31 死の土地
踏み入った途端、嫌な気持ちになった。
何がどうと明確には言えないのだが、今まで居た場所とは空気が違う、深く息を吸い込むのが躊躇われるような陰鬱に満ちている。
空はどんよりと曇り、一面の色褪せた砂漠が広がっている。爆心地そのものではなく、ずっと離れた場所であるのに、鳥は居ない、植物も無い、生命の気配が無い。自分達の他にどんな生き物も生きているようには思えない。
「なんとも嫌な場所だなあ!」
シンプルにケンが感想を零し、顔を顰める。その横でガンが幾つも“眼”を飛ばし、屈んで地面の砂を握った。
「リョウ、カイ、何か魔法的なもん感じるか?」
「どうかな、ちょっと調べてみる」
「少々お待ちを……」
リョウとカイが目を閉じ辺りに感知を走らせる。
「何も無い……かな……」
「そうですね。不自然な程に何もないというか……」
「そうだね、エーテルレベルで何も感じ取れないのが不自然だ」
「エーテルとは何だ?」
魔法はさっぱり詳しくないケンが首を捻る。
「えっと、僕の世界では、になるけど。通常どんな生物でも持っている生命力や気みたいなものだよ。多寡はあっても植物だって微生物だって、生きている以上は持ち合わせているもの」
「なるほどなあ」
理解したように頷くケンの傍ら、ガンの眉間にどんどん皺が寄っていく。
「こりゃ良くねえ兵器使ったなァ……」
解析を終えた砂を捨てて、立ち上がる。
「完全に死んでるよ。おれの知らねえ技術だから、憶測にはなっちまうけど。これは全ての生命を殺す兵器だ」
これ以上調べるのは無駄とばかり、放った“眼”を呼び戻すような素振り。
「おれの世界の過去だとな、核爆弾とか水素爆弾とか環境にすげえ影響与えるレトロな兵器があったんだ。最初はそれかと思ったんだが、それにしちゃ世界の状態がましだった。この世界には“冬”が起きてない」
そこまで言って、説明が面倒になると思い至って首を振る。
「この世界はおれが居た世界に似ているが、違う発展を遂げた世界なんだと思う。おれの世界の過去兵器を飛び越えた『クリーンだがより悪質』な兵器が使われている」
「クリーンだが悪質……」
響きに聞いている三人も眉間に皺を寄せる。
「おれの世界のレトロ兵器は、使うと土壌や大気を汚染し、空を灰が覆って地球を凍らせる。つっても数か月か数年の話だ。生命や自然は滅ぶか減少するだろうが、地球自体が死ぬ訳じゃない。汚染に強い種だって居る。何百年かすれば何とか回復出来る“くそ汚染”だ。やり過ぎなきゃな」
やり過ぎたら勿論アウトだが、と。戻って来た“眼”を乱暴に握って回収し、次の座標を指定するように地球のホログラムを呼び出す。
「此処で使われた兵器は、それに比べたらずっとクリーンだ。土壌は兎も角大気汚染が少ない。だから他の場所には自然が残っている。だが、悪質だ。爆心地と周辺地は完全に死んでいる。土壌のバクテリアや菌すら死滅してる。汚染じゃない。完全に殺されてる。復活しない。これは回復出来ない」
カイを呼び、次の座標を示した。慌ててカイが次のゲートを開く。別の爆心地周辺へと繋がるゲート。もう事前に調べる事も無く、足早にガンが踏み入っていく。三人も慌てて後を追った。
「――仮に回復の見込みがあったとして、何万何億年と掛かるだろう。そりゃ神が慌てて強制リセット掛ける訳だよ」
踏み入り、ざっと調べて次へ、次へ、次へ、次へ。
結局――“何処も同じ”だった。
* * *
巡るのに長い時間は掛からなかったが、それでも村へ戻って来ると酷く疲れたような気になった。
「……ひとまず、地道に世界中を緑化運動させようという神の試みではない事だけは分かったなあ」
「そうだね、回復出来ないんだもんねえ……」
何だか疲れてしまったので、動く前に野草茶で一服する事にした。温かいものを飲むとほっとする。
「蘇生や回復魔法も殆ど意味がありませんでしたものね……」
カイが使った蘇生魔法はまず効果が無く、リョウが使った生命力を分け与える回復魔法は一瞬効果があるようかに思えたが、大海の一滴を回復した所で――という状態だった。
「もうあの土地は最悪おれらの喧嘩場所にする位しか使い道ねえなァ……」
「周辺被害は気にしなくて良いもんね……けど不毛な使い道だあ……」
「いつか何か回復手段が見付かると良いのですがね……」
「……まあ、回復出来ないのならば仕方あるまい!」
いち早くケンが気分を切り替える。
「今は確認出来ただけで良しとしよう。手の施しようの無いものにずっと落ち込んでいては時間が勿体ないぞ! 今日はまだまだやる事がある!」
「はっ、そうだった」
「石鹸ですね……!」
「うむ、石鹸だ!」
「おまえらどんだけ自分の匂い気になってんの?」
ともあれ、石鹸作りに着手する事にした。
まずはミツロウを得る為に、蜂の巣を探す事にする。これはガンが“眼”を飛ばして木の高所にある熱源と羽音などを頼りに探して割とすぐ見つかった。
それから虫に刺されないケンが木を登って蜂の巣を毟り取って来る。木が折れないか心配になったり、蜂に群がられて真っ黒になっているケンがやや面白かったりしたが、無事取って来る事が出来た。
「ミツロウも嬉しいんだけど、蜂蜜が摂れるのも相当嬉しいんだよなあ」
村に戻り、ホクホクとリョウが作業を始める。巣に切れ目を入れて逆さにし、“たれ蜜”が摂れるよう器の底から少し浮かせて設置する。これで一晩程置けば、重力で蜜が垂れ滓や花粉の入らない純度の高い蜂蜜が得られるのだ。それから滓を絞ってまた蜜を出し、滓を加工するとミツロウとなる。
「蜂蜜は美味しいですからねえ。ミツロウも石鹸以外にも色々使えますし」
カイはココナッツオイルを増産するべくココナッツの白い部分を削りながら、ホクホクと嬉しそうにしている。
「ふぅむ、沢山使いそうだし、いずれ養蜂をしても良いやもしれんな」
「養蜂か、いいね。巣箱作って設置したらいけるかな」
「あ、私昔養蜂しておりましたよ!」
「魔王なのに養蜂してたのほんと面白いんだよなあ」
ケンはオリーブオイルを増産するべく、オリーブの実を握力で砕いている。そこに炭酸カリウムを抽出する為の灰作りに使う、カリウム多めの植物を集めてきたガンが戻って来る。
「ガンさんおかえりなさい。こっちの作業は順調だよ」
「今は養蜂の話をしておりましたよ」
「おお、お疲れ。養蜂ってなに?」
「蜂蜜などを採る為にミツバチを飼育する事だぞ、ガンさん!」
「へえ、そういうのもあんのか」
聞き慣れない響きに感心しつつ、ガンが植物を燃やし始める。この灰を熱湯と混ぜて、一晩置いて濾して使うのだ。
「養蜂というと、養鶏や養豚もしたくなるな。その内小屋でも作るか」
「それは良いですねえ。やる事が尽きませんねえ……!」
「そうだガンさん、蜂蜜食べた事ある?」
「おお? 無えな」
「そうですかそうですか……!」
リョウが木の匙で溜まり始めている蜜を掬ってガンの所まで持っていく。
「はいガンさん! どうぞ!」
「……?」
出されたので、怪訝にガンが匙をぱくっと行く。既に蜂蜜の味を知っている面々は、にこにこと様子を見ている。
「……!」
「どうですかガンさん!」
「どうですかガンナー……!」
「おー、果物より甘え。サトウキビよりねちゃっとしてる。風味も違う。後めちゃくちゃ口の中に残る」
「ココナッツジュースの時も思ったが、ガンさんは感想を求められた時の食レポがど下手くそだな? 全然美味そうに聞こえんのだが!」
「確かに、普段の食事の方がずっと自然に美味しそうにされてますものね。感想を求められると気を取られてしまうのでしょうか……?」
「うるッせえな……! ちゃんと美味えよ……!」
「良かった~!」
ちゃんと美味しいそうなので安堵した。
その後もあれこれと作業を進め、昼食や夕食は蜂蜜も使って楽しみ、翌日へと備えていくのだった。
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次話は明日アップ予定です。




