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視野の重なり 13

 まるで独り言のように呟くその唇の影は別の言葉を吐こうとしたなれの果て、ただのぼんやりしたとしたかすれた響きだけが俺の耳にしがみつく。髭はこちらに背を向けている。その肩が微かに震えているのは笑いのせいか?茶色い髪のウエートレスの引きずるような笑い声が聞こえる。「ヨウコちゃん」は俺の顔に浮かんだ笑みの意味を計りかねたように手を挙げた。茶色い髪のウエートレスは弾かれるように髭の影から飛び出して、カウンターの脇に集められたグラスを手に取ると自動人形のような格好で歩いてくる。彼女はその流れを引き継ぐような調子でその手からグラスを受け取ると、メニューの一隅を指さした。茶色い髪のウエートレスは顔色を変えずに頷いて俺が寄せ集めた雑誌の束を小脇に抱えると、また髭の方に消えて行った。テーブルの上には一冊だけ、新興宗教の機関紙が置き去りにされている。「ヨウコちゃん」の視線がその雑誌に集中しているのがわかる。自然と薄暗く見える笑みが俺の頬に浮かぶ。彼女は隣の椅子に載せた荷物を何度か確認する振りをする。深めのクッションの効いた椅子の上で紙袋はそんな彼女をあざ笑うように確かにそこに存在している。俺は何もいわずに痒みが走る唇をグラスの先で浸した。安心でもしたように「ヨウコちゃん」はようやくテーブルの上に置いてある雑誌を手にした。それにタイミングをあわせるかのように茶色い髪のウエートレスがカウンターに置き去りにされているようなカップとクリームを手に俺の前のテーブルに並べて間を持たせる。髭は相変わらずこちらに背を向けたまま肩を震わせて笑っているようだったが、勢いよくドアを押し開けて飛び込んできた高校生の集団を見つけると、再びあの無愛想な面をこちらに晒して、不器用に並べられているカップの整理を始めた。髭に無視された高校生達は手にした大学入試の過去問題集を見つめたままお互い聞き取りにくいような低くかすれた声で呟きながら俺の後ろの席に陣取った。「ヨウコちゃん」はふらふらと焦点の定まらない俺に呆れ果てたような大きなため息をつくと、手にした雑誌を慣れた調子で一ページ、一ページ、捲りながら、俺にはとても真似ができないような真剣な視線をその上に浴びせかけている。俺がクリームが入った壷を無造作にテーブルの上に落したりしなかったなら、彼女は俺のことなんか忘れ去ったかもしれない。弾むように雑誌から引き剥がされた恨みがましい瞳。そこからは曖昧な光りだけが俺の眼の中に焼き付いた。

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