13 推測
翌朝。まだ薄暗い、空が白み始める頃に起床。顔を洗うため水場へ向かう。昨日ケンが道を舗装してくれたので随分と歩きやすかった。
早朝はまだ空気もひんやりとして霧がかっている。日が昇ればすぐに暑くなるだろう。
水辺でばしゃばしゃと顔を洗う。砕いた炭の粉と木の枝で作った房楊枝を使って歯を磨く。この辺りの技術は二人に導入されていなかったのでとても好評だった。それから薄く研いだナイフで髭をあたり、さっぱりとする。
せせらぎ、鳥獣や虫の声、密林に入ってずっとの事だが豊かな音に溢れている。徐々に空が明るさを増してゆき、高層の樹木で覆われた隙間に光が差し込んでいく。不便で過酷だが美しい世界だ。
「拠点は大体整ったし、今日は村作りに専念できるように多めに薪や食料を確保して、かなあ?」
「んだな、ケンの倉庫に入れときゃ良いしな」
「うむ! では色々集めながら場所も物色できたらしていこう」
リョウが魚獲りの罠を仕掛けている横で、ケンとガンは岩をひっくり返してサワガニを捕まえている。
「そうそう、どういう場所が良いんだ?」
「なるべく平らで、水場は近い方が良いかな。けど低過ぎても近過ぎてもいけない。雨で増水して沈むと困るから」
「うむうむ、あと少しは見晴らしが良い場所にしないとな」
遠目に光の柱が立つ山を見上げるが、まだ気配はない。
此処は渓流で少し拓けているから見えるものの、緑深い所では空すら満足に見る事が出来なかった。
「おれ出来るか分からんけど住んでみてえ家がある」
「お、どんな家?」
「地面から離れててよ、木の上に建った家あるだろ」
「ツリーハウス!」
「ツリーハウスだな!」
「それだ。あれ良いよな~」
「ツリーハウスはロマンだよガンさん! 素晴らしいアイデアです……!」
「ああ、大ロマンだ! ではツリーハウスが出来そうな立地も考慮にいれよう!」
「やった~」
ツリーハウスというわくわくを胸に。
水を汲み、集めたサワガニと共に拠点へと戻る。
「あとな、ハンモック」
「ハンモック!」
「ハンモックは良いな!」
「あれ寝てみてえんだよな~」
湯を沸かし野草を煮だしてお茶に。大きなサワガニは茹で、小さい方は火で炙る。あとは近くで摘んだ小さな果実を少々。程なく朝食の用意も整い、三人で食卓を囲んだ。
「このあったけえ水分がめちゃくちゃ染み渡るんだよなあ……」
「朝に温かいものを飲むと、胃腸が活発になって健康に良いらしいよ」
「へえ~!」
「ガンさん、カニも美味いぞ」
「おっ食べる」
相変わらず二人はとても幸せそうにがつがつと食べてくれる。
「うむ、リョウさんのお陰で毎回幸せだ! ありがとう!」
「……えへへ、今後はなるべく三食提供できればと思います」
「やった~!」
「やったー!」
朝食を終えると、分担して動く事にした。
午前の分担は、ガンは獲物や薪をとって来る係。ケンは届いた薪を割ったり獲物を捌く係。リョウは肉以外の食材を採集しに行く係だ。
「あっ、そうだ」
「どうした」
「?」
出かける直前、リョウが思いついたように立ち止まる。
「いや、昨日帰還魔法の話をしたじゃない?」
「おう」
「うむ」
「あれを使えば、戻りを気にせず遠くまで採集に行けるなと」
「おお、使い道生まれたな!」
「実演! 実演!」
「ちょっと待ってね~」
背嚢から魔石の入った革袋を持って来る。雨で消えると困るので、作業小屋の屋根の下、土にがりがりと枝で魔法陣を描く。
「おお、これが魔法の準備ってやつか」
「そうそう、大掛かりなやつはもっと大変だけどね」
「魔法を見るのはいつでもわくわくするなあ」
二人が見守る中、魔石を配置し魔力を通して呪文を唱える。ほどなく魔石が輝き、魔法陣の線をなぞるよう光を伸ばしていく。
完全に魔力が満ちるとパッと一度強く輝き、淡く安定した形で固定された。
「――出来ました。この陣が崩れると戻れないので、崩れた時は自力で戻って来るからね。心配しないでね」
「おお~! すげえ、魔法はじめて見たわ!」
「リョウさんは料理も出来るし魔法も使えるし偉いなあ!」
「ええ、めちゃくちゃ褒められてる照れる……! そうそう、僕に触れていたら一緒に戻れるからさ、土地探しの時はこれで遠くまで行ってみよう」
「やったぜ」
「楽しみにしている!」
魔法見学を終え、改めて三人はそれぞれの役目に動き出した。リョウは竹で編んだ籠を背負い、今まで向かった事の無い方向へと歩き出す。
もちろん分担通り肉以外の食材を探すのが目的だが、中でも特に探したい物があった。薬味や調味料になりそうなものだ。今は手持ちがまだあるが、その内無くなるだろうし余裕があるとはいえない。
生きるだけなら味付けをしなくてもいけるのだが、二人に美味しい食生活をもたらす為にも是非とも見つけたい所だった。
「確か、あっちの方だな……」
こちらの世界に転送された時、山の頂から辺りを見渡した記憶を思い返す。広い平地で大きな川も近い、人類文明があったとしたら街や村を築きそうな場所がある方向。そちらへと進んでいく。
情報やヒントが全く無いのでこの世界の状況や成り立ちは分からない。だが、人が生きていける恵みがある環境だ。
白い世界での説明を考えると、この世界は自分達のような“通常世界から逸脱した存在”が強さで差別されずに暮らす為の世界のように思う。似たような強さの者ばかりなら、なるほど差別も起こらない訳だ。
「あっ、パパイヤ。良いですねえ」
するすると木に登り、緑の実を採りながら考える。
そういう世界だとして、わざわざ専用に世界を作ったのだろうか。だとしたらもっと頑丈な世界を作るのではないだろうか。それこそ自分達が本気で戦ってしまえば、この辺りの環境などすぐに壊れてしまう。
「壊さない自制を促す為の環境って可能性も、あるけど、っと」
木から飛び降り、また歩き出す。
専用に作った世界ではないとして、では他に人類が居る世界だとすると、自分達と同じ位の強者がごろごろ居る世界になってしまう。それは考え辛いし、代わりにどこかに弱い人類が居るのだとしたら白い世界が言った『差別されることは無い』に反してくる。
あくまで推測だが、そうするとやはり人類は他に居ないのだ。
途中でバナナの花を摘み、ニンニクの匂いがする葉や、自生のショウガや唐辛子も見つけた。他にも色々と使える物を見付けては採集していく。
「…………」
バナナの木を見るに、これは人類が改良していない原種だ。実が生れば種だらけだろう。人の手が伸びない程の森深くなのかもしれないが、そもそも人類が存在しない世界なのかもしれない。だが、もうひとつ可能性がある。
嘗て存在していたが、今は人類が滅んだ世界。
「……専用の世界を作ってくれたというよりは、人類が消えた世界を使いまわした、のがしっくり来るんだよな。何せ神様のやる事だし」
長年勇者をしていると、もう神様にあまり夢は見ない。
人類はあらゆる食物を食べやすいよう改良してきたが、環境によって先祖返りをする事もあるし、世話をする人が居なくなれば失われていくだろう。だが、改良された種が世界を巡ったという事実は無くならない。
使えるものは使える。以前に人が住んでいた場所ならば、そうした色んな植物も残っているのではと思っての道行きだった。
「とはいえ想像でしかないんだけどね! っはは、……」
随分歩いた。勇者の脚力速度で二時間以上、目的地には近い筈だ。一息吐いて自分の妄想力を笑ったところで――“それ”を見つけた。
コーヒーの木。熟した赤い実が鈴生っている。
「…………あながち間違いでもないかもしれないな」
一本どころではない。他にも幾つも。群生地のようだった。元は栽培農家でもあったのかもしれない。
「これはちょっと、確り調べないとな」
空を見上げる。まだ太陽は天辺に届かないから、もう少し探索できるだろう。よしと自身に活を入れ、更なる探索を開始した。
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今日は20時過ぎに14話目をアップします。




