22 ディスディストピア
夕食はワニの唐揚げと焼いたバナナ、後は先日ガンが気に入っていた青パパイヤのサラダだ。今夜の事を思い、リョウが気を使ったらしい。
ケンはにっこにこで夕食を平らげ、ガンは苦虫を噛み潰したような顔でそれでも完食した。帰り際のリョウの言葉が、それはもうブッ刺さっている。
そうして寝る前の時間が来た。
「……………………」
「リョウさんリョウさん、楽しみだなあ!」
「そうだね、自分の時は地獄かと思ったけど人の番だとわくわくするね!」
「うむうむ!」
火を囲んで竹の寝台の上、いつもの配置。
観念したように押し黙り座っていたガンが顔を上げる。
「おれの話つまらんけど……」
「大丈夫だ、俺はガンさんの全てを受け入れる! さあ! 恥ずかしがらずに!」
「そうだよガンさん、僕ら仲間じゃないか!」
「その熱量腹立つわァ……!」
「安心してくれ! ガンさんがどんな性癖だろうと俺達は受け入れるから!」
「そうだよガンさん! 性癖は個性だからね!」
「おれに特殊な性癖があるような言い方はよせ!」
「ガンさん足掻かずに早く始めた方がいいと思う。傷が深くなりますよ」
「はい……」
――特殊かもしれない物語の、はじまりはじまり。
◆◇◆◇◆◇◆
(※今回も特別にインタビュー形式でお届けします)
──今回のテーマはあなたの下半身事情という事ですが、色恋とも言いますし、先に恋の方、恋愛経験があれば聞かせてください。
無えよ。恋された事はあったかもしんねえけど、おれが誰かにそういう感情を抱いた事は無いし、恋人が居た事もない。
──えっ、一度もですか?
だから無えって。おれの世界では、恋愛ってのは市民の娯楽か現実逃避とされている。ケンやリョウ達の恋愛とは位置づけがまず違うんだ。おれは兵士として生まれて教育を受けている。市民じゃない。恋愛を支えにしようとする兵士が居ない訳じゃないが、おれは違う。
――世界観がだいぶ違いますね。その辺りの説明を貰っていいですか?
前提として、人類の数は自然があった時に比べて随分と減っている。生み出せる資源も限られている。だから人類維持の為に人工知能がそれらを管理している。
誰も彼もが自由に恋愛出産できる時代じゃない。資源が限られているから、人類維持に相応しい優秀な人間しか残さない。よく下級市民が辛い暮らしの現実逃避でくっ付いて自然出産したりするが、それは犯罪だ。遺伝子検査で有益と認められない場合は“廃棄”される。管理外の人間の生産は認められていない。
――ディストピアの匂いがぷんぷんしますね。恋愛と性処理と出産等はカテゴリが違うのですか?
基本別枠だ。恋愛は精神的な充足を目的とした娯楽、もしくは現実逃避。連動して性処理が加わる場合もあるとは思うが、しくじって妊娠すると処罰対象になるから直接ってのはあまり聞かない。子作りが絡まないから恋愛に性の垣根が無えのも特徴かな。
出産に関しては――そもそも自然出産がほぼ無い。よほど権力があって、双方優秀で、相性が良い場合は望んだパートナー同士で子作りが出来ると思うが、それでも精子と卵子を提出のち、機械がよりよい種を選別した“製作”という事になる。さっきも言った通り、自然出産は犯罪だからな。
――では、趣旨とは少し外れてしまうのですが気になったので。通常はどのように子供が生産されて養育されていくのですか? 両親や家族関係などはどうなるのでしょう?
子供が欲しいペア――ああ、恋愛関係もしくは利害関係の一致した二人が法的にパートナーになった状態を指す、な。この場合は色々審査があるが希望すれば、人工知能が選別した相性の良い子供が与えられる。自分の提供した種が選ばれる場合もあるし、そうならない場合もある。
残りの子供は“みんなの子供”だ。政府の用意した養育環境で社会を親として育っていく。身近な両親ってのは居ない。養育学校の同期や、遺伝子的な兄弟が家族って事になんのかな。
――なるほど、では本題に戻らせて頂きます。そういう環境ですと、性処理はどのように行われるのでしょうか?
これは市民も軍人も関係なくて、大体バーチャルツールかセクサロイドだよ。つっても二人にゃ分かんねえか……えーと、魔法でこう、仮想空間の中で感覚ごと恋人か架空の相手と繋がれたり、人間とほとんど変わらん自動人形が相手してくれたりする。後は非合法で生身の人間を売りにした店とかあるらしいんだが、おれは行った事ねえから分かんねえ。
バーチャルツールやセクサロイドは色んな企業が出してて、金を払や幾らでも自分好みにカスタム出来る。だから聞いた限りじゃ皆色々してたみたいだ。こだわりが無えなら普通に政府支給のやつ。無料だから。
――やっと少し色っぽいネタが出てきましたね! あなたのこだわりのカスタムなど聞かせてください!
こだわり無えんだよ。処理できんなら何でもいいから政府支給の、選択画面の最初に出てくるノーマルスキンしか使った事ねえ。
――そこを何とか!
だからおれの話はつまらんって言っただろうが……! 無えって!
――けど勇者の恋愛事情とか聞きたがってたじゃないですか! 本当は恋愛とか興味あるんじゃないんですか!?
食い下がるじゃん!? 勇者のはさ、元々訓練で色んな物語読んでただろ。その中で出てくる恋愛ってのが、おれの世界とはかけ離れ過ぎてよく分からんから、どんな風か聞いてみたかったんだ。けどなんかむごかったし、ケンの話もえぐかったから憧れとかそういうの全然生まれなかったわ。諦めてくれ、無えんだよ。
――先手で念押ししないでくれます? じゃあ、じゃあ、さっき恋された事はあるって言ってましたよね? そこを詳しくお願いします!
ハァ? めんど……えーと、養育学校でひとり、兵士訓練の時もひとりかふたり、兵士になってからもまあ、何人か。大金星あげて階級上がって英雄扱いされてる時は大勢。恋人になってくれって誘いはあったよ。
おれが興味無いんで全部断ったけど。
――チャンスめちゃくちゃあったじゃないですか! なんで断ったんですか!
インタビュアーが荒ぶるのやめろッて! だから……まあ、おれが不器用だったんだろう。ずっと殺しだけしかしてねえのに、よく分からん精神の充足とかいうもんは両立できんと思った。それが安定になる奴も居るんだろうが、おれは気が狂うと思った。性質だ。向いてねえんだよ。
――失礼しました。恋愛はもう諦めます……。では最後に、お子さんの有無を聞かせてください。
政府提供のセクサロイドは精子を収集する側面もあるから、そん時有益と判断されてりゃ使われてるだろうがこっちは分からん。
昇進してからは別で精子提供を求められる機会が増えたから、こっちは確実に生産されてんじゃねえかな。後これは子扱いで良いか分からんけど、今頃おれのクローンが量産されてると思う。以上です。
――ありがとうございました。最後にこのインタビューを聞いている方達に何かありましたらどうぞ。
おれは最初につまらんって言いましたからね。……つうか別に傷受けんかったわ。ありがとうございました。
◆◇◆◇◆◇◆
「おら、話したぞ」
「傷を……受けてないだと……!?」
先日むごい思いをしたリョウが戦慄いている。
ケンは何やら難しい顔で考え込んでいる。
「…………ガンさん」
「なんだ、ケン」
「何が楽しくて生きていたのだ……?」
「話が終わってからケンさんが抉りに行った――ッ!」
「クッソ腹立つ質問してくるな……! 別に楽しい事は無かったよ……!」
「なあ、リョウさん」
「なあに、ケンさん」
「この場合は素人童貞と言えば良いのだろうか? 自動人形とやらはカウントして良いのだろうか?」
「えっ、えーあー……そうだな……人間童貞って語呂悪いな……? 一応対人(形)で処理をしているので、素人童貞で良いんじゃないかな……?」
「おまえら謝れ! おれにもおれの世界の大半の野郎にも謝れ!」
「すみません」
「すみませんでした」
最終的に苦い顔でガンが横になる。他の二人も横になる。
「……けどなあ、ガンさん」
「まだ何かあんのかケンこの野郎何だ」
「不器用だったから両立出来なかったんだろう。今ならしても良いではないか。恋愛とは、精神の充足とは、それは良いものだぞ」
ケンが笑って目を閉じる。
「そうだね、物作りみたいにさ。楽しいかもしれないよ」
リョウも笑って目を閉じる。
「………………」
ガンが形容しがたい表情を浮かべ、遅れて目を閉じる。
「おまえら良い事言ったみたいな空気出してくッけどさ、この面子で何をどうしろって……?」
「…………」
「…………」
返事が出来ないまま、三人は眠りについた。
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次話は明日アップ予定です。




