226 塩湖
オルニットが速度を上げ、真っ白な大地に着地した。
「御苦労、オルニット!」
「うわッ、うわ、うわッ、すげえ……!」
降りた途端にガンが歓声をあげて辺りを見渡す。本当に雪ではなかった。足元は硬くて真っ白で、細かな凹凸があり薄っすら大きな亀の甲羅模様みたいなものが見える。気温は低いが雪国程ではない。ぐるり見渡しても一面の白、地平線に低く他の山脈が見えるだけ。後は見上げた空だけが青かった。
「こりゃすげえぞケン! 本当に塩なのか!?」
「わはは! 舐めてみろ!」
「……!」
そうか、と思って真っ白な地面を少し削って舐めてみる。本当に塩の味がした。
「しょっぺえ……!」
「本当に塩だろう? これはリョウさんが喜ぶなあ!」
「ああ、土産に削って持って帰ろうぜ……!」
「うむ! ああそうだ、これを着ておけ」
「何だ?」
ケンが倉庫から薄い上着と帽子とサングラスを取り出す。
「凄く日に焼けるし、照り返しも凄いらしいからな。カピ神に言われてベル嬢に相談したら一式貸してくれた」
「おお、ちゃんとカーチャンに言ってあるんだな」
「うむ。下手な事をすると怒られるから、行き先が決まった後できちんと申告し許可を取ったぞ。この箱入り息子め」
「カーチャンは過保護なんだよ。 おれもデートの報告しねえで怒られたわ」
過保護だなぁとは思いつつも、有難くカーチャンの用意してくれた装備を装着する。それから暫く真っ白な大地を駆け回って遊んだ。塩と空以外に何がある訳ではないのだが、まさに絶景という感じで興奮冷めやらない。
「そうだ、塩湖の中にサボテンの島があるらしい! 昼はそこで食べようぞ!」
「へえ、塩塗れなのにサボテン育つのか? 地下水脈でも通ってんのかな?」
ひとしきり遊ぶと、往路の時間も合わせてもうすぐ昼時だったのでオルニットに乗って島を目指した。広大な塩湖の上を天駆けて行き、蜃気楼が見えたりの不思議も堪能しつつ――本当に島があった。一面の白の中にぽつんと、ごつごつの岩肌の島が存在を主張している。柱みたいなサボテンがぎっしり生えた島だった。
「すげえ、本当に生えてら」
「他より高いから良い景色を見ながら食えるな!」
島の一番高い所に降り立ち、倉庫からシートやピクニックバスケットを取り出すと早速昼食の準備を整えた。
「今日は夜を待たず帰ってしまうが、此処なら夜空も綺麗だろうな」
「そうだな。テント持って来るか、小屋でも建てて今度――……」
話しながらバスケットを開けたガンの動きが止まった。
「すげえ、ケン見ろ。本当にカーチャンの弁当だ……!」
中から取り出すのは、竹を編んだお弁当箱だ。神々しいもののように掲げてから大切に降ろした。
「わはは! 本当に嬉しそうだなガンさん!」
「ああ、嬉しい! ダンジョンで母の味の話をした時は正直何とも思ってなかったんだが、ダメ元で聞いたら作ってくれるッてなってさ。なんか、なんかこう、上手く説明出来ねえんだけど、おれ滅茶苦茶嬉しくなっちまって……」
「うむ、ガンさんにはこれまで母が居なかったからな。一生分を纏めて甘えているという感じだろう」
普段なら嫉妬もしようが、相手がカーチャンであればケンですら微笑ましいと思う。ケンとて自分の母には甘えて愛してきて貰ったからだ。
「開けるぞ……!」
「うむ!」
ぱか、と蓋を外すと中には案外綺麗な形のおにぎりと、表面にも中にも焦げた色が見える卵焼きと、何だか千切れそうな形になっているウインナーが入っていた。
「すげえ、ちゃんと弁当だ……!」
「うむ、努力の跡が窺えるな……!?」
お世辞にもおにぎり以外美味しそう! という感じではないのだが、ガンが感動しているのでケンは感想を控えた。ガンがカーチャン弁当に見惚れている間に、ケンもリョウ作の弁当を取り出す。此方はローストチキンレッグにフライドポテト、レタスとトマトとベーコンを挟んだ雑穀パン。それにチーズと葡萄酒が付いていて見目麗しい申し分ない物だった。
「では頂こう! ガンさんこっちの弁当で食べたいものがあれば食べて良いぞ」
「おお、さんきゅ。じゃあ頂きます」
手を拭いてから早速頂く。どれから食べるか迷ってから、ガンはまずおにぎりを齧った。おにぎりという存在を知ってから、好んでリョウやメイや海上都市の料理人の作った物を数多く食べて来たから分かる。これはそう――美味しいか美味しくないかでいえば、全然食べられるが、他に比べると美味しくない方のおにぎりだ。
「…………ッふ」
思わず小さく笑い、一口齧ったおにぎりを置くと今度は卵焼きを食べてみた。卵焼きもよく食べているから、比較対象がある。此方も一口齧ると、ちょっと焦げた風味はあるものの味自体は悪くない。が、じゃりっと卵の殻の食感があった。
「……ッふ、はは…………!」
思わず笑ってしまった。ケンが『大丈夫そ?』という顔で心配して見てくるが、構わずウインナーの方も食べる。何で千切れそうな形に刃が入っているのかは全然分からないが、此方も少し焦げ味がする位で普通に美味い。
「ガンさん大丈夫か?」
「いや、ああ……大丈夫だ。ああ、やべ、ちょっと感動で泣きそう……!」
「そんなに美味いのか!?」
「いや、味だけならリョウやメイが作る方が美味いよ。けどさ」
形だけは綺麗に見えるおにぎりを、ケンに見せるように掲げた。
「これ、形はすげえ綺麗だろ? すげえ力でぎゅうぎゅうに握られてるんだ」
「ほう?」
「おにぎりの握り過ぎは良くないんだよな。リョウとかメイのはもっとふわッとしてんだ。多分、カーチャンはそれだと上手に握れなくて、けどおかずの見た目が悪いからおにぎりだけでも――と思ってすげえ力で握ったんだと思う」
「成る程、目に浮かぶな……?」
よく見ると米がギュウウと圧縮されたような見た目をしている。頷いていると、ガンが今度は卵焼きを見えるように持ち上げた。
「これは卵の殻が入ッてる。多分上手に卵を割れねえんだろう。取り切れなかった分かな。焦げてるけど味は美味いし、おれの好きな甘い味にしてくれてる」
「ふむ」
「このウインナーの方はどうしてこういう形なのか分かんねえんだけど、ちょっと焦げてるだけで美味いよ」
ケンがウインナーを覗き込んだ。
「これは恐らく、タコさんかカニさんにしようと思って切るのが下手くそだったと思われる……?」
「……! そうか、そういう事か……!」
言われてやっと気付いて、ウインナーをしげしげ見た。言われてみれば、カニさ……タコさ……いや……? どうかな……? 位の造形をしている。が、切った所で味は変わらないのだ。
「……という感じで、カーチャンの努力と頑張りが見えて、その姿を想像するとすげえ嬉しくて泣きそうになる……! 他より味が劣ったとしても、おれにとってこれは一生忘れらんねえ最高の弁当だ……!」
「く……ッ! なんとよき息子……! なんとよき母親……ッ! 母上……ッ、母上すまぬ……ッ! 当時の俺はこんな感想を抱けただろうか伝えられていただろうかァ! 母上すまぬ……ッ!」
ガンの言葉にケンが目頭を押さえて自身の母へと思いを馳せた。ちょっと嫌いなおかずが入っていた位で毎度文句を言って大変申し訳なかったという罪悪感が1000年越しに湧き上がる。
「その言葉、帰ったらベル嬢に伝えてやるが良い。物凄く喜ぶだろう」
「そうか? だといいなァ」
「うむ、伝えるべきはきちんと伝えておく事の重要さを俺も今学んだ。俺の母上には、今となってはもう伝えられぬしな」
「そうかァ、そうだな」
死んでしまったらもう言葉は伝えられないのだ。帰ったら真っ先にカーチャンに伝えようと思いながら、有難く残りの弁当も一粒残さず完食した。
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