345 この力は
互いに飛行し見る間に距離が縮まり、ラファエラとガンが最初に接触した。
「リョウの能力ッつってもな。魔法も使えんのか?」
ひとまず分離端末を大量に喚び出し浮かせ、自身の右腕も砲身に変えた。何をしてくるか読めないので、先手必勝とばかり全ての端末からレーザーを放つ。弾幕がラファエラを包み、違わず全て着弾した。が、すぐに舌打つ。
「変形型か……ッ! レーザーミラーじゃねえかよッ!」
水銀のような滑らかな身体が球体に変形している。ダメージが入ったようには見えず、高い反射率とレーザー光に対する熱耐性・耐久力があるようだった。つまりガンの攻撃の大半と相性が悪い。
「とはいえケン達が来るまで時間を稼ぎゃ――……ッ!?」
出力を上げたり別の攻撃をする事も出来るが、時間稼ぎが一番の目的だ。不意に球体になっていたラファエラの翼が大きく広がり、一斉にレーザーを撃ち出した。お返しのように弾幕が迫って目を剥く。
咄嗟に旋回上昇し逃れ――命中率が高くないのは良いが、リョウがレーザーを撃てるなんて話は聞いた事が無い。
「おいリョウ! お前の血肉取り込んだやつがレーザー撃ッてくんだけど!」
『ええっ!? 僕撃てないけど!?』
『“光”の勇者だからじゃないですか? 生まれ持っての光属性がほら……』
「提供元より遺伝子上手く扱えてんじゃねえか……!」
ガブリエラが言った通り、ジスカール以外の遺伝子は大分おかしいらしい。
「ッくそ! 何とか押さえるから早く来いよ……ッ!」
『急いでるよ……ッ! けど妨害が凄くて……ッ!』
「うるせえばか! おれは兎も角他がやべえ! 急げッ!」
追撃で放たれるレーザーを躱しつつ、高速で旋回しガンも構えた。足止めの為に無効化出来ないだろう重力弾を撃ち出し応戦していく。足止めは出来るが回避しつつの弾幕合戦になってしまう為、流石に他の手助けは出来ない。
「ガンナーちゃんは大丈夫そうだけど、ガブリエラが拙いわネッ」
ジラフにも通信は聞こえていたが、わざわざ通信具に触れて返事をする余裕は無い。当然ケン本人よりは劣るのだが、ケンの遺伝子を取り込んだミカエラは中々手強く片手間に相手をできるものではなかった。接敵した瞬間から、全身刃のミカエラが目にも留まらぬ攻撃を放ち打ち合いが続いている。同じ速度で捌き、撃ち返すだけで衝撃で地面が抉れて形が変わった。
「中々イイ腕してるわヨッ! ケンちゃんの速度とパワー、染み付いた剣術まで頂戴したってワケね!」
永久凍土よりはずっと戦いやすいが、“戦場”ではないため流石に一撃で消失させるような超必殺は使えない。このまま撃ち合いを続けていれば足止めは可能なのだが、ガブリエラの援護が出来ない。ウリエラとガブリエラの戦いだけが、足止めに足りず劣勢だった。
ウリエラは大きく重くなり過ぎたせいか、翼は消失し飛ぶ気配も無い。代わりに分厚い装甲とあまりに強大な質量重量を備えていた。ガブリエラとでは象と兎くらい大きさが違うのだ。
それでも果敢に衝撃を放ち、念動力で砕いた岩を打ち付けたりとガブリエラは善戦している。だが腕の一振りで攻撃は砕かれダメージが入らない。どころかそのままの勢いで殴りつけようと巨大な拳が迫って来る。自由に飛べれば避ける事も容易いが、今のガブリエラは飛べない。跳躍では巨大な拳を避け切れず、何度も掠めてその度吹き飛ばされたり叩き付けられたり大変に分が悪かった。
「……ッ、ガブリエラ……!」
『…………』
背負ったジスカールから、酷く辛そうな声が聞こえた。その原因はウルズスにも見えている。もうガブリエラの身体は半分ひしゃげて、動けるのが不思議な位にぼろぼろだ。だが決して諦めず、力を振り絞って必死に戦っている。
「わたしが、わたしが戦えれば……ッ」
背後の苦悶を聞きながら、今のジスカールでは無理だと思った。ジスカールは前の世界で幾つか強力な遺物を手に入れているが、多くは破壊したし残しておけない物は此方に持ち込んだ――ものの、世界が変わりそれらはもう稼働しない。ジスカールが持ち合わせている“武器”といえばもう、自分だけなのだ。
『ジスカール……』
またガブリエラが強烈に吹き飛ばされた。ケン達はまだ来ない。来た道を戻るのと、異形猿達の妨害で時間が掛かっている。見ていられずジスカールが俯きウルズスに顔を埋めた。背中から一番大切な人の悲しみと忸怩が伝わる。その時『こんなに悲しませて自分は何をしているんだろう』と思った。ガブリエラへの反目で吹き飛んでいたが、彼がやりたい事を叶え、戦うのは自分の役目ではないか。
『……ジスカール』
「……ッ、……ウルズス……」
ジスカールが何か口にしようとして、躊躇っては噛み殺す。何が言いたいかは分かっている。言わない、言えないのは彼が自分を愛し尊重してくれているからだ。それを言えば自分が傷つくと思って、言いたいのに必死で堪えている。
『…………いいよ、ジスカール。いいなよ』
「ウルズス……」
『ジスカールはよわくない。ぼくがいる。ぼくが戦うときはジスカールが戦うときだ。これまでも、これからも、ずっと。ぼくの力はジスカールの力だよ』
「…………ッ」
『ほら、いって』
促すと、首に回る腕がきつく強まり拳を握るのが見えた。
「…………頼む、ウルズス。ガブリエラを助けてくれ……ッ!」
その瞬間、ウルズスが咆哮を上げた。
* * *
身体が半分ひしゃげ、動くだけで目が眩む程の激痛が走る。だが動きを止める訳にはいかない。自分が生き延びる分だけ時間が稼げる。相対した時、強化もされていない自分がウリエラに勝てる可能性は無いと悟った。残る力を全て注げばウリエラの装甲を破れるかもしれないが、倒せなければ意味が無い。
せめて翼が無事なら良かった。だが仕方ない。ウルズスの怒りや敵意は当然で、殺されなかっただけ有難いと思うべきだ。生きているからこそ、いまこうして戦える。自分一人でどうにかしようという思いはもう失せていた。シルヴァンの言う通りだった。ジラフが居る、ガンナーが居る、こんな自分に力を貸してくれている。
――それにウルズスが居る。彼は絶対にシルヴァンを守るだろう。もう少しすれば他の仲間も駆けつけて来る筈だ。シルヴァンは大丈夫。だから自分は命を落とそうと時間が稼げればいい。恐怖は無い。死の間際でも心は満たされている。
「ギャ、ガアァッ!」
跳躍して避けたつもりが、ウリエラが不意に拳に衝撃を纏わせたせいで巻き込まれ、強か地面に打ち付けられた。意識が飛びかけ、すぐには起き上がれない。
『マ、ダ……』
まだ増援が来ていない。まだ死ぬ訳には行かない。シルヴァンを危険に晒す訳には――見上げた頭上、自分を叩き潰すべく振り上げられる巨大な拳が見えた。此処までだろうか。いや、諦めたくない。迎撃にガブリエラの鬣が帯電したよう広がり、銀の光を蓄え全ての力を振り絞る。直後に拳が振り下ろされた。
『――――ドうシテ……!』
その瞬間信じられない事が起きる。拳が届くその前に、巨大な何かがウリエラを突き飛ばした。巨体が倒れる地響きと振動、ガブリエラが驚きに目を見開く。
『ゆるしてないぞ! けどおまえがしぬとジスカールが悲しむ!』
見上げた先には、ウリエラと入れ替わるよう巨大な異形の熊が聳えていた。ガブリエラの無事を確認した後、獰猛に唸り身を起こしたウリエラへ飛び掛かっていく。その頭上、毛皮に捕まり手を振るシルヴァンの姿があった。
肉声は届かない距離だが目が合った。泣きそうな、けれど嬉しそうにも映るくしゃくしゃの顔で此方に頷くのが見える。
『ウルズス……シルヴァン……』
思いがけない増援に、ガブリエラの声が震えた。こんな気持ちは知らない。
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