27 懺悔
私は魔界の――世界の内、魔族の領土の事をそう呼んでいます。私はそこで、次の魔王として生を受けました。
父も祖父もその前もずっと魔王です。魔界で一番力のある、魔王の系譜の一族です。魔族にも家族が居るのが不思議ですか? 知性の低い魔物とは違い、魔族には人間達と同じく社会があります。
貴殿の世界とは違うかもしれませんが、私の世界ではという事でお聞きください。
魔族といっても、吸血種や邪竜種、巨人種、淫魔種等、人間でいう人種のような違いはあります。それでいくと私はスタンダードな純魔族ですね。
先ほど人間と同じく社会があると言いましたが、価値観は全然違います。
私達魔族の世界では、力こそが価値。どれだけ良い家に生まれようと、力無くば無価値です。無名の在野であろうと、力があればそれだけで価値と権力を生みます。
魔界と人界は古来より争ってまいりました。
人間は私達魔族にとっての糧であり家畜です。肉や精気の食餌として、あるいは奴隷として、残虐な娯楽の道具として。同じ対等な生物とみなしてはおりません。人間は、新たに開拓し支配する予定の土地に住まう、ただちょっと“食いで”のある下等な生物だったのです。
そんな事、人間達も簡単に受け入れはしないでしょう。彼らは弱く脆弱なりに、神を頼り知恵を絞り、魔族へ必死で抵抗していました。
その頃の世界は、六割が魔界、四割が人界だったと思います。
父は――先代の魔王は、人間嫌いで早急に十割を魔界にする事を目標としておりました。これは魔界全体の目標でもあります。父ほど早急にはならずとも、いずれ必ずという、確定した目標でした。
私は血筋でも力でも跡取りとして決まっておりましたので、父の願いを叶えてやろうと、より効率の良い人界攻略は無いかと模索しておりました。
その中で、敵を知る為に人界に潜入するという手段を取ったのです。
人に化け、人間社会に潜り込み、彼らの思考と戦略を知る。下等生物とみなした人間社会に潜り込もうとする魔族は滅多におりません。だからこそ、そこに糸口があるのではと思ったのです。
私は最初に、大国の王都で貴族の使用人として雇われました。
この国が一番大きく、貴族の身近であれば情報も、あわよくば面倒な人物を殺してしまう機会にも恵まれると思ったのです。
馴染むための知識や作法は問題ありません。事前に捉えた人間から必要な情報を抜き取ってありましたし、洗脳した地方貴族に紹介状を書かせて潜入しました。
最初に呆れ果てたのは当主に挨拶した時です。彼は屋敷の誰より弱く、価値が無かったのです。門を守る衛兵の方がずっと強く価値がありました。
物理的な強さが無いのならば、知識や魔力や最悪外見か人間性でも秀でているのかとも思いましたが、まったくもって無価値でした。
代々貴族だから、地位があるから、それだけの理由で無価値な当主を敬い付き従う屋敷の人々も理解が出来ませんでした。そしてこれは人界の縮図なのだとすぐに分かりました。毎晩のように行われる宴で、毎週のように催される夜会で。似たような人間ばかりを目にしました。父が人間を嫌う理由がすぐに分かりました。
それでも情報を得る為、人間を知る為、私は暫くそこで働いたのです。
大きな国らしく、貧富の差は激しいようでした。華やかな大通りから少し道を逸れれば、貧しい人々が喘ぐように暮らしておりました。
魔界と違うのは、価値ある筈の人間すらそこに甘んじていた事です。彼らは皆、人間が決めたルールに縛られているようでした。私は彼らも嫌悪しました。
働く内、一人の少女が私に懐いてきました。
貧しい家の出身で、表には出せないような下働きの少女です。彼女は快活で聡明で、鍛えていないだけで魔力の素養もありました。価値がありました。
屋敷の皆が彼女を無価値と苛んでいたので、価値を見出しそれなりに扱う私を優しいと誤解したのでしょう。
勿体ないと思い、私は空き時間で彼女に文字や魔術の基礎を教えてやりました。あんな無価値な当主が居座るより、価値ある彼女が成長し人の上に立つ方が、人間はずっとましになると思ったのです。
ですが彼女は亡くなりました。
無価値な当主が戯れで彼女を強姦し、それを奥方に咎められ、何故だか彼女が“誘ったのが”悪いという事になり、屋敷中に責められ折檻され、追い出され、絶望した彼女は川に身を投げたのです。
まったく理解が出来ませんでした。
私は屋敷中の人間を惨殺し、姿を変え、次の国へ向かう事にしました。
次の国でも、また次の国でも。状況は違えど似たような事が起きました。
私は理解しました。人間が決めたルールの中では、彼女達のような人間は生まれ次第で価値を高めて生きていけないのだと。無価値な人間の戯れで、簡単に摘まれてしまうのだと。勿体ないと思いました。
次第に私は、勿体ないと思った人間を摘まれる前に保護して拾うようになりました。善行ではありません。人間がこのまま死んでは惜しいからと、気に入った犬や猫を拾うような感覚です。
魔族にも他の人間にも見つかってはいけないので、空間を操作し絶海の孤島で彼らを生育する事にしました。
私と『人間の研究の為』と説明し用意した使い魔は、人の姿に化け、彼らと同じように暮らしました。導きやすいよう、教会に住まい司祭とシスターの姿を取りました。今の私の姿はその名残です。……長寿なのはエルフという事にして誤魔化したのですが、今思うとエルフの司祭とシスターは可笑しかったですね。
そうそう、絶海の孤島での生活は不便ですから、資材の搬入以外にも島で生産可能な物は作れるよう設備や技術も揃えて与えました。私が塩を作った事があるのはその為です。
生育する人間達には『さる人物がお前たちの境遇を惜しみ、秘密裏に教育の場を与える為にこの島を用意した』と伝えてありました。
彼らはどんどん成長し、価値ある素晴らしい人間へと育っていきました。
独り立ち出来る年齢になると、教育者として残る者も居ましたし、世界で力を役立てようと出ていく者もおりました。出ていく者には島の事を決して口外出来ないまじないを掛けましたので、人間達に島の存在が露見する事はありませんでした。
送り出した内の何人かは、魔族との戦いで素晴らしい戦果をあげたようです。
使い魔には「これは人界侵略に対する妨害行為ではないか?」と問われましたが、人間如きに負ける方が悪いのではと返すと納得しておりました。全ては力なのです。
その問いを切っ掛けに、全ての人間が下等ではなく、魔族とも渡り合える程の価値ある存在へと成長すれば、対等であれば共存も可能ではないのか? と私は思うようになりました。このまま侵攻を続けるよりも、人間も魔界の一員として生きていけるようになれば一番手間も犠牲も少ないと思ったのです。
そう思い、試しに成長し教育者として残っていた数名に私の正体と考えを明かしてみました。駄目でした。魔族との確執と人間が決めたルールは強く、彼らは私に牙を剥いてきました。仕方なく、その場で処分しました。
残った幼い子らには、彼らは外の世界へ旅立ったと伝えましたよ。
そんな折、父が勇者に討たれたと知らせがありました。
私の世界の勇者は、恐らくリョウの世界とあまり変わりません。神の導きを得て、光のちからを纏い、魔王を倒す為に送り出される最大の刺客です。
正直――魔界を生き延び進み、魔王城まで辿り着き、魔王と対峙し倒すなど、少人数の人間に与える役目としては過酷過ぎると思うのですが。まあ神ですしね。
私はすぐに次の魔王として君臨し、父が討たれた後の残務処理と新たな侵攻を開始しました。侵攻は、父の時代よりも容易かったです。ずっと人間の研究を続けておりましたので。
その中でも、時折人間を拾いました。今度は幼い子らに限定して。育ってしまうと魔界と人界の確執や、人間たちのルールが染みついてしまって駄目なのです。
やり直すには、無垢であらねばならないのです。
――リョウ、私もね。何度も勇者を殺しましたよ。中にはいつか送り出した、私が育てた子もおりました。全て殺しました。彼らが私より弱かった故の事です。
そうする内に、侵攻は終了しました。世界の十割が魔界となりました。
人間はほぼ絶滅しました。娯楽用に残された僅かの人間と、私が隠した孤島の子ら以外は。残った僅かの人間も、あっという間に消費され殺されていきました。本当に世界に生きる人間は、私が隠した子らだけになりました。
――不思議なことに、世界が全て魔界になると、今度は魔族が堕落し始めるのです。嘗ての人間達のように。
見下し搾取する為の下等生物が居なくなったからでしょうか。魔界を繁栄させる為などと理由を付け、力以外の序列をつけ、同種同士で喰いあうような醜い争いが増えてゆきました。同種に牙を向けない為に、人間は必要だったとその時にやっと分かりました。
彼らは自分達が消費し尽くした癖、まだ人間も求めていました。自分より強い者にはぶつけられない、湧き上がる残虐をぶつける先が欲しかったのです。
そして、島の子らが見付かる時が来ました。嬲る事を忘れられず酷く人間に固執し、探知に長けた魔族の一人が執念で見つけ出したのです。
私は、――私は。その瞬間に選択しました。
私は今度は魔族を滅ぼしました。子らには一切触れさせませんでした。これは私のエゴです。堕落していく魔族達を見ていたくなかったのです。
魔界と人界の確執を忘れられず、同種に牙を剥く古い魔族たち全てを滅ぼしました。人間も魔族も同じです。やり直すには無垢であらねばならないのです。
幼い魔族以外全てを滅ぼしました。この手で。
結局世界には、私と使い魔と、一握りの無垢で幼い人間と魔族しか残りませんでした。500に満たない数だったと思います。
使い魔は不思議なことに、育てた子らを愛していました。私が不在の間も世話をさせておりましたから、情が移ったのかもしれないし、無垢の影響を受けたのかもしれません。彼女は島が発見された時に、身を挺して子らを庇ったので重傷を負っていました。彼女だけが、人間と接して“善く”いられた魔族でした。
私は彼女の傷を癒し、いくばくかの力を与え、世界を彼女と人魔の子らに任せる事にしました。やり直すには無垢であらねばなりません。
新たに続く世界がどうなるのか興味はありましたが、私は、私だけが無垢ではなく罪に塗れておりましたので居続ける事は出来ません。
そうして、私は神の元へ行き滅びを望みました。
何の配慮か思惑か、この世界へ送られてしまったのですが。貴殿に会って、貴殿の話を聞いて、私は貴殿に会う為に此処に来たのだと解りました。
さあ、リョウ。これで私の話はすっかりおしまいです。
長くなってしまいましたが、私が人間も魔族も滅ぼした悪い魔王だという事がお分かり頂けたでしょう。
――――さあ、御決断を。
お読み頂きありがとうございます!
次話は明日アップ予定です!




