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5. 友達というもの

 妹のナギサが学校に行きたくないと言いはじめた。

 朝ごはんの後のことだ。自分の食器を台所に下げて、二階の自分の部屋にランドセルを取りに上がったら妹がぐずついていた。

 

「やだ、いきたくない」

 

 パジャマのままベッドの上でうつむいている。わたしが起こしにいったときもなかなか起きなかった。今はエプロン姿の母に顔を真っ赤にして涙目で訴えている。

 

「体の調子がわるいの? 病院いく?」

 

「ちがうけど……」

 

 母は困った顔で相手をしている。わたしを見ると助けを求めるように目を向けてきた。母の朝は忙しい。働きながら家事もこなしている。お化粧もまだ済ませていない。

 廊下に出てきた母はわたしに向けて声をひそめる。

 

「あの子、学校に行きたくないって言うのよ」

 

「うん、聞いてた」

 

「学校で何かあったのかしら」

 

 妹は帰ってくるとその日の学校であったことを楽しそうに話す。勉強は嫌いらしく、話の中心は友達のことが多かった。

 だけど、昨日の夕食の席では口数が少なかった。それから今朝になったらこうなっていた。

 なんとなく想像はつく。

 それでどうするかなんて考えるのは時間の無駄だ。お世話になっている母を助けないなんてありえないのだから。笑顔ではおかしいから、手のかかる妹を持った姉のように嫌々ながらといったふくれっ面をしてみせる。

 

「わかった。何があったか聞いてみるよ」

 

「ありがとう。お願いね」

 

 母はほっと息をつき微笑んだ。とんとんと階段を下りていく足音が離れていく。妹はまだうつむいたままだった。

 

「あのさ」

 

 呼びかけると、視線だけをこっちに向けてくる。

 

「友達とケンカしたでしょ」

 

「……してないもん」

 

 くちびるを尖らせながらそういうと、首を大げさに横に振る。

 妹が仲良くしている相手は知っている。うちに遊びに来たこともあった。

 

「たぶんあの子でしょ」

 

 その名前を呼ぶと反応があった。気の強そうな子だったけれど、妹とは気が合うらしく楽しそうに一緒にいるところを学校でも見ていた。

 

「どうするの? 長引くほど気まずくなるよ」

 

「……だって、どうしたらいいかわかんない」

 

 ケンカのきっかけはちょっとしたことからの言い合いらしい。だけど他の友達が妹の味方をしだしたせいで、相手の子がつまはじきされるようになったとか。

 

「そんなの簡単よ」

 

「えっ」

 

「仲直りしたいって言えばいいだけ。なるべくみんなの前でね。例えば、朝礼の前の教室とか」

 

「でも……そんなの、できないよ」

 

 妹は顔一杯に不安を浮かべていた。まあ、わたしには関係ない。それに、そろそろ遅刻が心配になる時間だ。

 それ以上は何も言わずに妹の部屋を出た。ランドセルを背負って玄関で靴を履いていると、どたどたと足音が追ってくる。

 

「お姉ちゃん、待って!」

 

 急いで着たらしく服はよれよれだ。髪もボサボサのまま無理やり帽子の中につめこんでいる。

 

「あたしがんばってみるから! それで仲直りできるんだよね?」

 

「がんばりなよ。うまくいくはずだから」

 

 リビングからは「朝ごはんは?」という母の声や「いらない」という妹の声が聞こえ「ちゃんと食べなさい」と叱る声が響いていた。

 スニーカーを履いて外に出る。

 

「……友達ね」

 

 一人で歩きながらポツリとつぶやく。

 

『ボクのためにすごいがんばってくれるやつ』

 

 波濤シブキの声で再生される。わたしは嫌な言葉を聞いたように顔をしかめた。

 

 途中急いだけれど、いつもの登校時間より遅く学校についた。ギリギリで教室に入れば目立ってしまう。時計をみるとまだ予鈴のなる時間ではなくほっとする。

 上履きにはきかえて廊下を急ぐ。職員室の前を通り過ぎようとしたとき、戸がガラリと引かれた。

 出てきたのはうちのクラス担任の浦辺先生だった。

 

「おはようございます」

 

「ああ、入江か。そうだ、ちょっと待ってくれ」

 

 なんだろうか。もしかしてプリントを運ぶのを手伝わされるのだろうか。

 

「入江と波濤は仲がいいじゃないか。それで、少し話があってな」

 

 わたしは顔をしかめた。きっとろくでもない話を振られるだろう。

 

「あの子とは別に仲なんて良くないですよ。普段の教室でもしゃべったりしてないじゃないですか」

 

「この前の朝一緒に登校してきてただろ?」

 

「あれは……そういうのじゃなくて、とにかく彼女とは何でもありません」

 

 はっきりと言い切ると教師はがっかりした顔をした。何かと手を焼かせるあいつを押し付けるつもりだったのかと思ったけれど、そうではなかった。

 

「何かあるってわけじゃないんだが、あの子は孤立しがちだからね。誰か頼りになる相手がいればよかったと思ったんだ」

 

「先生は、波濤さんのことを知っているんですか?」

 

 聞いてから、しまったと後悔する。これじゃまるで心配してるみたいだ。

 

「彼女の家の事情は知っているよ。だから、友達ができたようならよかったなって思ったんだ。大人相手じゃ相談しにくいこともあるだろうからなぁ」

 

 そういって頼りなさそうに笑う。あまりそういうことは生徒にいうものじゃないのだろうか。なんというかこの人はあんまり先生に向いてないんじゃないかと思った。

 

 授業が始まると、教壇に立つ先生を見た。それからそうっと視線を横に向けて、廊下側の席に座る波濤シブキを見た。机にはノートも広げずラジオをいじることに没頭している。

 わたしは誰かに向けたわけでもなくため息をはいた。

 

 

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