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世界最強リサイクル ~追い出された英雄達は新世界で『普通の暮らし』を目指したい~  作者: おおいぬ喜翠
第四部 前人類世界編

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321 最初から

お読み頂きありがとうございます!

次は明日アップ予定です!

 ジスカールが目覚めて感じたのは、まず鈍い頭の痛みと――珈琲の香りだった。


「……?」


 どの位意識を失っていたかは分からない。知らない部屋、知らないベッドに寝ている――まで考えて、先程の出来事を思い出した。


「ああ、そうか……」


 まだ体は熱っぽく、だるいし頭痛もあるが動けない程ではない。何とか寝ている内に回復したのだろう。覗かれている気配は無いが、ガブリエラの存在は強く感じる。顔に手をやると眼鏡があった。ベルが掛けてくれた術が破られて、今はこの眼鏡が緩和してくれているという事だ。にしては、普段より感覚が鋭敏な気がする。恐らくガブリエラと繋がった事で、また能力が拡張されたのだと思う。


「……?」


 吐しゃ物で汚れていた筈のシャツが綺麗だ、というか着替えさせられている。思えば眼鏡だって先程は外れていたし、そもそも寝室に居なかった。つまり彼女が世話をしてくれたのだろう。


「……此方の苦痛は配慮してくれないけれど、大事にはされているという事か」


 深く溜息を吐き、それから慎重に身を起こす。珈琲の匂いが気になって、ふらつきながらリビングの方へ出るとガブリエラが珈琲を淹れていた。


「………………」

『シルヴァン、起きタ』

「……お、おはよう」

『おハヨう』


 身の丈3mの異形猿が珈琲を淹れるというのは、中々見ない絵だなと思って固まってしまった。が、彼女の知識を思えば出来ない筈がない。彼女は恐らく先程の接続で、自分の知識を手に入れたろうから。


『珈琲を淹れタ。シルヴァンの好キなモノ』

「あ、ありがとう……」


 きちんと保管されたレギュラーコーヒーやインスタントコーヒーは風味が落ちても飲めるというから、恐らくこれはこの施設にあった物なのだろう。ぎこちなくリビングのソファに座ると、ガブリエラがカップを運んで来てくれる。


「君は飲まないのかい?」

『モウ味見シた。苦イ。美味シくナイ』

「ミルク――は無いか。砂糖なら保存が利くからあるんじゃないかい?」

『砂糖アる。蜂蜜モある』

「そうか。蜂蜜も保存が利いたね。どちらでも良いから入れてご覧よ。記憶を覗いただけでは味が分からないだろう?」

『…………』


 ガブリエラが首を傾げ、少し考えてからもう一杯珈琲を淹れ、蜂蜜を入れてジスカールの隣に座る。重みでソファが少し傾いだが、動きは何だか可愛らしかった。


「頂きます」

『頂キまス』

「……ああ、風味は落ちているけど美味しいよ。全然飲める」

『美味シくナイ。蜂蜜ダケの方ガ美味しイ』

「苦いのが苦手なんだね」


 決して恐怖が無い訳ではない。だが出来る限り情報が欲しいのと、彼女は『愛が欲しい』と言った。人間を理解し、心ある子供を産む為に。その為にはまず彼女が心と愛を知らなくてはならない。そこに打開の糸口があると睨んで、努めて穏やかに振舞った。


「ガブリエラ、あの後介抱してくれたんだね。ありがとう」

『窒息、脳ニ障害残る。不死身デモ、治るカ分かラナイ』

「着替えもさせてくれたのは、不衛生だと健康に影響が出るから?」

『ソウ』


 苦笑いが出てしまう返事だが、珈琲をもう一口飲んで続ける。


「わたしの愛が欲しいんだね、ガブリエラ」

『ソウ。人間の心、分カるよウニなリタイ』

「なら先程のような事はやめてくれ。君を愛するどころか、嫌いになってしまう」

『……? シルヴァン、人間の雌にモ虐げラレてイタ。デも嫌っテナい』

「ああ、うん……!」


 心当たりがあり過ぎて思わず顔を覆った。恐らく人生を全部視られている。


「……嫌いはしなかったけど、愛は消えていったよ。だからやめて欲しい」

『……なルべくシナイようニすル。必要な時はスル。今は大丈夫』

「そうしてくれ……」


 その返事が引き出せただけで今は十分だ。


「愛というのはすぐには生まれないんだ。それに片方だけでもいけない」

『ドウしタラ生まれる?』

「まずお互いを知ろう。性格や、好きな事や嫌いな事、喜ぶ事や嫌な事、沢山の色んな事だよ。そうやって相手を理解し、相手の為になったり喜ぶ事を重ねていって――まずはお互い『好き』を生むんだ。そこから恋や愛が生まれる」


 ガブリエラが理解出来ないようにしているので、少し考えて彼女を見た。


「辞書なんかを引くとこう書いてある。愛とは相手の価値を認め、強く惹き付けられる気持ち。可愛がり、慈しみ、恵むこと。大事なものとして慕うこと。慕うというのは、恋しく思い、好意と愛着をもつ事だよ」

『……知識トシては分かル。ケド分かラナイ、難シい』

「珈琲は美味しくないから嫌い? 蜂蜜は美味しいから好き?」


 問いにガブリエラが首を傾げる。正直美味しいと美味しくないは思っても、それを好きと嫌いに紐づけた事は無かった。


『多分、ソウ』

「わたしは君が珈琲を淹れてくれて嬉しかった。どうして淹れてくれたんだい」

『……珈琲、あッタかラ。シルヴァン、珈琲好キだッタカラ』

「そういう事だよガブリエラ。介抱してくれたのは、“種馬”であるわたしの健康の為だろう? だけれど珈琲は違う。『あったから』だけなら水だって良かったんだ。けれど君はわたしが好きだからという理由でコーヒーを淹れてくれた」

『………………』


 またガブリエラが反対に首を傾げた。確かに自分は水でなく珈琲を選んだ。それは記憶でシルヴァンが珈琲好きと知ったからだ。言われてみれば、この行動は彼の健康を維持する為のものではない。その方が水より喜ぶだろうと確かに思った。


『シルヴァン、珈琲で喜んダ。ワタシのコト、好キになッタ?』

「さっきより好きになった。君がわたしの精神を気に掛けてくれたから」

『ソウ』

「けれど愛には足りないよ。こういう小さな事を沢山積み上げていかないと」

『ソウ……モット、シルヴァンの好キが欲しイ。沢山集めル』

「わたしだけでは駄目だ。君もわたしを好きになってくれないと」

『…………』

 

 彼が必要だったから攫ったのであって、好きだからではない。だから酷く考え込む事になった。彼の記憶を思い返す。あの熊の化け物とも、最初はこうして少しずつ話して徐々に様子が変わっていった。同じようになぞれば、自分にも理解できるだろうか。確かそう、最初は――。


『抱き締メて欲しイ』

「……? 分かった」


 彼は初めて熊の化け物に出会って、何よりも先に抱き締めていた。今の小さい姿ではない。もっと大きくて凶悪な、自分より醜く大きい化け物を抱き締めていた。自分と彼が初めて出会った時は、此方が無理矢理彼を連れ去った。此処に来てからも、自分が彼を抱えたり拘束する事はあっても逆は無い。


 だから試してみようと思った。要求通り彼は此方に向き直り、両腕を伸ばして身を乗り出す。軽く引き寄せられ、胸が合わさり彼の両掌が背に触れた。


「これでいいかい?」

『……モット、強ク』

「ああ」


 抱擁が深まり、頬同士が触れあう位ぎゅっと抱き締めて貰った。

 

『…………』


 こうして誰かに抱き締めて貰うのは初めてだ。とはいえ劇的な感動は無い。何かあるのではないかと、目を閉じて慎重に吟味する。彼の体温を感じる。呼吸の起伏や吐息が分かる。まだ少し体調は悪そうだ。彼の匂いがする。捕食行動で野生動物と取っ組み合う時とは違う。こんな風に誰かに優しく抱きしめられた事はない。


「これは好き? 嫌い?」


 けれど、ただそれだけ。そう思った時に問いが聞こえた。また考える。好きか嫌いかは難しい。美味しい美味しくないは分かる。それに近い考え方をしてみたらどうだろう。今こうしているのは嫌ではない。では好きだろうか。


『嫌じゃナイ。シルヴァンの匂イ、美味シそウ。多分好キ』

「美味しそうか……他には? わたしは君の体毛がふわふわで好きになったよ」

『他……』


 ふわふわと聞こえて、試しに腕を曲げて彼の髪を触ってみた。ふわふわではないけれど、子供達の毛のようにゴワゴワしていないし柔らかい。これも好きかもしれない。後は――と、好きかもしれない所を探すようごそごそ六本腕で全身をまさぐり始めると、途端に慌てられた。


「待って、ストップ……! それは駄目だよ……!」

『……? 痛クしてナイ』

「いや……痛くはないけれど、その……! く、くすぐったいから……!?」

『……? 分かッタ』


 不思議そうにしたが、まさぐるのは止めた。何故だか頬を赤らめた彼が代わりにとでもいうように彼女の鬣を優しく撫ぜる。これは記憶の中で熊の化け物がよくして貰っていた行為だ。


『――……』

「これはどう?」

『…………分カらナイ』


 撫でられている。抱擁と同じく『それだけ』で劇的な感動は無い。けれど。


『分カらナイかラ、モットしテ』


 何となく終わらせるのが惜しい気がして、気付けばそう求めていた。あの熊の化け物も、最初はこんな気持ちだったのだろうか。

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