319 愛の巣
ガブリエラに捕まり、そのまま瞬間移動したジスカールは見知らぬ建物の中に居た。必死で視線を巡らせると、武骨なコンクリート壁で先程までいたシェルターに作りが近い。だが壁面にペイントされたフロア案内は、これまで見た事が無い文字だ。気温も息が白くなるほど低い。恐らく北寄りの異国の軍事施設、もしくはシェルターなのだと思う。
「……あの、ガブリエラ……離してくれないか……」
暴れた所で敵わない為大人しく運ばれているが、先程念話で彼女が人語を解するのは分かっている。ダメ元で声を掛けてみた。
『マだダメ。此処ハ冷えル』
「……!」
会話に応じてくれる事以上に、まるで自分の身を案ずるような返事に目を瞠った。確かに先程から、自分を寒さから守るよう胸と腕で包み込んで移動している。
「心配してくれているのかい……?」
『人間ハ弱い。子供を作ルのに、オマエの健康状態ダイジ』
「そ、そう……」
“子供を作る”に思わず目が泳いでしまうが、意を決して交流を続けてみる。
「シルヴァンだよ」
『……?』
「わたしの名前だ。オマエではなくシルヴァンと」
『……名前、ジスカールじゃナイ? ソウ呼ばレテいタ』
「ジスカールは姓の方。ガブリエラは名前だろう? だからわたしも名前の方が良いかと思って」
『ワタシ、姓は無イ。シルヴァン、分かッタ』
案外あっさり受け入れて、ガブリエラは謎の施設を進んでいく。突き当りに鉄の扉があり、潜ると四角い部屋で――がたんと揺れた後に浮遊感と振動、機械音がありエレベーターなのだと分かった。此処には動力が存在している。
「ガブリエラ、此処はどこだい?」
『北ノ地下軍事施設。今はワタシのモノ』
「そう……君が復旧させたのかい?」
『ワタシが此処ニ来た時、マダ動いテタ。メンテナンスはサセてイル』
「ああ、そうか……」
ガブリエラは前人類が消え、異世界から新人類が来るまでの空白の数十年を生きている。燃料切れで施設が止まる前に辿り着き、そのまま維持していたのだろう。つまり彼女には施設を維持するだけの知識があり――今『させている』と言った。引っ掛かったがエレベーターが止まり、扉を潜ると先程よりずっと気温がマシになる。
「……!」
エレベーターを出ると軍事研究所のようなフロアが広がっており、防寒にか軍用ジャケットを羽織った異形チンパンジーが忙しく動き回っていた。その手には工具があったり、書類があったりとまるで人間の作業員のようだ。『させている』とはこういう事か、と否応なしに理解する。
「君の子供達か。……まるで人間みたいに働くんだね」
『教えレバ、人間ガ出来ル事は殆ど出来ル』
「それは……凄いね……」
『ケド、心無イ。働きアリと一緒』
「…………」
だから襲撃時、猿達はあんな動きをしていたのかと理解する。
「……だから、わたしを?」
『ソウ、ワタシだけデハ駄目だッタ。タダノ、弱い生き物シカ生まレ無かッタ』
答えながらガブリエラは施設を進む。
『雄の種ヲ取り入レてカラ、子供は強くナッタ。ワタシの力も少し受け継イダ』
「……超能力か。念動力以外も?」
『テレパシー。ワタシと子供タチ同士ナラ届く』
「そうか……」
有性生殖で父親側の種はガブリエラによって強化されたが――野生の本能は失われ、心の無い無感動な生物になってしまった。どの子供とも親子ではなく、虫の女王とその配下のような関係なのだろう。
「君の遺伝子が強いのかな……その――決して了承した訳ではないのだけど、もしわたしと子供を作っても期待に添えるかは分からないよ……?」
『大丈夫』
どういう意味の大丈夫か分かる前に、目的地らしきに辿り着いた。居住区の一室――の中でも恐らく上等の部類だ。ホテルのスイートとはいかないが、リビングと寝室に分かれていてトイレと浴室、キッチンまで付いている。そこでやっと下ろされ、恐る恐るガブリエラを振り返った。
『シルヴァンなラ、大丈夫。ワタシはシルヴァンの記憶ヲ視た』
彼女が口裂けのように笑い、三対の手を伸ばして触れて来る。腰を、肩を、頬を包む手は爬虫類の化け物のようだが酷く優しい。愛しさすら感じられるのに、此方を見詰める水銀を流したような眸には感情が見えない。
『子供タチ、心無イのワタシのせい。ワタシに人間ミタいな心無いカラ』
「…………あ、ああ」
『シルヴァンは、化け物気にシナイ。アノ熊ノ化け物も、シルヴァンは愛シタ』
「……ウルズス?」
頬を愛し気に撫ぜながら、『大丈夫』の理由を明かしながら。ガブリエラが微かに首を傾げた。触れていてもジスカールを覗けないのが不思議なのだ。
『ソウ、アレも心ガ無かッタ。だケど愛をシルヴァンが教エタ。ワタシも愛が欲シイ。ソウしタら、ワタシは人間が分カル。子供モきっと心ガ生まレル』
「…………だから、わたしを」
選んだのか、と漸く理解する。超能力の相性だとかそんな事では無かった。確かに強い子を産みたいなら自分以外の雄を狙った方が早い。だがガブリエラの目的は強さではなく心だ。最初に記憶を覗かれた時、ウルズスとの記憶を視て彼女は自分を選んだのだろう。
『シルヴァンはもうワタシのモノ。シルヴァンはワタシを愛スル。子供を作ル』
「違う、わたしは君の物じゃない。ガブリエラ、やり方を間違えているよ……!」
『……?』
まるでジスカールの返事が聞こえていないように、また首を傾げて鋭い爪が眼鏡を外して放る。途端にガブリエラの気配が強烈に膨れた。
『大丈夫』
「何が……!?」
『アア、視エて来タ……』
「……ッ!?」
逃れぬようがっしり頭を掴まれる。途端に頭に鋭い痛みが走った。物理ではなく、彼女が頭に入ろうとしてくる痛みだ。
「やめてくれガブリエラ……! それは辛いんだ……!」
『マダ、よく視エなイ。モっとシルヴァンの事、知ル。全部視ル、視セテ』
「ッッ、ぐ……ァ……!」
入り込んで全てを覗こうとするが、ベルの術に阻まれ思ったように覗けない。またガブリエラが首を傾げた。
『コレ、邪魔。入れナイ。コレのせいデ、一度視えナクなッタ』
「ガブリエラ……! 頼むからやめてくれ……ッ!」
『コレ、邪魔……』
また言葉が届いていない感覚に襲われる。拒もうとした腕は彼女に優しく囚われた。触れる手は愛し気なのに、苦しむジスカールの様子は歯牙にもかけない。そのままガブリエラが額を合わせ――触れあった瞬間、遠隔ではなく直接彼女が頭に入り込んで来た。
「ッが……!」
『コレ、コレ……邪魔……』
息も出来ぬ程の頭痛が襲い、ジスカールが硬直する。構わずガブリエラが脳内――感覚世界の中でベルの掛けた術に触れる。コツコツと爪で叩き、強度を確認した後で無理矢理引き裂いた。ジスカールから絶叫があがり、酷く痙攣し仰け反る。が、構わず押さえこんで彼の精神を覗き込んだ。
前は全て覗ききる前に邪魔されてしまった。ジスカールにガブリエラの記憶が流れ込んで来たように、それ以上の奔流で彼の記憶が流れ込んで来る。これまでの人生、得た知識も全て。
思った通り彼には愛がある。自分と同じ心の無い生物兵器に愛を与え、共に世界を守る為、同族である人間達と戦った。過去に遡っても彼は辛抱強く、誰にでも分け隔てない。自分を産み出した人間達とは全然違う。
沢山の雌が彼を求め争っていた。この時点で優秀な遺伝子の持ち主と分かる。超能力も相性が良い。身体は他の人間と同じく弱いようだが、それは問題無い。自分の遺伝子が混ざれば子は強くなる。彼との子ならば、最高傑作が生まれるだろう。
残念なのは、自分達の子では永遠に子孫繁栄が出来ないという知識だった。だがそれも問題無い。彼は条件があるようだが“不老不死”だ。子孫を残せなくとも、永遠に彼と子供を作り続ければ良い。人間の寿命は短くない。生み続ければ自分の子らは地に満ちる。後は――――。
「ぁ、が……ッ、ごぼ……ッ」
ジスカールが白目を剥き、逆流した吐しゃ物で窒息しかけている。漸く気付いて頭から抜け出し、呼吸を確保してやった。何度も咳き込んだ後はぐったりしてしまったので、ベッドに寝かせて身体を清め休ませてやる。彼の超能力は自分に比べて未発達で、繋がると苦痛を覚えるようだ。だがそれも問題無い。
『大丈夫、スグ慣れル』
先程落とした眼鏡に能力抑制効果があるようなので、青褪めて苦し気な顔にかけ直してやる。繋がる度に彼の能力はつられて開発されるし、続けていればその内慣れるだろう。それに記憶の中でも彼はよく雌に虐げられていた。だからこの位で彼が自分を嫌う事はない。まったく問題無い。大丈夫だ。
『シルヴァン、ワタシのモノ。子供を作ル準備スル。大人しく待ッテいテ』
眼鏡の効果かほんの少し息が穏やかになるのを見て、ガブリエラがジスカールの頬を愛し気に撫ぜ――部屋を出ると鍵を掛けた。彼の知識を得る事で、この先やる事が定まった。まずは彼以外の人間を取り込まねばならない。
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