308 トレース
今日の夕飯はバナナの葉で包んだ魚の蒸し焼き、焼き野菜にディップソース、カルパッチョに海藻サラダ等々、トルトゥーガでも食べやすいメニューだった。人化すると味覚も少し変わるのか、人間風の味付けも美味しく食べられたようだ。
まだ人間の身体に慣れない為、少しぎこちないが皆の真似をして食べ方もすぐに上達していった。普段ののんびりしたイメージとは裏腹に、魔法は緻密だし案外適応能力も高いのかもしれない。
夕食自体は近況報告と不慣れなトルトゥーガへのレクチャーで終わってしまった為、“例の件”に対しての相談は一切出来なかった。
「陸の事を知る為に数日滞在するのでしょう? 明日にはちゃんとした着る物を用意してあげるから、今日の所はこれを着ておいて頂戴」
「寝床はタツどんのベッドが空いとるし、其処を使ったらええです!」
食事が終わるとベルがゆったりしたガウンを着替えに渡し、早々に男達は風呂へ追い出された。
「じゃあ儂は海上都市に戻るわい! トルトゥーガ殿また明日な……!」
「待てッ! 行かせんぞタツさん!」
「うわあああ離せ嫌じゃあ!」
「おまえが頼まれた仕事だろうが! 責任取っていけよ……!」
タツがいち早く逃げようとしたが、ケンとガンにあえなく捕まった。
「そうだよタツさん、まだトルトゥーガさんは下半身が完全体じゃないんだからトレースさせてあげないと」
「そうですよタツ、あなたのイチモツをトレースさせてあげるべきですよ」
「嫌じゃああ! 儂のイチモツはオンリーワンなんじゃあ!」
『やあ……そんなに……必要な物……なのだろうか……』
「そうねェ、折角のこんな神々しいイケメンなんだもの! やっぱり見えない部分も完璧にしたいわよォ……!」
恐らく直接見る事は無いだろうが、ベルは完璧主義なのだ。彼女が命じた以上、やらないで誤魔化すという選択肢は無い。必ずバレるし発覚したら物凄く責められる。つまり誰かが生贄になるという選択は避けられなかった。
脱衣所に着くと、改めて『誰がトルトゥーガにイチモツをトレースさせるか会議』が開催される。
「俺も正直タツさんで良いだろうと思っているが、一応相談はしてやろう。人化のクオリティで負けた上にイチモツを模倣されるのは耐え難いだろうしな……!」
「あああ、一応でもケン殿優しいいいいいいい……!」
「僕とカイさんは無理だよ! 恋人達が作り上げた理想のイケメンに自分達のイチモツを付けるなんて耐えられない……!」
「そうですよ! 万が一比べでもされた日には……!」
辛い顔でリョウとカイが言う。理由が御尤もなのでケンも寛大に頷いた。
「うむ、そうだな。流石にリョウさんとカイさんは除外してやろう……! そして俺もガンさんのイチモツを模倣させてなるかという思いがある為ッ! ガンさんも除外する……ッ!」
「おっ、何か知らんがサンキューケン!」
「となると、ケンちゃんかアタシかタッちゃんになるわネ……?」
「儂も儂も儂も除外して欲しいんじゃよぉおおぉ……!」
タツが悲壮にジラフへ縋った。
「んもう! 仕方ないわねえッ! じゃあアタシかケンちゃんネッ!」
「やったああぁあジラフ殿ありがとぉおおぉ……!」
「ふむ、俺かジラフさんか。別に構わんのだが……」
「アタシも別に良いわヨッ!」
ケンが顎を押さえ、少し考える素振りを見せた。
「皆も知る通り――俺とジラフさんは最高峰のご立派だ。このスペックのトルトゥーガさんに付けてしまって大丈夫か?」
「どうせぶらさげるだけで使わんじゃろ! サイズなど何でも良いわい!」
「おれもどうでもいいわ」
「え……それはちょっと……嫌かもぉ……!」
「使わないにしても……それは……ちょっと……!」
例え歌手や役者に対するようなキャッキャだとしても、使われる事が無いとしても、何となく恋人持ちの二人が難色を示した。
「出来ればその……ですね……ぼくよりは立派でなく……いや、ええと……」
「多くは望みませんので……出来れば最高峰以外で……」
「おいこっち見んじゃねえ!」
「いや、ええ……もうタツさんで良くない? 初志貫徹でほら……」
「何を言うリョウ殿! 儂とリョウ殿はどっこいサイズじゃぞ!」
「ハッ……!」
そこでカイが電撃的に閃いた。ジラフの様子を窺うようにちらちら見ながら、慎重に口を開く。
「……ジ、ジスカール……ジスカールのサイズなら……!」
「ハッ……!」
「確かに……! ジスカールさんならリョウさんを越えずだがガンさんを下回る程でもない……! 丁度良いのでは……!?」
「おいおれが小せえみたいな言い方すんな! 普通だ普通……!」
何やらサイズの事で揉めている様子を、トルトゥーガが不思議そうに眺めていた。亀として生きてきた彼にはまったく理解出来ない価値観だが、彼らには重要らしい。やがて皆がジラフの意向を問うように視線が集まる。
「フ……仕方ないわネ……! トレースされた所で推しの価値は揺るがない! 何ならファングッズと思えば良いわ! 許可します……!」
「そこでファングッズって発想出て来るの怖い」
「怖いのは否めませんが許可が出たのは有難い事です……!」
「うむ、善は急げだ。トルトゥーガさん、風呂へ入る前にジスカールさんをトレースして来い……! どうせこの時間ならキャンプでゆっくりしているだろう!」
顔見せを兼ね、今回はリョウとカイとタツがトルトゥーガに同行しトレースを頼みに行く事になった。ケンとガンとジラフは風呂に入りながら、彼らが戻るのを待ち――ほどなく、一時間弱で皆戻ってくる。
「おお、どうだった! まあ見るからにトレース出来ているが……!」
「間違いない、アレはジスカールちゃんのジスカールちゃん……ッ!」
「ただいまぁ……!」
どやどやとトレース組が全裸で風呂場に入って来る。トルトゥーガの股間には間違いなく精密にジスカールをトレースしたイチモツがぶら下がっていた。
「ジスカールさんの様子はどうだった?」
「最初は明らかに『自分は何を頼まれてるんだろう』って顔してたけど、細かに事情を説明したら快諾してくれたよ……!」
「あいつまじ心広いな……!?」
「きゅん! 流石ジスカールちゃん……!」
ついに完全体となったトルトゥーガを、タツとカイが洗い場に連れてゆき洗い方や道具の使い方を教えてやっている。
「頼み自体は別として、皆の顔を見られた事は喜んでくれましたよ」
『やあ……ウルズスとも……遊びやすいサイズになれて……良かった……』
「頼みの方も、了承後はしっかりトルトゥーガに見せてやっとったしな」
実際見せている場面を想像するとシュールなのだが、相手が亀なのでジスカールも特に恥じらいなく見せ、亀と人間の違い等の説明もしてやったらしい。
『やあ……人間は……これを排尿と交尾……両方に使うんだね……後は常に……発情期なんだとか……』
「あいつまた発情期の説明を……!」
「トルトゥーガさんにまでしおって……!」
「いやその説明僕らも聞いてたんだけどさ、結構びっくりしちゃったよ……!」
リョウが聞いた所によると、亀には肛門が無いらしい。代わりに肛門と排尿口と生殖口を兼ねた総排出腔という物が存在するのだそうだ。尚且つそこから水を取り入れ酸素を得て、つまり『尻で呼吸が出来る』という凄い能力がある。
「それだけ身体の機能が違えば、イメージし辛いだろうと納得してしまって」
「そりゃそうだが、あいつなんでそんな亀に詳しいんだ……?」
「あ、子供の頃飼ってたらしいよ」
『やあ……大分この身体の……使い方も分かったよ……陸地なら……確かにこの方が……良いね……タツが普段……人型なのも……納得だ……』
「うはは! じゃろう! 今回だけと言わず、沢山遊びに来ると良いぞ!」
カイに頭を洗って貰いながら、トルトゥーガが嬉しそうにした。同じ神獣仲間として、タツも満足そうだ――が、ふと思い出したように顔を上げる。
「そうそう、ケン殿ガンナー殿ジラフ殿~! 聞いて欲しいんじゃよ~!」
「あっちょ、タツさん……!」
「タツ……!」
「何だ! この反応リョウさんとカイさんのやらかしだな!?」
「やらかしまでは行かんのじゃけど~! この二人な~!?」
リョウとカイが『くっ』という顔をし、タツが笑いながら続ける。
「事情を説明した時、ジスカール殿に『二人共、サイズを気にし過ぎだよ。良し悪しを決めるのはサイズだけではないんだから……』と諭されとった~! 儂もう笑ってしもうて~!」
「ぶはは! 正論であるな!」
「ジスカールに言われんのめっちゃ効きそうで笑う」
「そうよォ! 別に大きければ良いッてもんじゃないのよォ!」
盛大に三人に笑われ、リョウとカイが歯噛みした。
「だって仕方ないじゃん!? こちとら日々ケンさんとジラフさんに見せ付けられてるんだからさあ!?」
「そうですよ……! タツはいつもお風呂が別だから笑えるんです……っ!」
「いやあ、気持ちは分からんでもないけど! サイズを気にするより他を磨けという事じゃて~!」
やいやいと言い争いながら、賑やかに風呂の時間は過ぎてゆく。今日は珍しくタツも居て、トルトゥーガまで居るのは初めての事だった。何だかんだ楽しい時間を過ごして、夜は深まり翌日を迎えるのである。
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