333 便り
ケン達が応接室で会議をしている頃、ジスカールは閉じ込められた居住室のキッチンで料理をしていた。ガブリエラが子供達に集めさせたであろう食材をくれたので、それを使っている。
「誘拐されて自炊するとは思わなかった……」
曰く『シルヴァンが自分デ作った方が美味シイ』だそうだ。確かにガブリエラや子供達が調理した物を口にするのは勇気が要るので有難くはある。食材は色んな自然のフルーツと、自生していたであろう芋やハーブ、首を落とされ羽を毟られた野鳥とワイルドだが普通に食べられるものばかりだ。
調味料になりそうなものは塩と砂糖、蜂蜜にワイン等、恐らく施設に残されていた中でまだ使える物を与えられている。今は野鳥と芋を煮込んでおり、塩とハーブしか入れていないが鶏出汁で中々良い味になった。
ガブリエラは抱擁を要求した後は満足したのか出て行き、まだ戻って来ない。これからを考えると途方に暮れてしまうが、出来る事をしなくてはならない。村の彼らもきっと、自分を助ける為に色々考えてくれている筈だから。
「ウルズス……寂しがっているだろうな」
こぐまの事を思うと胸が締め付けられる。出会ってからずっと一緒で、こんな風に引き離されたのは初めてだ。ジラフが居るからきっと大丈夫だろうが、心配は尽きない。とはいえ今の自分が出来る事は少ない。精々ガブリエラと交渉出来る位に信頼を勝ち得るように動く事と、後は自分の健康を維持する程度だ。
深く溜息を吐いた所に、ドアの施錠を外す音が聞こえる。見るとガブリエラが大きな箱を抱えて訪れた所だった。
「……やあ、ガブリエラ。それは何だい?」
『シルヴァンの仲間カラ、食材預かッタ。アゲル』
「……! わたしの仲間に会ったのかい……!?」
『使者を送ッタ。期限は三週間。誰か一人、ワタシが取り込む為ニ差し出シて貰ウ。断れバ、兵器を使ウ』
「そんな……!」
絶句するジスカールに構わず、ガブリエラが箱を置いた。中には野菜やベーコンや、調味料まで入っているようだった。彼らが食事を心配してくれているのが分かる。それより今の話が衝撃的で、慌てて彼女の腕を掴んだ。
「駄目だよ、そんな事はやめてくれ……! 愛ならわたしが教えるから……!」
『愛ダケじゃ駄目。人間取り込まナイと、シルヴァンと子供作れナイ』
「じゃあわたしを取り込めばいい……!」
『ソレでハ駄目。単為生殖と変ワラなくナッテしまウ』
「ガブリエラ……!」
今の彼女に何を言っても届きはしないだろう。それでも諦められるものではない。強く縋り、何をどう言えば通じるだろうと必死で考える。だが言葉が出ない。あまりに酷い顔をしていたのか、ガブリエラの掌が頬を包み無感動な水銀の目が此方を見下ろしてくる。
『シルヴァン、悲シイの?』
「悲しいよ……! 頼むから仲間を傷付けないでくれ……!」
『ソレは、仲間が居るカラ言えルこと』
「……君に、だって……ッ」
『居ル、本当にソウ思う?』
じっと覗き込まれ、言葉に詰まった。彼女が産んだ子供達には心が無い。ただ生きて彼女に従うだけの人形のようなものだ。
「……ガブリエラ、君は……」
『ワタシにハ、ワタシしか居ナイ。誰もワタシと同じニなれナイ。望まナイのニ創られテ、子孫モ残せナイ。人間ニとってハ天敵。欠陥品。邪魔なモノ。何もセズ、タダ静かに消エれば良かッタ?』
「それ……は……」
『シルヴァン』
それ以上多くを言わず、ただガブリエラがジスカールを抱き締めた。僅かに声が上がったのは、彼女が頭に入り込むのではなく、自らのガードを解いて『気持ち』を流し込んで来たからだ。頭痛は起きなかったが、流し込まれてそのまま膝を付いた。気付けば頬を涙が伝っている。何も言えなかった。
『――三週間で全テ終ワラせル。ソレ以上は、シルヴァンが危ナイ』
その言葉の意味は分からなかった。何も言えないジスカールの額にキスを落とし、ガブリエラが抱擁を緩めて部屋を出ていく。引き留める事は出来なかった。彼女から流れ込んで来た感情に打ちのめされていた。
それは圧倒的な孤独と生物としての本能、『生きたい』という強烈な想いだ。
彼女の気持ちは理解し難い。自分は彼女のように単独の種ではないから。望まず創られ、よくない扱いをされ、孤独のまま生きた事が無いから。生物として欠陥を抱え、それでも孤独を埋めようと足掻いて失敗し続け、絶望した事が無いから。
折角産んだ子を彼女が殺した事は決して褒められない。だがその子供達には『生きたい』という最低限の本能すらなかった。彼女の孤独は埋まらない。自分だって世界を救う為とはいえ大勢の人間を殺して来た。直接でも、間接的にでも。自分に彼女が責められるだろうか。
「ああ……」
顔を覆って肩を震わせた。自分では真に彼女の気持ちを理解する事は出来ない。彼女に心が無い訳じゃない。痛覚が鈍いようなもので、感情が薄いだけでちゃんと孤独を感じていた。“薄めて”これだ。まともに知覚したらどれほどのものかは想像して余りある。そして自分は“それ”を知っていた。
「ウルズス…………」
嘗て超古代文明の遺跡で彼に会った時、記憶を視て彼の境遇と想いが流れ込んで来た。ガブリエラと同じ孤独と『生きたい』という本能を感じた。同じだ。同じなのだ。ウルズスを抱き締め愛を教えてきた自分が、彼女を否定できようか。
「…………どうしたら良いんだ」
すぐには答えが出ず、力無く膝を付いていた所で――火に掛けていた鍋が溢れ出す。緩慢に立ち上がり、火を止める。それから辺りを見渡し、ガブリエラが置いて行った箱へと近付いた。何ともいえない気持ちを紛らわすよう中身をひとつひとつ手に取る。キャンプで使う為に自ら買い求めた食材を入れてくれたようだった。見覚えのある野菜や果実に、塩漬け肉や瓶詰などの加工食品。他にも色々。
「――……?」
箱の奥底に何かある。取り出すと布に包まれた筒状の物だ。不思議に思い広げると一枚のシャツだった。随分と大きいから、ケンかジラフの物だと思う。筒の方は軍用の発煙筒で、使えば航空機からでも目視できる位のスモークシグナルが出せる物だ。
「ジラフ……」
シャツからはジラフの匂いがした。自分の位置を報せる事が出来るように、機転を利かせて箱に入れてくれたのだろう。地下だから今は使えないが、心遣いが嬉しくて思わずシャツを抱き締めた――所で気付く。言い方は悪いが随分と汚れたシャツだ。まるで戦いの後のような。つまりこれは少し前までジラフが着ていた物で、それまでの周囲の記憶を持っている。気付いた瞬間、慌てて眼鏡を外した。
ガブリエラによって能力が引き上げられたからだろう。少し意識を向けただけでシャツの記憶が流れ込んで来る。強く集中すると、これまでは聞こえなかった周囲の音が聞こえて来た。
箱に入って運ばれる記憶の前は、ジラフがシャツを脱いで発煙筒を包み食材に紛れさせる所だ。『お願い、ちゃんと届いて……』と彼の声が聞こえる。その前は異形ゴリラの使者が現れて、ケンとジラフに要求を突きつける場面。ガブリエラが言った通りの内容で、他にはジラフが自分の安否を確認したり『食事が心配だから食材位届けなさいよッ! すぐ用意するからッ!』と要求する一幕もあった。
更に遡り、遊戯室で皆が会議をしている場面。シャツにはこぐまがずっとくっ付いていて、ふわ毛の感触と温かい体温まで流れ込んで来るようだ。皆が真剣に今後の相談をする中で、落ち込んでいたこぐまが皆に支えて貰い、奮起する様も視える。更にその前は、自分が攫われた直後だろう。泣いて暴れるウルズスとそれを止めるジラフとベル――自分が誘拐される瞬間まで遡って、視るのを止めた。
「…………ああ……ありがとう、ジラフ……!」
これでずっと心配だったウルズスと皆の安否が知れた。こぐまが泣く場面は心が引き裂かれるように痛かったが、会議で自身の出生と併せて健気に頑張ると言った姿は頼もしかった。ウルズスの成長と、皆の支えが嬉しくて感謝と涙が溢れる。暫く感極まり肩を震わせていたが、やがて確りと顔を上げた。
これからどうしたら良いか。何をすべきか。今視た記憶の中にヒントがあった。
『けれどね、ウルズス。仮にあなたが子孫を残せないとしても、ケン様が言うように生物、種としては破綻していたとしても――わたくしたちの仲間としては決して破綻していないのよ。あなたはわたくし達の大切な仲間、家族だわ』
このベルの言葉と、ウルズスの返答。生物として欠陥があろうとも、子孫を残せなくとも孤独を埋める事は出来る。それはきっとガブリエラも同じ筈――同じであって欲しい。自分が彼女の『家族』になれれば、誰かを取り込み子供を産まなくても孤独を埋める事が出来るのではないだろうか。
「ウルズス、ジラフ、皆……! わたしも頑張るよ……頑張る……!」
ジスカールもウルズスのように奮起し、まずは健康からと食事を摂り始めた。
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