3. クラスの怪獣
それから波濤シブキのおかしな行動は続いていた。
ジッとしているのはラジオをいじっている間だけで、その奇行は目立っていた。校庭に飾られている二宮金次郎の像に話しかけていたり、鍵の掛かったドアを破ろうとしていたり、いきなり火災報知機が鳴り出したと思ったら逃げ出す姿があったり、あいつの考えいることは理解不能だった。
それでも、ちょっかいをかけなければ何もしてこないので誰もが距離をおいていた。クラスの怪獣、それが波濤シブキだった。近づくと大変な目に会うけれど、遠くからおもしろいなぁと眺めているがちょうどいい。その奇行をネタにしては笑ったりするのが、クラスと彼女との関わり方になっていた。
わたしの中でも波濤シブキがおかしなやつというイメージで固まっていた。
だけど、彼女は怪獣でも理解不能の生き物でもなく、ただの小学5年生の女の子だと知ることになる。
朝の登校中、横断歩道が道の先に見えたときだった。
「おいっ!」
急に大きな声が聞こえた。それは道の先にいる警察官の声だった。いつもだったら笑顔で登校する生徒達を誘導しているのに、眉を吊り上げて怖い顔をしている。
彼の大きな体の前でひとりの女子生徒がうなだれていた。
ランドセルの群れの中で目をこらすと、その女子は波濤シブキだった。彼女だと気づくまでは他の小学生にまぎれ普通の子にしかみえなかった。
理由はわかった。トレードマークのラジオが首からぶら下げられていない。誰にいわれてもはずさなかったのに。
歩きながら近づいてくるその様子を見ていた。びっくりしたのは警察官の様子だった。いつものよそ行きの声とは違う厳しい声を出していた。
「おはよ。どうしたの?」
話しかけてきたクラスメイトにあいさつを返しながら、視線で警察官と一緒にいる波濤シブキの方を視線で示す。
「ああ、あのお巡りさんはあの子のお父さんだよ。前に授業参観で見たことあるから間違いないはず」
警察官の大きな声は続いている。それはどこにでもあるような親子の会話。そうはいっても同じ学校の子達の前で親に説教されるのはイヤだろう。
他の子たちはちらりと彼女を見てはすぐに通り過ぎる。何人かが笑いながらこっそり指差す。波濤シブキは恥ずかしそうにうつむきながら話を聞いていた。
「シブキ、あのラジオを学校に持ち込んでるらしいな。出しなさい」
「……ちがいます」
彼女は消えそうな声で小さく首を横に振っていた。
それからランドセルの中身を見せろといわれ、あの子は泣きそうな顔になる。まるで刑事の尋問のようだった。
ゆっくりと肩からランドセルをはずした彼女からとうとう嗚咽が聞こえてきた。
なんだよとがっかりする。みんなに恐れられて、みんなに笑われた怪獣『波濤シブキ』はまるで普通の子供みたいだった。
わたしは顔をしかめる。そのまま通り過ぎればよかった。でも視線は横に向いてしまう。そうして目が合ってしまった。
ああもうと、体の向きを変えて足を踏み出した。
「おはようございます!」
わたしの大声に周囲の目が集まる。警察官もこちらを見た。
「波濤さん、日直でしょ。ほら早く行くよ」
「えっ……」
手を引いて、よくわからないといった顔をする彼女をその場から強引に連れ出した。背中に彼女の父の視線を感じたが構うもんかと大またでこの場を後にした。
となりを歩く波濤シブキはすんっすんっと鼻をすすっていた。引っ張られるまま素直についてきたのは途中までだった。
「おまえ、なんで」
「別に助けたかったわけじゃない」
「なんで、ボクを助けたの」
「だから、ちがうって」
手を離してさっさと先に行こうとすると、波濤シブキはついてきた。後ろで鼻をすする音がうっとうしい。
「仲良くしたいわけじゃない。あんたはすごい変なやつだし。クラスで浮いてるし。女子なのにボクとかいうし。いっつもラジオをいじってばっかり」
「入江ミサキだって、変なヤツだ。いつも変な顔しながら笑ってる。だからさ、ボクと友達になってよ」
こちらをフルネームで呼んできたことに驚く。クラスメイトになんて興味なさそうだったのに。
「は? なんで」
そんなことよりも、“だから”からのつながりが分からなくて聞き返すと、そこにあるのは期待に膨らんだ笑顔だった。
「ボクのためにすごいがんばってくれるやつ。そういうやつを見つけろってお兄ちゃんがいってたんだ」
「あっそ、見つかるといいね」
足を前にだすスピードを早くして波濤シブキを置き去りにする。こいつと一緒に教室に入ったら何を言われるかわからない。後ろではすんっすんっと鼻をすする音が聞こえていた。