227 思い出の思い出
昼食の後は、また違った景色が見られるという一角へ向かった。
「何だよこれ……! すッッッげえ……!」
「鏡のようとは聞いていたが、これは凄いな……!」
塩湖の中でもカピ神のイチオシ、塩湖の上に雨水が残って鏡面のようになっている場所があるという事で来てみたのだが――予想を遙かに上回る絶景で二人とも息を呑んだ。見渡す限りの地面全てが鏡のように空を映している。確かに地面に立っているのに、空に浮かんでいるような不思議な気持ちになった。
「これは……ちょっと…………言葉が出ねえ……すげえ……」
「ああ、本当に美しい。朝昼夕夜、時間によって違う景色が見られるらしいぞ」
「ああ、ああ……綺麗だろうなァ……」
「わはは! ガンさん、これまでで一番気に入ったみたいだな!」
ぽかんと口を開けたままのガンに笑って、ケンが倉庫からパラソルとミニテーブル、デッキチェア等を取り出す。景色の移り変わりが見たいから、ゆっくり出来るように持ってきたのだ。
「午後は此処でのんびりしよう。もうひとつの湖はまた今度で良いだろう?」
「ああ、ああ、そうだな。そうしよう」
「後はな、虹色の山も日帰りで行ける場所にあるらしいぞ」
「虹色の山? 意味分かんねえな、じゃあそれも今度行こう」
「ちょろい! 絶景で釣れば簡単にデートの約束が増やせる!」
青空にぽつんと浮かんだような景色を楽しみながら、二人ともデッキチェアにゆったりと腰掛けた。雲が流れて光の角度が変わって、ただの青空でも全然飽きない。ずっと眺めていられる。
「やッと鳥肌治まって来た……! 景色で鳥肌立ッたの2回目だ……!」
「ほう? 一度目は?」
「この世界に来た時だよ。初めて“自然”を見たからな」
「ああ、成る程」
ガンが鳥肌の立った腕をごしごし擦ってから、サングラスも直して背もたれに脱力した。森も海も雪も湖も塩湖も、前の世界には無かったもので圧倒されるし目が離せない。何度目か、深い溜息が零れた。
「カーチャンに夜まで遊ぶッて言や良かった。此処で見る星は綺麗だろうなァ」
「ああ、そうだな。だがまた来れば良い」
「女子寮建設終わったらさ、此処に泊まれる小屋でも建てようぜ」
「その内此処に住みそうな勢いだな?」
「住みてえけど此処は空気が薄い。ずっとは無理だろ」
それでもお泊り用の小屋は欲しいらしい。相当気に入ったようで、随分と景色を眺めてからやっとミニテーブルに置いたバスケットへ手を伸ばした。
「カーチャンがおやつも持たせてくれから、景色見ながら食おう」
「ベル嬢は何のおやつを作ったのだ?」
「えーと、クッキーと……これは紅茶かな? おれの好きなやつだな。カーチャンの家を訪ねると、いつも大体クッキーと紅茶が出てくるんだ」
「紅茶は魔法で淹れられるだろうが、クッキーは自分で焼いたのか?」
「……かもしんねえ。見た事無いやつだ」
ガンが不思議そうに、クッキーが盛られた皿を取り出した。後は紅茶の水筒と――ふと動きが止まり、首を傾げてから小さな小瓶も取り出す。
「何だこりゃ」
「うん?」
景色を眺めていたケンが視線を遣ると珍しそうに瞬いた。
「それは……」
「知ッてんのか? このピンクのは何だ? クッキーにも同じのが付いてる」
「懐かしいな。それは薔薇の砂糖漬けだ。ああそうか、ベル嬢は薔薇の魔女の弟子だったな」
「薔薇ッて花だろ? 食えんの……?」
不審そうにガンが小瓶を開けてくんくんと匂いを嗅いでいる。当たり前なのだが薔薇の匂いがした。クッキーにも薔薇の砂糖漬けがトッピングされ、恐らく余った分をお茶請けに小瓶に入れてくれたようだった。
「ああ、食用の花は食える。それはな、我が薔薇の魔女の好物で、いつも切らさず作っていた。『前は弟子に作らせていたのだけど、今は居ないから不便だわ』と言いながらな。俺もよく茶の時間に食わされたものだ」
「へえ……! じゃあ昔はカーチャンが作ッてたって事かな?」
「違う弟子かもしれんが、まあそうだろう。ベル嬢にとっても“思い出の味”だから今回入れたのではないか?」
ふむ、とガンが考え込む。
「じゃあ分けてやるからおまえも食え」
「おお? 俺はリョウさんの持たせてくれたおやつがあるから、気を使わんでも良いぞ。折角のカーチャンの手作りだろうに」
「や、おまえにとっても思い出の味なんだろ? そんなら一緒に食ッた方が楽しい? 嬉しい? 違うな? なんか良いだろ?」
「ふは、なら頂こう」
ケンが噴き出すように笑い、結局どちらのおやつも一緒に二人で食べる事にした。ケンの方はマドレーヌのような焼き菓子だったので、丁度どちらも紅茶に合う。薔薇の砂糖漬けは未知の食べ物なので、まずはクッキーの方を恐る恐る口に運んだ。不味くはないし寧ろ美味いが、咀嚼する内驚いたように目を瞠る。
「…………!」
「どうだ?」
「甘くて、薔薇の匂いの味がする……匂いの味だ……!」
「分かる、分かるぞ、薔薇の匂いの味なのだ……!」
「匂いの味ッてなんか不思議だな。けど匂いの味だ……」
他に良い表現が見付からず、二人して頷き合う。ケンの方もお言葉に甘えて、クッキーではなく茶請けの花びらだけの方を口に放り込んだ。
「ああ、この味だ。何だろうな、昔より美味く感じる」
「カーチャンのが作るの上手えのかな?」
「いや、味自体は同じだな。懐かしいという思い出補正かもしれん。そもそも俺は嫌いでもなかったが、好物まではいかなかったしな」
「成る程」
懐かしい、思い出という部分がプラスに働いているのだろうと勝手に解釈する。
「じゃあおれもこれを思い出の味にしよう」
「おお、良いではないか。母の思い出の味が、ガンさんの思い出の味になるのだな」
「ああ、カーチャンの手作りッて思い出にもなるけどさ」
「……?」
今度は茶請けの花びらだけの方もガンが口に放り込む。成る程、紅茶とよく合う。紅茶も飲んで頷いてから、ケンの方を見た。
「お前と塩湖でデートした思い出にもなんだろ」
「く……ッ! そういう所だぞガンさん!」
「ああ!? それよく言われんだけどなに!?」
「言われるだろうな!? そっけなく見せておいていきなりときめくような事を言うのだガンさんは!」
「分かんねえよ知らねえよ……!」
よく分からんし知ったこっちゃねえので顔を顰めて受け入れない事にした。
「おい、ケン」
「何だ」
「この間の話だが」
「どれだ?」
「おれがお前の全てで何よりも愛しているッていうやつ」
「ウッ……! 急に刺してくる! それがどうした……!?」
不意に刺されてケンが胸を押さえて苦しんだ。苦しむ様子はどうでも良さそうにガンは視線を景色に戻す。のんびり景色を眺めている内に、気付けば夕陽の色が混ざってきている。凄く綺麗だ。
「ずっと、おれが殺すまでそのままで居ろよ」
「言われずともそのままだが……?」
「そうか。じゃあいい」
「……? その心は?」
「あァ……?」
ケンが不思議そうに此方を見ている。横目で見返し、また景色に視線を戻した。
「おまえがそのままなら、おれはきっと魔法が使えるんだ。使いてえからさ」
「さっぱり分からんのだが?」
「おれもまだ使ってねえから分かんねえ」
「ふむ、全然分からんが良いだろう。どの道そのままだしな」
「おう」
本当にさっぱり何ひとつ分からなかったが、何だかガンが満足そうな顔をしているのでよしとした。遅れてケンも景色に視線を戻し、昼が夕陽の色に変わっていくのを楽しむ。
やっと帰路に着いたのは日が落ちかける頃で、次は夜空を見に来ようと約束もした。帰ってまず最初にした事は、カーチャンにお礼と感想を伝える事で――現地で食べた味と共に、伝えた時のカーチャンの美しい表情も確り思い出に加わった。
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