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1. 波濤シブキ

 他人を見るときにこいつの『不幸力』はどれぐらいだろうかと考えるのが癖だった。

 たとえば、雨の日に帰ろうとしたら傘立てに入れていた自分の傘が消えていることとか。たとえば、赤信号にばかりひっかかるとか。たとえば、昨日まで家族だと思っていた相手が他人だったとか。

 

 そんなことを思いながら視線を前に向ける。

 

 黒板の前に立つクラスメイトが緊張した声で教室に座るみんなに話しかけている。その内容は自分の名前や趣味のことだ。最後にちょっとしたアピールを終えると、ぱらぱらと拍手が送られる。照れた顔をしながら自分の席に戻っていく。

 次の名前が呼ばれると、その生徒も黒板前に立って自己紹介を始める。

 

 春休みがあけて新しい学年が始まり、新しいクラスメイトへの自己紹介の最中であった。見慣れぬ顔ぶれが並ぶ中でみんなは緊張しながらも自分なりの言葉でアピールをしていく。五年生になってクラス替えされたばかりの教室という新しい環境に慣れようとみんな懸命だった。

 そろそろ自分の番も近くなり、何を話すかを考え始めたときだった。

 

「……ボクは」

 

 ボク?

 それまで聞き流していた耳を違和感が刺激し、黒板前に立つクラスメイトの姿を確認した。おかっぱ頭の女子だった。顔立ちはよかったが、目がいくのは胸からぶら下げた古いポータブルラジオ。

 

「ボクは、波濤(はとう)シブキ」

 

 彼女はぶっきらぼうな態度で自分の名前だけを名乗っただけでそれ以上何も言わない。視線は教室のそこかしこにぶつけているだけ。

 それを見て、不器用なやつだなと思った。

 クラスというのは一種の村社会だ。クラスになじめれば平穏に過ごせるが、なじめなければ排除される。特に今年はクラス替えしたばかりだった。だから、緊張していても明るくみんなに話しかけられやすいキャラクターを演じなければならない。

 

 だけど、彼女ときたらそんなことお構いなしに最小限の言葉で終わらせた。

 それ以上なにもないといった感じで大またで席にむかう。椅子を乱暴にひいてすわると、首からさげたポータブルラジオをいじりだした。

 

 クラスメイトたちも先生でさえも、それで終わりなのと信じられないように彼女を見ていた。

 

「あー、クラス替えしたばかりで緊張している子もいるからな。仲良くなれば人となりもわかるはずだ」

 

 先生の明るい声がフォローに入るが、そんな気遣いなど気にせずに一人でラジオをいじっていた。

 そのまなざしは教室のどこにも向いていなかった。目の前のある現実がすべてどうでもいいような視線だった。

 

 休み時間、クラスメイトたちはそれぞれ気が合いそうな相手を見つけて話しかける。わたしもおとなしそうなグループで会話に加わっていた。

 波濤シブキはぽつんと自分の席にすわったままラジオをいじっている。

 わざわざクラスから浮いているやつと仲良くなろうなんてやつはいない。わたしもこいつとは関わることはないだろうと思った。

 

 

 放課後、わたしは図書室にいた。誰かに遊びに誘われでもすればいいのだけれど、今はお互いの距離を見極めている時期だった。教室でばいばいをすればそれっきり。

 窓際の席で何をするでもなくぼーっと外を眺めていた。校庭では男子達がサッカーボールに群がっている。

 図書室では数名の女子が一つの机を囲んでいた。

 女子達の間で占いが流行っているようで、誰かが持ってきた本を熱心に読んでいる。誰かの声が本の内容を読み上げると、笑い声や黄色い歓声があがる。

 周囲の様子を目の片隅で捉えていたら、『血液型がO型のひとは』と聞こえた。瞬間、息が詰まりそうになった。

 耳が塞ぎたくなる衝動を抑えて席を立ち、ランドセルを背負い足早に学校を後にした。

 

 学校からの帰り道では、日暮れ時の町から流れてくる夕飯のにおいがただよっている。町内放送では子供の帰宅を促していた。

 街灯が点々とつく住宅地の道を重い足取りで歩く。道のずっと先に背広姿の背中が見えた。会社帰りの父の輪郭だった。

 声をかければ聞こえる距離だった。だけど、駆け寄ることもせず一定の距離をおいて歩いていると、人影は角の先に消える。

 

 時間をおいてから角を曲がれば、父が家族のために35年ローンで建てた家が見えた。ドアノブをひねって玄関を開ければわたし以外の靴がそろっている。小さな妹の靴ときれいな母の靴、それに一番大きい父の革靴。その中に自分のものを並べることを躊躇しながらも、ぬいだ靴を綺麗にそろえる。

 

 玄関を開けてリビングに入ると、母の『おかえり』という明るい声が迎えてくれた。わたしも同じように明るい子供らしい声で応じる。

 

「遅かったわね。お友達と遊んでたの?」

 

「うん、ちょっと話がはずんちゃってさ」

 

「お父さんもさっき帰ってきたし、すぐにごはんにしましょうね」

 

 食卓に四人がそろう。家族の中心は二つ年下の妹のナギサだった。妹が楽しそうに今日のできごとを話し父が相槌を返す。野菜をのけて肉ばかり食べようとする妹を母が注意したり、いつも通りの食卓。少しわがままだけど甘えたがりな妹とはわたしも仲はよかった。

 

「ミサキ、学校はどうだ?」

 

 父が話を振ってきた。父がこうして家族のことを輪をとりもっていることを知っている。だから、わたしは笑顔で話す。

 

「修学旅行の行き先どこだろうねって友達で話してさ。すごく楽しみ」

 

「いいなぁ~、三年生だと日帰りの遠足しかないんだもん」

 

 わたしが出した話題に妹が乗っかり、それを父と母とで会話をつなげていく。それがうちの家族の風景。

 

 だけど、この場で知らないのは妹だけだろう。わたしが家族ではないことを。

 

 

 昨年、親戚で集まったときのことだった。親戚の子で集まって遊んでいると、血液型占いの話になった。一人が持ってきた占いの本を開くとみんなの興味が集まる。どの学校でも占いは流行るものなのかと思いながら、それぞれの血液型を教えあった。

 A型の子が多くて、B型とO型も少数、わたしだけがAB型だった。だけど、B型の子が駄々をこね始めた。

 

「B型なんてやだ! みんなと違ってわたしだけだもん!」

 

 占いの本にはB型についてはわがままだとか自由奔放だとか書かれていた。そのことで友達からからかわれているらしい。涙目になりはじめ周囲がオロオロする中、なだめたのは年長の中学生の子だった。

 

「そんな風に決めつけちゃだめだよ。B型っていっても二種類あるんだよ。BB型とBO型っていうのがあってね。あなたの場合はBO型だから、お父さんとお母さんの良いところをもらったんだよ」

 

 メンデルの法則というらしい。その子の両親はB型とO型。そうすると、自然と子供はBO型にしかならないそうだ。占いの本にも書かれていることだった。

 以前にわたしの父と母の血液型を聞いたとき、A型とB型だと聞いた。わたしはAB型で妹がA型だ。なるほどとそのときは納得した。

 

 それですべてが丸く収まるはずだった。

 でも、知ってしまった。母が嘘をついていたことを。血液型の話をするわたしたちに親戚のおばさんが話しかけてきた。


『うちの家系はO型ばっかりでねぇ』


 母の姉であるあばさんはO型。その両親であるわたしの祖父母もO型であるらしい。

 わたしは混乱した。それじゃあ、母の血液型はO型になってしまう。

 そんなことあるはずがないと不安になった。家に帰ってから、鏡を覗き込んで自分の顔を確かめた。父と似ているといわれたことはあるけれど、母の面影はない。

 

 昨日まで一緒に住んでいた家族が他人のように感じられた。もんもんとしながらも顔には出さないようにした。

 『どうして?』と聞くことはできなかった。小学生の自分には重すぎる事実だ。家出しようとかばんに着替えをつめこんだときもあったが、何の理由もなしに協力してくれるような間柄の友人もいなかった。

 

 こんな不幸も笑い飛ばせるような性格ならよかったのだろう。そんなこともできず、どうして自分にばかりこういうことが起きるのだろうと暗い気持ちになる。だからといって、自分が不幸だとは思いたくなかった。嘆いていたって誰も手をさし伸ばしてくれないし、それどころか疎まれるだけだ。だから、なんでもないという顔をした。「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせるのが、わたしなりの不幸への戦い方だった。

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