21 予兆
自分のものではない、とても悲しい夢を見た。
――ような気がする。
「…………」
耳鳴りのような不思議な気配を感じて目を開く。そっと起きると、二人はまだ寝ているようだった。
「何だこれ……」
小さく呟き洞窟を出る。まだ夜明け、夜空の端から少しずつ明るい色が広がるような時間だった。二人を起こさぬよう静かに川の方へと向かう。
川辺まで出ると、光の柱が立つ山の方が見通せる。
「ひょっとしたらと思ったけど、違うか……」
山の方には何の変化も見られない。勇者として過ごす内、吉事・凶事に限らず妖精や精霊からの啓示めいたサインを時折受け取る事があった。先ほどの感覚はそれに似ていたのだが。
「まあ、その内分かるか」
こういう時は大体何かある。だがそれが何かは分からない。起きてはじめて、ああこれだったかと分かる。神や精霊と付き合っているとそんな事ばかりでもう慣れっこだ。気持ちを切り替えて顔を洗う内、二人も起き出してくる。
「……そうだなァ、今んとこ空でも何も変化は無えよ」
不思議な感覚の事を伝えると、ガンが空から山の様子を見てくれた。まだ眸の光は灯ったままだから観測を続けているらしい。
「リョウさんは俺達の中で一番魔力や感応力が高いだろうし、何か感じ取ったのかもしれないなあ」
「何かは分からないけどね。まあ幸いな事に悪い感じはしないし、何か起きたらその時対応すれば良さそうかな」
「悪い感じの時って何があるんだ?」
「仲間が死んだり予想外に強い敵が出たりとか。完全に良い流れの戦いだったのに、そういう感覚がある時は大体素直に終わらないんだよなあ」
「虫の知らせの良いバージョンと悪いバージョンみたいなもんかァ」
「そそ。あと予感があった所で防げる訳じゃないしね」
「わはは、では気にするだけ無駄だな!」
笑いながら三人揃って朝の支度をする。
「今日は三人別行動――というか僕が昼には戻れないだろうから、お昼はお弁当預けておくね」
朝食は茹でた豆と芋。川で獲った魚に下味をつけて野草と蒸し焼きにしたもの。後はお茶とフルーツ等々。食べている間に昼用の肉なども焼いておいた。
「結界張りって時間掛かんのか?」
「うん。護りたい土地を点で囲むようにして、最終的に点と点を線で結ぶ形で結界を張る。点ごとに儀式が要るし、あの辺りをぐるっと回る形になるから結構遠出になるよ。僕一人だと3・4日ってところかなあ」
「結構大変なんだなァ」
「本来は神官とかが何人かで手分けしてやるものだからね」
「ではリョウさんが頑張っている間は、俺達は整地と道整備を頑張っておこう」
「んだな~」
リョウは結界を張りに、ガンは村予定地の整地、ケンは山から村予定地までの道を開通するべく。何かあればすぐ集合するという前提でそれぞれ分担して動いていった。
夜には集まり共に夕食を食べ、寝る前の娯楽を楽しみ――尚今夜の『王の中の王の世界征服』の話は、内容がストロング過ぎたため詳細は記せないが、ガンは滅茶苦茶ドン引きしたしリョウは再び胸をかきむしられるような思いをした。
* * *
そのような感じで四日が過ぎる。
夕方頃には村の整地はほぼ終わったし、道も舗装までは行かないものの開通した。リョウも最後の点を設置し終えて最後の仕上げに村予定地へ戻った所だ。
「わ、開通してるし整地もほとんど終わってる! 二人ともお疲れ様……!」
「お、リョウも来たか。おまえもお疲れさん」
「リョウさんもお疲れ様だ。結界はもう?」
「あとは此処で仕上げるだけだよ」
大樹を中心に100m四方ほどの広さ、土を剥きだしに整えられた土地。そこから一本同じく土を剥きだした道が通っている。
リョウが大樹の前に立ち、最後の仕上げをはじめた。
左手が大樹に触れ、大樹そのものを“要石”とするべく魔力を流して構築し、詠唱も続けていく。右手が空中に光の軌跡を残してルーンを描き、それが連なり大樹に巻き付くように包んでいく。
「魔法ってすげえなあ」
「うむ、それに綺麗だなあ」
リョウの邪魔をしないよう小声。少し掛かる儀式の間二人は見学している。
夕と夜のはざま、あえかな陽光と滲む夜闇の中心で光を纏う大樹、その周りを魔力の燐光が蛍のように踊る。とても綺麗だ。
組み上げた魔力とルーンがすっかり大樹に浸透する。硝子が鳴るような音を立て、辺りに敷いた点と結ばれ、一度だけ全てが大きく輝き静まる。
「――お待たせ、完成だ」
もう光の名残は無く、元の自然の夕闇、景色。
「おお、お疲れ……! なんか分からんけどすごかった!」
「おおお、結界とは完成すると見えなくなるのだなあ」
「魔力で透明な壁を張り巡らせた感じだからね。一定以上のダメージじゃないと見えないし触れないよ。殴らないでねケンさん」
「先手打たれてて笑う」
「むう……!」
最早日常めいてきた遣り取り。
笑み混じり、さて夕飯と戻ろうとした時。それは起きた。
「あっ……」
最初に反応したのはリョウ。四日前の耳鳴りに似た“先触れ”が更に強烈になったような感覚を受ける。
「お、」
続いてガンが空を見上げる。そのまま深く観測するように目を閉じる。
「これは――始まったか」
最後にケンが遅れて理解し、山の頂上の方を見上げる。
まだ光の柱は立っていない。柱にはなっていない。頂上の上空に星とは違う光の塊が生まれていた。それが酷くゆっくりと下へ向け、伸びている。伸び始めている。
「……やっぱリョウの魔法だか魔力の感知が優れてんだな。大気圏の外側にいきなり魔法陣みたいなやつが出てきた。そっから伸びてる」
「成程、そうやって今まで送ってきたのか」
ケンは既に二度、ガンは一度光の柱が生まれる所を見ている。仕組みへ理解が及んだように頷いていた。
「あっ、えっ、じゃあこれって……」
「リョウさん、これが光の柱だ。四人目が来るという事だな」
「つってもすぐじゃねえけどな。あの光が地上に到達して柱になってはじめて人が出てくる。大体丸一日掛かっから、会えるとしたら明日の今くらいかな」
「わあ、わああああ……! そうなんだ、そうなんだ……!」
説明を聞いて今はまだ天上の光を見上げる。本当に少しずつ、ゆっくりと地上へ向けて伸びている。世界と世界の距離が遠くて時間が掛かるのかもしれない、と何となく思った。
「光の柱を自分で見るのは初めてだし楽しみだな……それに、四人目が来るのか。いったいどんな人なんだろう」
「どうだろうなァ。どうせむさ苦しい野郎だろうなとは思ってる」
「いやいやいや! 男が続いたから今度は女子かもしれんぞ!」
「女子……!」
「ものすごく豊満な美女かもしれんぞ!」
「豊満な美女……!」
ケンとリョウがざわついた。ガンが胡乱な目をする。
「…………なあ、よく考えろ。世界を追い出されるほど強えんだぞ」
「うむ!」
「あっ」
「そもそも女は少ねえだろうし、仮に女だったとして、どうせ女版ケンみたいな奴だって。素手で鉄球をリンゴよろしく砕く類だ。あんま夢は見ねえ方がいいって」
「そ、そうか……」
「俺は逞しき女傑も大好物だが!?」
「王の中の王は黙って」
リョウが真剣に考え込んでいる。
「……いや、けどな……そうだよな……」
「なんだリョウさん、逞しき女傑はありやなしやで悩んでいるのか?」
「あ、いや……その、ありやなしやで言えばありなんだけど、そうじゃなくてさ」
ガンが何だこの話題、みたいな顔で目を眇めている。
「到着までまだ一日はあるよね。明日は朝からひとまず、寝床を分ける為の小屋と、トイレを作ろう。女傑とはいえあった方が良いでしょう」
「確かに……! 明日もしご婦人が来たならば必要な配慮であるな!」
ガンの目が更に小さくなる。
「なんだガンさんその顔は」
「…………いや、流石モテまくってきた勇者様の着眼点は違うなッて……世界中に子孫を残しまくってきた王様も理解が早えなッて……あと女傑が来るとは限らんだろッて……」
「ガンさん含みがあるよ! 含みがあるよその言い方は!」
「煩えな、こないだ二晩連続でおまえらの下半身話聞かされておれは食傷なんだ……! それに絶対むさッ苦しい野郎だって……! その期待は裏切られるんだって……!」
「待って! 初日はガンさんも僕の話聞きたいって言ったよね!?」
「おれが聞きたかったのは恋愛事情であって下半身話じゃねえんだよなァ!?」
言い合うガンとリョウを眺めながら、ふぅむとケンが首を捻る。
「数日前から思っていたが、ガンさんは性的に淡白であるな?」
「あァ!?」
「丁度今日はガンさんの当番だし、キャプテンはお休みして今宵はガンさんの下半身事情を聞かせて貰うとするか」
「あっ、飛び火した」
「嫌だが?! 食傷って言ったばっかだよな!?」
「まあまあ、まあまあ」
ケンが恐らく腹も減ったのだろう――訳知り顔で二人の肩を抱き、ひとまず戻ろうと促しながら。
「明日もしご婦人が来てしまったら、今後おおっぴらにそういう話もし辛いだろうし、事前に我々の下半身事情を把握しておいた方が後々問題も起こるまいよ」
「もっともらしく言いやがる!? 聞きてえだけだよな!?」
「ああそうだ、聞きたいとも! 俺がガンさんの下半身事情を聞きたくないとでも!?」
「くそがァ……!」
「ガンさんガンさん」
「何だリョウ……!」
拠点に戻るべく詠唱をしていたリョウが、唱え終えてガンを見る。
「ケンさんが諦めると思う? 早い方が傷は浅いよ」
「――……ッッ!」
ガンが痛恨の極みといった顔をした瞬間、魔法が発動して三人は拠点へと戻っていった。
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次話は明日アップ予定です。




