336 毛づくろい
ガブリエラの仲間、『家族』になると決めてから一週間が経った。彼女は時折用事で出ていくが、それ以外の時間はずっとジスカールと過ごしている。共に同じ物を食べ、沢山の話をし、共に眠った。それはウルズスと出会ってひとつひとつ積み重ねていったのによく似ている。
「ガブリエラ、君が使う予定の“兵器”の話だけれど」
『ナニ?』
「世界中に弾頭があるだろう? その全てを把握しているのかい」
『全テじゃナイ。ケド、見付ケた基地ニあル分は把握しテル』
今はソファでガブリエラの“毛づくろい”中だ。猿のように摘まむ代わりに、ブラシで全身の毛を梳いている。彼女はこれが気に入ったようで、初めて試した日から毎日行うようになっていた。
「基地の場所を教えて貰う事は?」
『教エてもシルヴァンは行けナイ』
「絶対ではないよ。もし君が考えを変えたら行けるようになるかもしれない」
『……今は行けナイ。モし、行けルヨウになっタラ教えル』
「分かった。約束だよ」
当初に比べて彼女はずっと丸くなった。観察して分かったのは、顔にはあまり表情や感情が出ないという事だ。初めて遭遇した時笑ったように見えたのは、動物の威嚇みたいなものだろう。爬虫類も表情筋が少ないから、似たような理由かもしれない。代わりに声色や尾の動きである程度機嫌や感情が分かった。
「そういえば、三週間を過ぎるとわたしが危ないというのはどういう意味だい?」
駄目な事は聞いても教えてくれないが、それ以外は聞けば答えてくれる。ふと思い出して聞いてみた。一週間前に彼女は『三週間で全テ終ワラせル。ソレ以上は、シルヴァンが危ナイ』と言ったのだ。
『……知らナクテ良い。ワタシが成功しタラ知る必要ナイ。失敗しタラ嫌デも知ル』
「……?」
『交代、次はシルヴァンの番』
全然分からない返事に首を傾げていると、毛づくろいに満足したのかガブリエラが身を起こす。今は追及しても答えは得られないと悟って、ブラシを置くと彼女に背を向けた。今度は彼女の方が猿よろしく『ノミ取り』の動きで此方の頭をグルーミングしてくれる。決してノミが居る訳ではないが――そもそも普通の猿も毎日寝床を変えるからノミは付かないのだ。
「君に猿の遺伝子が入っているからかな」
『猿ハ色んナ種類ヲ取り込ンダ』
「この“ノミ取り”はね、全てが解明されている訳ではないけれど親愛の挨拶だと言われているんだよ。不安を取り除くという研究データも出てる」
『不安……』
「する側の方がね。不安の和らぎとリラックス効果だったかな。される側は大体リラックスしてる」
自分もしているよとばかりにジスカールがソファに脱力してみせる。それを見ながら、ガブリエラが何だか無言になって――つまつまと六本の手でジスカールの毛づくろいに熱中し始めた。
「……効果はどうだい?」
『効果、よく分からナイ。ケド、するノモされルノも好キ』
「そうか」
普段よりも熱心な毛づくろいに、何か不安を抱えているのだろうかと思う。
「……所で、頼みがあるのだけど」
『ナニ?』
「逃げたりしないから、外に出して貰えないかな」
『ドうシテ?』
「もう一週間は此処に籠りきりだ。歩いたり運動しないと体力や筋力が落ちてしまうし、陽の光も浴びたいのだけど……駄目かい?」
ガブリエラがつまつまする動きを止めて考えている。
『シルヴァンの健康ダイジ……基地のトレーニングルームあル、ソコでイイ?』
「あ、ああ……うん……屋外はやっぱり駄目かい……?」
逃げないよ? という顔で肩越し振り返ると、ガブリエラが困ったような顔――はしていないが、首を傾げて悩ましく尻尾が動いている。
『…………今ハダメ。シルヴァンの仲間ニ見付カる、ダメ』
「どうしても……?」
『……考エてオク。ビタミンDは魚獲ッテ来てアゲル。セロトニンはバナナ。体内時計ハ、時間通リに起こシテ寝かセてアゲル』
「ウッ、手厚い……!」
日光を浴びさせられない代わり、手厚い代案を出された。ジラフの発煙筒を使いたいがこれでは食い下がれない。また次に何とか粘ろうと思って渋々前を向いた。するとガブリエラがまたつまつま毛づくろいを始める。
「……今日は、随分と長くやってくれるね。何か不安な事でもある?」
『アル』
「わたしで解決出来るかい?」
『シルヴァンと完璧な子供作れタラ、不安全部なくナル』
「…………そう」
暫く思い悩んだ後。背後の彼女に背を倒すと簡単に受け止められ、膝枕のよう置き直されて毛づくろいが再開された。つまつまは止まないが、この姿勢ならガブリエラを見上げる事が出来る。
「……もし、もしだよ」
『……?』
「君に愛と心が生まれて、子供が居なくても充足出来るなら。もう危害を加えないと約束してくれたなら、君も村で一緒に暮らせるんじゃないかな」
『シルヴァンは仲間でモ、シルヴァンの仲間はワタシの仲間じゃナイ』
即答だった。ジスカールが少し黙り、それからまた口を開く。
「それは君が単純に嫌なのか、受け入れられないと思っているのか、どちらだい」
『両方』
「両方か」
『他の人間居タラ、シルヴァン取らレル。シルヴァン攫ッタ、ワタシはシルヴァンの仲間の敵。分かッテル』
「……そんな事はないよ」
眉を下げ、ジスカールが片手を伸ばしてガブリエラの頬に触れる。
「村に来てからのウルズスを記憶で視ただろう? ウルズスだって馴染めた。皆良い人達だ。話せばきっと分かってくれるし、君の仲間になってくれるよ」
『信じナイ』
「まだ襲撃して、わたしを攫っただけだ。今なら大した悪さじゃない」
『コレからモットすル。シルヴァンの仲間はワタシを許さナイ』
無感動なガブリエラの眸が取り付く島もない色を浮かべ、じっと此方を見下ろしている。少し見つめ合ったが、やがてジスカールの方が白旗をあげた。
「……じゃあ、もしこれ以上悪い事をしなかった時は考えて」
『ソノ日は来ナイ。ケド、分かッタ』
軽く彼女の頬をつまんで言うと、あちらも此方の頬を両方引っ張って微かに頷いた。それからまた、つまつまと毛づくろいを再開する。その手は優しく自分に対する愛着があり、確実に彼女に心が芽生えてきていると思う。だが他の人間には敵意があるようだし、彼女の不安や隠している事も気に掛かった。
「ガブリエラ……」
『ナニ?』
「……何でもな――いや、昼食は何が食べたい?」
『パンケーキがイイ。果物タクサン乗せル』
「パンケーキがお気に入りだな。よし、そうしよう」
頷くとガブリエラが手を離したので、起き上がってキッチンの方へと行く。いつもなら彼女も調理を手伝ったり見学するが、今日は違った。
『シルヴァン』
「何だい」
『出かケル。昼食ニは戻ってクル』
「……? 分かったよ」
『……シルヴァン、好キ』
立ち上がったガブリエラが、ぎゅっと一度抱擁してから出ていった。施錠音を聞きながら、ジスカールが怪訝に眉を顰める。いつもはこんな風に出て行かない。
「結構……とんでもない事を隠していそうな気がするな……」
難しい顔で頭を掻くと溜息が零れた。どうにも彼女が『苦しんでいる』ように感じてならない。嫌な例えだが、最初の妻が思い悩んで様子がおかしかった時のような気配を感じる。とはいえ今はどうも出来ない。もう一度溜息を吐くと、せめて彼女の機嫌を取ろうとパンケーキを作り始めた。
* * *
『モウ手遅レ、ダメ、どうニモできナイ。ワタシ成功スルしかナイ』
一方居住区を出たガブリエラは、あてもなく基地を乱暴に歩いている。実際口が動く訳ではないが、ぶつぶつと呟くように思念が荒れる。
彼女にしか分からない『不安』と『駄目』はシルヴァンの願いと相反して、板挟みのような複雑な感情を生じさせた。こんな感情が湧き上がる時点で自分に心が生じ始めているのを自覚する。心とは何と嬉しく喜ばしくて、同時に苦しく悩ましいものだろうか。
『シルヴァン取らレル嫌、村の仲間なれナイ、シルヴァンの願い叶ワなイ』
立ち止まり、六本の手が頭や身体を掻き毟った。苦しい、不安だ、悩んでも答えが出ない。苦しい。苦しい。苦しい。だが――それでも。
『シルヴァン、シルヴァン好キ。ワタシのモノ』
『好き』を得られたから。心が生まれた事を後悔する気持ちにはならなかった。板挟みの苦悩と、与えられた愛のお陰でガブリエラの心は急速に成長してゆく。
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