25 そうだ海行こう
早朝。どこかぎくしゃくしたリョウを伴い、ケンが村へとやってきた。
「おはよう! ガンさん、魔王さん!」
「お、来たか。おはよう」
ガンと魔王はとうに身支度も整えて、焚き火の横のテーブルセットで朝のお茶を飲んでいるところだった。何やら話が弾んでいた様子だったが、魔王の方は勇者の姿を見て緊張したように強張る。リョウもぎくしゃくしたまま二人の前まで来る。
「お、おはようございます……」
「……おはようございます」
ぎこちない動きで勇者と魔王が頭を下げ合う。
ケンはとっくに椅子に座って朝のお茶を貰っている。
「ケン、リョウ、こいつすげえ面白えんだよ」
「おお、一晩で仲良くなれたのだな!」
「そっちはどうだった?」
「えーと、僕がケンさんに首を刎ねられかけたくらいかな……?」
「何だそりゃ。まあ座れよ」
四人で卓を囲む。当然のようにケンがガンの前に座ったので、リョウと魔王が対面になっている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ケンとガンが「話せよ」という無言のオーラを送って来る。意を決してリョウが口を開く。
「その……魔王さん…………この度は……いや、昨日は……失礼しました……」
「あっ、いえ……こちらこそ……」
「あの、ええと……僕は勇者なんですけど……」
「はい……私も魔王です……」
ガンが噴き出しそうになってそっぽを向いた。ケンも口の端を引き攣らせて笑いを堪えている。
「ですよね……その、勇者と魔王ですけど……折角この世界に送られてきた、仲間ですし……ちょっと、その…………喧嘩はしたくないので……相互理解のお話合いとか……出来たらって思うんですけど……」
「……ええっ! いいのですか……? 魔王ですよ……?」
「いえ、僕も勇者ですし……是非……」
ガンが突っ伏して震えている。ケンも口を押えて身を捩っている。
「ちょっと二人とも! そういうのどうかと思う!?」
「無茶言うなバカ……! めちゃくちゃ我慢してたろうが……!」
「そうだぞ……! なんだその謎のお見合いは……!」
「ハーッ、無理……! リョウ先に朝飯作って。無理……!」
「酷い!」
「心無いですガンナー……!」
無理だったので結局先に朝飯を作る事になった。
リョウが朝飯を作る傍らで、ガンがケンに魔王の面白さを説明している所だ。
「こいつステータス見れるんだよ。ステータス」
「ほう! ステータスとな!」
「あっ、ええと、何でもという訳では……! 生物の場合は倒すか本人の許可が必要で……!」
「解析系の魔法って事かな? 対象のレベルとか能力値とか属性とか、そういうのが見れるやつ?」
「それです、リョウ……!」
いきなり魔王と和解トークは難しいので、こうして雑談で様子が知れるのはありがたい事だった。朝食を作りつつ、時折口も挟みつつ見守っている。
「ケン見てもらえよ。許可出せ許可」
「おお、構わぬぞ!」
「……では、失礼して」
クイッすると魔王の片眼鏡が光る。
「こいつな、視るとき眼鏡光るんだよ!」
滅茶苦茶ガンが面白がっている横で、再度魔王がブフゥする。
「おっと、見てはならないものを見てしまった感じ……」
リョウが心配そうにする。
「どうだった! なあ、魔王さん! どうだった!」
「筆舌に尽くし難いです……!」
「分かんねーからもうちょい具体的に!」
「ええ…………では読み上げます……」
片眼鏡を光らせたまま、魔王が目を眇めてケンを見遣る。
「LV9999カンスト、というか更に経験値増えてますね、これその内限界突破します……魔力以外の本体ステータスもフルカンスト、更に各種祝福効果でそれが倍増以上してます……」
「おお、まだレベルは上がるか! 楽しみであるなあ!」
「うッわ、引くわァ……」
「戦神の祝福、剣神の祝福、巨人の祝福、不老の祝福、ちょっと祝福系は多過ぎるので割愛しますね……」
「出たよ巨人の祝福……! 相撲で僕らが勝てなかった原因絶対これでしょ……!」
祝福やらでステータスページがやたら多いらしく、必死で魔王が片眼鏡をクイッし、彼にしか見えないウィンドウらしきを捲っている。
「攻撃力は最低値をE~一般最高値をA、規格外をS、SS、SSSとした場合、更にその上のEXです。ケンにこの世で破壊出来ないものはありません。これは次元を超え、神域に及ぶ攻撃力です」
「引くわァ……防御は?」
「各種祝福のお陰でSSSといった所ですね。通常の攻撃でケンが傷つくことはまずありません。王国指南役の全力の一撃でやっと血が出るか、位です」
「引くわァ……」
「ケンさんそれはちょっと……」
「わはは! お陰で虫にも刺されない!」
ドヤッとするケンを横に、ガンがうんざり顔をする。リョウも酸っぱいものを食べた時の顔になる。魔王も青白い肌が更に青褪めていた。
「ガンさんは? ガンさんは見て貰ったのか?」
「あっ、おれはステータス開示NGなんでェ」
「どうして! 俺だってガンさんのステータスが知りたいのに!」
「はいはい、朝ご飯出来ましたよ~! 食べましょうね~!」
ケンが荒ぶる前にリョウが割って入る。
本日の朝食は雉のロースト、蒸した芋、川魚と野草のスープ等々。竹と葉の食器で頂く。
「いただきまァす」
「いただきます!」
「い、いただきます……!」
「はいどうぞ~!」
四人で食卓を囲む。相変わらずケンは勢いよく、ガンは初見の物はそわそわ口を付けるが、一度食べた物は普通に食べる。魔王は感極まるといった感じでおずおずと口に運んでいく。
「あの……お口に合うと良いのですが……」
「いえ……あの、とても……美味しいです……!」
「こいつ昨日も美味い美味い言ってたぞ」
「あっ、そうなの……!? 良かった……!」
「うむうむ、リョウさんの飯は絶品であるからな!」
暫し他愛のない雑談をしつつ食事を楽しみ。
ふとガンが思い出したように顔を上げる。
「そうだ。海」
「おっ?」
「海?」
「リョウ海行きてえだろ。魔王に連れてって貰おうぜ」
「えっ」
一気に魔王に視線が集中し、魔王が一瞬で顔を赤くし恥じらうように顔を覆う。
「アッアッ! そ、そんなに一度に見つめないでください……!」
「こいつちょっとこういうきもい所あんだけどまあ気にすんな、でな」
「心無いですガンナー……!」
「煩え。おまえ昨日空間繋げられるッつってただろ、なあ」
「あっ、はい……可能です」
「……!」
「おお……!」
食べながらガンが空中に現在の地球のホログラムを浮かばせる。
「あんま遠いと失敗した時アレだから……まあ、この辺かな。出来るか?」
「ふむふむ……」
現在地からなるべく近そうな海岸線を指差す。魔王がホログラムに顔を近づけ確認を行う。
「元居た世界とは違うので、自由自在とは行きませんが。ガンナーがこうして座標を毎回出してくれるなら、地球上ならばどこでも繋げられると思いますよ」
「うおお……! リョウさん海だぞ! 海……!」
「海……っ!」
沸き立つケンとリョウ。ニッと笑うガン。
「んじゃ飯食ったら、皆で海行こうぜ。おれも見てえし――でかした魔王!」
「……フ、フヒッ……恐悦至極に存じます……!」
肩を叩かれ魔王が若干きもく嬉しそうにはにかむ。
朝食を食べ終えると、四人は慌ただしく海へ行く準備をし始めた。具体的には大量の薪と鍋と濾し布とザル等々。第一に塩を作るのが目的なのである。
「皆準備は良いか! 忘れ物は無いか!」
「おー」
「おー!」
「おー……!」
荷物を抱えて準備万端。いざ魔王が海岸へと空間を繋げる。
「――……ッ、」
詠唱すら必要無い、目の前に展開される膨大な魔力。
リョウが鳥肌を立たせ息を詰める。やはり、間違いなく、どうしようもなく魔王だ。そう再確認させるほどの力だった。
不意に目の前の空間が歪み、ぽっかりと人が通れるほどの穴を開ける。丸い向こうの景色は――海だった。
深く濃い青空、水平線、透き通るマリンブルーの海面、砕ける白波、アイボリーの砂浜。豊かな原生林や椰子の木も見える。海だ。
「ウワーッ!」
「アッ、置いていかないでください……!」
口々に歓声を上げ、三人が我先に穴へと飛び込んでいく。その後を慌てて魔王が追って行った。
お読み頂きありがとうございました!
次話は明日アップ予定です。




