショ?』
「……っふ。ええ、そうね」
だがガブリエラのおどけたような物言いにちょっと笑ってしまった。
「アナタが頑張る所、ちゃんと見てたわヨ。改めてライバルに任命してあげる」
『アりガトウ』
ふとウルズスに視線を遣ると、そっと握った手付きとは裏腹になんともぶすっとした顔をしている。ジラフが気付いた事にジスカールが気付いて眉を下げた。
「ずっとこうなんだ。……ウルズス」
『……だって、しぬなっていったのに』
『マだ、死んでナイ』
『もうしんじゃうだろ!』
拗ね切った言葉に、こぐまがついにガブリエラを受け入れたのだとジラフにも伝わった。だから努めて何でもないように声を掛ける。
「ウルズスちゃん、仲直りはしたの? 今を逃したらもう出来ないわヨ」
『だっ、……まだ、ぐるぐるしてるから! 村にもどってから、ゆっくりするつもりだったの……!』
案の情の言葉にジラフの目元が柔く細まり、ガブリエラとジスカールが目を丸くする。ウルズスは鼻づらに皺を寄せてぶすくれたままだ。
『ウルズス』
『なに!』
『ワタシ、シルヴァンに村行かナイ言ッタ。皆と仲間ナれナイ言ッタ』
『……なにそれ』
『ケド、気持ち変わッタ』
顰めっ面でウルズスがガブリエラを見る。ガブリエラは無表情の筈なのに、目を細めて笑っているように見えた。
『今ハ行きタイ。仲間ナりタイ。ケドもう死ヌ。だカラ、仲直りダケでモしタイ』
『…………』
『ダメ?』
『…………だめじゃ、ないよ。そんなにいうならしてやるけど……まだおまえのことすきじゃないからな……!』
『フフ……! アりガトウ』
そのままウルズスはそっぽを向いてしまったが、握る手の強さが増したのでガブリエラが嬉しそうにした。最期に仲直りが出来て良かったと思いながら――もう時間が無いのでシルヴァンを見る。
『シルヴァン』
「何だい」
『ワタシ、チャんとシタ命じゃナイ。だカラ、生マレ変わりナイ』
「…………」
ガブリエラが目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
『モッと早く、シルヴァンに会イタかッタ。ウルズスとモ一緒ニ、生キタかッタ』
「ガブリエラ……」
ジスカールがガブリエラの頬を撫ぜてから、胸ポケットから白い小花を取り出した。そっと鬣に挿してやると、薄目を開けて酷く嬉しそうにする。
「……いいかい、ガブリエラ。君は知らないかもしれないけど、これまでわたしには“四人”妻が居てね。残念な事に、四人目は死別なんだ」
『……?』
違う、シルヴァンの妻はこれまでに三人の筈だ。四人目、死別。ああ――と遅れて得心する。また『嘘では無い』とは言われなかった。けれど凄く嬉しい。
『知ラナかッタ。……嬉しイ』
「…………寂しくなるよ」
嬉しそうに笑う姿に、ジスカールが目を赤くし声を詰まらせた。その時だ。
「……?」
ガブリエラの身体が、爪先の方からゆっくり崩れるように――光の粒子を零し始める。傍に居る全員が目を丸くした。
「これは……」
「たった今、カピモット神と話が付いたわ」
「ベル……?」
振り返るとベルが此方を見ており、その左右に神の代行者たるメイとタツが居る。三人共が深く頷いた。
「ガブリエラ及び――まあ他はついでだけれど、ミカエラ、ラファエラ、ウリエラ、それに子供達の肉体と生命エネルギーは世界再生システムに投入されるわ」
「どういう事……!?」
「その嬢ちゃんにはなぁ、もう魂があるんじゃわ。人間と比べて遜色ないもんが」
「以前見た時には足りていなかった、けれどムッシュー。あなたが育てたのね。神達はガブリエラをこの世界の種として認めたわよ」
思いがけない言葉にジスカールもジラフも瞠目したままだ。
「つまり、ガブリエラどんは生まれ変われるっちう事です」
「……!」
「ちゃんとした命と神が認めたの。お墨付きよ」
ベル達が微笑み、ジスカールの顔がくしゃくしゃに歪んだ。徐々に光の粒子と化して崩れゆく身体を抱き締め、ありったけの想いを注ぎ込む。
「良かった……良かった、ガブリエラ……! また会えるよ……!」
『アア……』
自分はこんなに幸せで良いのだろうかと思った。不完全な命として苦しみ、孤独に耐えた数十年が彼らの心だけではなく、神にまで報われた気持ちだ。もう思い残す事は――殆ど無いけれど、ひとつだけある。
『シルヴァン、泣カなイデ。ワタシとテモ幸セ、悲シまなイデ』
最愛の人だけ気がかりだった。だから、本当に最後。残り僅かの命を繋いでいる、本当にひとかけらの力を振り絞る。手を伸ばし、シルヴァンの頬に触れた。この人が自分の為に泣いてくれるのは嬉しいけれど、悲しんで傷つくのは嫌だ。
『生マれ変わッテ、マた会イに来ル――だカラ』
「……何だい」
此方を見るくしゃくしゃの顔に目一杯微笑んだ。続けようと思った言葉は、身体の全てが光の粒子に変わってしまって届けられなかった。けれど直接流し込んだから届いた筈だ。自分の愛も、感謝も、託した想いも。
「………………」
全員が空へと吸い込まれていく光の粒子を眺めた。ガブリエラ以外にも、離れた位置に倒れるラファエラやウリエラの亡骸も徐々に崩れて光の粒子に変わっていく。遠方のミカエラも、各地に居る子供達も。空をきらきらと彩り、全てがゆっくりと消えていった。
「…………『寂シくナイようニ、育てテ』と……」
ガブリエラが残していった想いを呟き、ジスカールがゆっくりと視線を地面に戻す。そこには白い小花と――その傍ら、掌に乗ってしまいそうに小さい真っ白な産毛の猿の赤ん坊が居た。
『あかちゃんだ……』
「そ、そんな……ジスカールちゃんとガブリエラの子供……!?」
「それは流石に違うかな……!?」
ガブリエラと交尾をした事実は無いので、悲しむ間もなくツッコまざるを得ない。ともあれピャアピャアと高くかぼそい声をあげる猿の赤子を掬い上げる――と、きゅっとジスカールの親指を掴んで澄んだ銀色の眸が見上げて来た。おそるおそる精神を繋げてみるが、驚くほどまっさらだ。
「……ガブリエラの記憶は無いし、本当にまっさらの赤ん坊だよ。能力をどれだけ受け継いだかは――育ってみないと分からないな」
「ふぅむ、まだ薄っすらじゃが心も魂も備わっとるのう」
「最後に力を振り絞って生み出した、忘れ形見って所かしらね」
「……そうだね。わたしが寂しくないようにと、後は最初から出会いをやり直したかったんだろう。この子はガブリエラの子供でもあり、分身でもある」
泣きそうな顔で手の中の赤子を見詰めてから、そっとウルズスへ差し出した。おっかなびっくりウルズスが覗き込むが、赤子の方もじっとウルズスを見上げている。
『……ガブリエラのにおいがする』
「ウルズス、この子を育てようと思うんだが――どうかな?」
『え、えっと……』
どう返事をしていいか戸惑うウルズスに、ジラフが小さく笑って背を叩いた。
「これはウルズスちゃん――お兄ちゃんになっちゃうんじゃない……!?」
『……! お、おにいちゃん……!?』
初めての言葉にウルズスが動揺しながら、そうっとそうっと指を一本差し出した。猿の赤子がふんふんと匂いを嗅いだ後、反対の手でこれまたきゅっと指を握る。その瞬間、人間の鳥肌みたいにウルズスの毛皮が一斉にボワッとなった。
『い、い、い……いいよ……』
もう猿の赤ん坊から目を離せなくなって、夢中で眺めている。その様子を見たら、涙より小さく笑いが零れて――ああガブリエラの狙い通りになってしまったと思った。きっとこの先、悲しむより育児に追われる時間が増えるだろう。
そうして全ての亡骸が光の粒子に変わった後、皆で帰路に就く事にする。
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