15 ストーンサークル
リョウの話を聞き終えて、二人はぽかんとしている。
「……成程、その辺全然考えてなかったな」
「ああ、何も考えてなかったな!」
「いや、僕も食材の事が無かったら考えてなかったと思うんだけど」
「ふぅむ……」
ガンが考え込みながらサラダをつつく。馴染みの無い味で気に入りらしかった。ケンは猪肉と揚げた芋が気に入ったようで、どちらも幸せそうに齧っている。
「……つか、そもそも光の柱が立つあの場所、あそこがもう人造だろ」
「あっ、そうか」
「あれが人造だとしたら相当の技術だがなあ。密林の農業暮らしとは釣り合いが取れなくないか?」
「珍しくケンが賢そうな事言ってびびる。けどそうだな」
最初に着いた場所を思い返す。辺りで一番高い山頂に築かれた、白い石柱のストーンサークル。あれだけ大きく白い石をこの辺りで他に見た事は無いし、劣化も感じさせない綺麗なものだった。
加工は元より、あの山頂にどうやって運んで築いたのか、となると確かに密林の農業暮らしではぴんとこない。
「となるとあれは神造で、おれらをこの世界に放り込むため設置したって事か? けどなァ……」
「うん、わざわざその為に設置したなら、どうしてこの地域にしたのか、ってなるんだよな。そりゃいきなり砂漠に放り出されるよりは良いけどさ」
「ならば元からあったのかもしれないな」
山盛りした料理はすっかり平らげられ、食後の茶を啜ったケンが首を捻る。
「神が人と共存するという事は俺の世界でもあった。日常を共にする訳ではないが、神は人に知識や導きを与える代わり信仰という力を得る。人々は神の恩恵を受ける代わりに崇め奉る。この場合、両者の文明レベルが一致している必要はない」
「成程、確かに」
「いきなり神レベルの知識技術を与えたって、人間の方が使いこなせるか、だしなァ。共存だが別生活。それが一番しっくりくるか」
「うむ、恐らくあれは祭壇や交信場所の類で、神が適度に薄めた知識を与えつつ、進化繁栄を促していたのではないだろうか。失敗しているが」
「失敗してんなァ」
「滅んでるっぽいもんねえ」
「……まあ仕方ない、よくある事だ! 征服地における原住民への文明教育もよく失敗する! よくある!」
「よくあったんだね、ケンさん……!」
「ブッハハ! まあ気になんのは貰った知識を使い誤っての自滅か、反逆か失敗による神からの強制リセットだな。全滅理由」
「強制リセットがあるなら人ごとではないもんねえ」
「そそ」
茶をすっかり飲み干したガンが、湯呑を置いて立ち上がる。
「片付けたらよ、ちょっくら見に行ってみようぜ」
「あの場所か、いいね。じっくり観察した事は無いもんな」
「うむ、そうしよう!」
三人で協力し、手早く片づけをする。竹などの食器は洗い、虫が集まらないよう生ごみなどは燃やせる物は燃やして、他は埋め立ててしまう。
すっかり準備を整えて、三人は山頂へと向かった。
「村を作ったら、山頂から村まできちんと道を敷くべきだな」
「そうだね。その方がもし、僕ら不在の時に誰か来ちゃっても、村まで辿り着けるかもしれないし」
「んだな~」
嘗ては道があったのかもしれないが、普通の人々がこの環境に長く道を敷くのは大変な事だし、もし作ったにしても獣道のようなものだったろう。名残は一切無い。
進む内、密林を抜けてきつい傾斜の山肌へと出る。高所ではあるが日差しがあるので気温は高い。麓からのぼった水蒸気で出来る笠雲が、山頂を帽子のように飾っていた。
「お、見てみ。あっちすげえ雨っつうか嵐」
ガンが指差す方、遠くに巨大な雲の広がり。外周は陽光を受けて白いが、内側は暗い。その中央から滝のように雨が落ちていた。
遠目で見ると巨大な柱のように見える、雨柱というやつだ。時折雷鳴も轟き、光が空を引き裂いている。
「わ、こっち来るかな」
「来るかもしれんな」
「急ごう急ごう」
雨が此方に到達する前にと慌てて山頂へと登る。
こちらの世界に送られて、最初に着いた白い石柱が環状に配置された場所。改めて見ると寸分の狂いなく均等に配置されている。
「こうして見ると、ちょっと魔法陣ぽさあるかも」
コンコンと指の背で柱を叩いてみる。石だと思ったが、よく見ると違うような気もする。金属だろうか、材質がよく分からない。
初めて来た時は気付かなかったが、サークルの中央、最初に降り立った場所の足元にも同じ材質の石?が敷かれている。
「…………ふぅむ、」
しげしげとガンが柱に触れて見ている。いや、『視』ている。先日の狩りの時と同じく、瞳に淡い光が灯っていた。
「知らねえやつだな……おいリョウ」
「おっ、なに?」
「ちょっと勇者の剣出して」
「えーっ」
「盾でも鎧でもなんでもいいよ。何かあんだろ、最強装備」
「あっ、はい」
唐突で驚いたが、試した事も無かったので言われた通りに手の甲の魔紋に意識を向けて装備を“取り出す”。虚空から現れたように握られる一振りの。緻密で美しい細工が施された黄金の、神々しき――というか実際神が鍛えた勇者の剣だ。
「こちらでございます」
「マジで物語の勇者の剣過ぎてウケる」
「おお、良い剣を使っているなあリョウさんは!」
「えへへ、ありがとう。これ確か神造伝説装備だから、コピーの筈なんだけど全然オリジナルと変わんないな」
「ああ、どっちでもいいよ」
鞘から抜かずに軽く振ってみるが、オリジナルとコピーの違いが分からない。その剣もガンが解析するようにじっと見ている。ややあり。
「ケンのは――良いか。おいケン」
「なんだいガンさん!」
「ちょっとこの柱殴ってみ」
「えーっ、ガンさん! ケンさんだよ!? もし壊れたらどうするの!」
「大丈夫大丈夫。……多分」
「多分って言った!」
「分かった! どの位の力で殴ればいい!?」
役目を貰ったケンがうきうきと腕を回し、柱へ近寄っていく。
「うーん、そうだな……おまえより三倍でかい鉄球が粉々になるくらい」
「心得た!」
「えーっ、これで転移装置壊れたら僕ら一生三人だからね!?」
「わはは! ガンさんが言うから大丈夫だろう!」
朗らかにケンが肘を引き、こともなげに柱を殴る。
ッバァンッッ――――!
剣呑な空気の破裂音、インパクトの瞬間思わず目を細める程の衝撃、余波。
「ああ……」
「ほう……」
「へえ」
“砕けない” “傾がない” “傷ひとつない” 柱は元の状態のまま。
「こりゃ確実に神造だなァ」
「手は抜いていないのだがな。これは中々だ」
「……良かった、無事で良かった」
「ひひ、んな心配する事じゃねえって。おまえの剣と同じだよ」
「これ?」
「そそ。おれの知らん物質だが、この柱とお前の剣は構造が近い。この世の物じゃないんだろうな。恐らく次元を引き裂く位の攻撃でもなきゃ傷もつかんぜ」
「なるほど」
「……むう、そう言われると試したくなるな?」
「ケンさん壊そうとしないの!」
「先に地盤が消し飛んじまうよ、ばか!」
謎のわくわくに駆られたケンを諫め、改めて辺りを見渡す。雨雲はやはり徐々に此方に近付いているようだった。
「雨やっぱりこっちに来そうだな。他に調べる事あるかな」
「ひとまず神造という事は分かったし、俺は戻っても構わないが」
「……んん、調べんならもう他になんだろなァ。おまえら良いよ、先戻って」
「え、ガンさんはどうするの」
「おれも“眼”だけ出したらすぐ戻る。空から調べた方が早そうだ」
「“眼”って狩りで使うあれ? それなら別に待ってるけど」
「うむ! 待てるぞ!」
「や、違う奴だし見られるもんじゃねえっつうか……」
ガンが少し黙る。考えている。
「……勇者の剣とか見せて貰ったのに、勿体ぶって悪ィんだが、見られるのが恥ずかしい。先に戻ってろ」
これだ、という顔で告げる。
「ガンさん! それは駄目だケンさんが余計に高ぶる!」
「ああそうだ! ガンさんの恥ずかしい姿だって!? 見たいが!?」
「ケンさん言い方!」
「はッあ!? おまえら本当なんなの!? 企業秘密だよ何でもいいよ帰れ!」
「はい! ケンさん先に帰ろうね、プライバシーだよ! 帰るよ!」
「むう……!」
しっしと追い払われて、ごねるケンをリョウが必死で引きずっていく。
* * *
「…………はぁ」
二人の姿が見えなくなってから、ガンが溜息を吐く。
魔紋が刻まれた方の掌を宙へと向けて伸ばす。淡く光り、登録した“最強装備”のひとつが呼応する。
「けどほんと、此処からじゃ見えねえし、恥ずかしいんだよ」
眸に灯った光が強く明滅する。同時に葉脈状の淡光の筋が指先から目の周りから広がって皮膚を侵食していく。
上空、大気の更に上。宇宙空間に“それ”が姿を現す。
「――――“サテライト”起動、軌道高度は地上3万6000km、静止軌道に固定。完了次第、観測開始」
現代より洗練されたフォルムの、羽を広げた人工衛星。設定を終えると、つまらなそうに腕を下ろした。灯っていた光は徐々におさまり、解析中の時と同じく眸に淡く残るだけとなる。
「普通を目指すにしちゃ“ずる”だが、仕方ねえよな。情報があって悪いこたねえし、あいつらの役に立つならそれが一番良い」
リョウも海があれば便利だと言っていた。これで見つかるかもしれない。整いを待つ間、ぼんやり宙を見上げ。
「…………分かってんだけどな」
何故恥ずかしいかを自問する。
自分の世界に神は居なかった。彼らは神が居る世界で生まれ、魔法や加護や祝福を授けられ、無論それだけで強い訳ではないだろうが“愛されて”強い。
神の愛たる神造の武具も持たない、ただ人工知能に改造されて身ひとつ――宙の人工衛星すら自らの“分身”だ。それで強い自分は何だか不自然で不出来に思える。
たまに自分が人間であるのかすら分からなくなる。
力を使う時の見目の変化はそれを強く意識させた。だから出来れば見られたくない。出来れば、だ。絶対じゃない。
リョウを見れば分かる。そんな事で差別はしないし彼もされたくはないだろう。ケンはそもそも何も気にしていない。分かっているのだ。
「……けどまあ、ちょっと位は許してくれよな。 っと、やべえ。帰るか」
整いを知覚すると同時に、雨の匂いが一層強くなる。
雨が降り出す中、慌てて駆けて戻っていった。
お読み頂きありがとうございました!
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
今日は夜にあと一話アップ予定です。




