原子の元始
駅の南口から歩いて100m程の所の横の路地を20mいった
ところのバーが好きでいつもは一人で飲んでいるのだが
今日は友人の佐々木幸一と酒を飲むことになったので
ここに連れてきた。
「おまえさーこんないい店なんでもっと早くおしえないんだよ。」
佐々木はこの店が甚くお気に召したようで
「マスターもバーテンもすげー話しやすいし雰囲気もいい」
こちらに顔を向けて
「ところでさ」
「なに?」
佐々木が目の前のグラスの氷を見詰めながら
「これは小学校1年の理科程度の知識しかない俺が思いついた
説なんだけどね。」
馬鹿にせず聴いてほしいと前置きした上で
「まだ学会にも出してないし、当然発表もしてないけどね」
「...俺一番最初の原子って水素だと思うんだ」
「え」
(恋愛相談かと思えば....まあ相談されても困るが)
「一番初め水素原子がなんらかの作用若しくは力によって
水素原子同士が融合する」
この時点でマスターや他の店員さん達は俺達から少しずつ距離を
とりはじめたので
(逃げやがったな...)
俺は内心そう思っていた。
「このとき原子核は1つだが電子は2個という新しい原子が誕生する」
「これを原子同士で無数に繰り返し、今ぐらいの原子まで増えたんだと
思う」
「ふむ、なるほどね」
それまでグラスの中の氷と話していた佐々木がこちらへ向き直り
「....おまえ今の説納得したろ」
「ああ、納得した」
少し間があって、たった今自説を展開していた男が、
「....んなこと、有るわけねーーじゃん!」
割と真面目な顔ではいたセリフで ああ、からかったり
悪意を持って言ったのではないと感じた
「大体なんらかの作用か力ってなんだよ」
「それ、佐々木がいったんじゃ..」
「そうだよ、そもそも小学校1年の理科程度の知識で学会に
入れるわけねーだろ」
「それもそうか~」
「で、何で俺を騙したんだよ」
佐々木曰く
「お前は騙されやすいから気をつけろってことだよ、嘘ですよーって
ヒント入ってるのに気付かなかったろ」
「うっ..」
何故俺が騙されやすいと思ったのか判らないが、
どうやら本気で心配してこの話をでっち上げてくれたらしい。
だからこの男が好きなんだ、変な意味でなく純粋に友として。
「あ、お代わりしよう」
そう言うと佐々木はグラスを少しだけ持ち上げて
「マスターお代わり!水をオンザロックで!」
店にいる人間は誰もツッコまなかった結果佐々木はすごく
寂しそうだった。
マスターもきてくれたので、3人で雑談に花を咲かせたあと
扉を開けて外に出ると気持ちいい夜風が頬を撫ぜていった