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視野の重なり 11

 黒く煤けた木製のドアを開け入った店の中は薄暗く、淡く流れるピアノの調べ、念入りに選ばれた調度の類、新興住宅街の浅はかな雰囲気と一線を画しているつもりだろうか。滑らかな手つきでコーヒーを入れている髭のマスターが観葉植物の向こうから入口に立ち止っている俺を睨んだ。店内の寂しさを強調するように正面にあるガラス窓、大通りに面したテーブル席の方へ向かってしまったのはただ単に雨の様子を知りたかったからというだけだ。目の前の通りを高校生達が自転車を全速力で走らせている。笑顔、まるで雨に濡れることを喜んでいるようにお互いに相手の車輪を蹴飛ばしながらいきなり車道を横断して住宅街の小道へと消えて行く。俺はひねくれるようにして彼らから眼を反らすと席の隣に山積みになっている週刊誌の山をテーブルの上に載せた。高校生くらいの長い髪を茶色く染めたウエートレスが立っていた。俺の動作をいかにも面倒だというような調子で一瞥すると、水とおしぼりをわざと週刊誌の山の向こう側の、俺の手の届きにくい位置へと置くと早足でカウンターへ姿を隠そうとする。

「ブレンド」 

 俺は投げやりに呟いてグラスに手を伸ばし、口に転がり落ちてきた氷を一かけ噛み砕いた。口の中に広がるカルキと歯に突き刺さるような痛みに顔を顰めながら、「山」をかき分けかき分けしているうちに、この雑誌の群が一つ法則に基づいて収集されていることに気付いた。女性週刊誌、写真週刊誌、総合雑誌、表紙に同じくある聞き慣れていない人物の名が一様にどこかしら印字されている。そしてその中でほとんど見たこともないような装丁の一冊。抹香臭いペンネームの隣に並ぶのは「可能性」、「神秘」、そして「信仰」の文字。畳みかける文句が鳩と南国の花に見るものを圧倒するような一本の光りの上に踊っている。俺はそれを手にとってパラパラとページを捲ってみた。裏表紙一杯に背広姿のどこかの経理課長とでもいった男がどこぞの独裁者よろしく片手を振り上げて叫んでいる姿が描かれている。それに続く目次には信者達の他愛もない告白が飽きもせずどこまでも連なっていた。本を閉じた、眼を閉じた。真っ暗闇だ。もう一度グラスに手を伸ばし、ようやく冷たくなってきた水を啜り込む。微かに塩分を含んでいるのか、水は舌の上を曖昧な味覚を残して駆け下りて行く。それにつきあうようにしてそれまで気付きもしなかったコーヒーの香りが、人気のない店内を巡って俺の鼻の辺りにまで広がってきた。眼を開けるとカウンターの向こう、無心でコーヒーを入れている髭の脇に身を隠すようにして、さっきのウエートレスが俺の方を珍しそうに覗いている。俺が睨むとわざとその視線を拒むようにして髭の背中に逃げ込んだ。俺は再び雑誌の山を崩して、写真週刊誌のページを覗き込む振りをした。

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